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第11話 風の航海

3 ひとつめの宝物

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 るりなみがばしりに追っていった船は、東屋あずまやのそばにやってきた。

 色とりどりの音符おんぷたちが、東屋のまわりにうずいた水のおびの上で、楽しげに並んでは流れて、東屋の中からひびいてくる音楽おんがくうつしている。

 水の帯をくぐってのぞきこんだ先──東屋の中には、るりなみが思いえがいたように背の高い銀の竪琴たてごとが立ち、ひとりでに、いくえもの音楽をかき鳴らしていた。

 そこに、見えない奏者そうしゃ姿すがたが、ひらめくようにかさなって映った気がした。

 銀のころものフードをまぶかにかぶって、やさしく微笑ほほえむゆいりの姿が──。

「ゆいり……?」

 るりなみがつぶやいて目をまたたいたとたん、銀の竪琴は、冬の空気の中にらぐようにして消えてしまった。

 音楽だけが、まだどこかで鳴っているように感じられる。
 東屋の外の水の帯では、変わらずに音符たちがゆらゆらと遊んでいる。

 ちょい、とるりなみのかたがつつかれた。

 小さな帆船はんせんが、へさきでるりなみをつついたのだった。
 るりなみがり向くと、帆船はくるりと反転はんてんして、東屋の中を出て、建物たてもの裏側うらがわまわりこんでいく。

「そっちに、なにかあるの?」

 るりなみが船を追って、東屋の裏手うらてしげみに目を向けると。

 ぶあつい冬の葉っぱにかくされるようにして、宝箱たからばこかれていた。

 小さいころに、海賊かいぞく物語ものがたり絵本えほんで見たことがあったような、あせた金色のふちどりの、古びた宝箱。
 でもその箱は、まるでこの世界にあらわれたばかりであるかのように、生まれたてのかがやきをはなっていた。

「わぁ……!」

 るりなみは、宝箱にちかって、かがみこんだ。

 かぎがかかっているのかな、と錠前じょうまえの形をしたところに指先ゆびさきれると、ぱかっ、とかろやかにふたがいた。

 中には、あふれるばかりの真珠しんじゅ貝殻かいがらきつめられていた。

 その真ん中に、さんぜんと輝く宝物たからものが──るりなみは、ごくりとつばをみこんで、それを手に取った。

 それは、円形えんけいしんばんだった。

 取り出して持ち上げると、周りの真珠や貝殻が、そして宝箱が、ほろほろと消えていった。
 だが羅針盤だけは、しっかりとるりなみの手の中ににぎられて、小さいながら、ずっしりと重みもあった。

 るりなみはそれを見つめながら、ゆめづきの宝物である懐中かいちゅう時計どけいを思い出していた。

 ゆめづきのその時計は、盤面ばんめんの上に一本だけのはりがゆらゆらとれていて、方位ほういす羅針盤のようにも見えたものだ。

 今、るりなみの手の中にある羅針盤は、ゆめづきのものとはまたちがっている。

 円形のばんの中、針の下には、八角形はちかっけい七角形ななかっけい六角形ろっかっけいはん透明とうめいの盤がかさなって、それらには星々ほしぼしえがかれ、星座せいざばんになっているのだった。

 盤の側面そくめんには、光がかぶように、四つの古代こだい文字もじが並んでいる。

「あ、る、そ、る……」

 読み上げて、るりなみは思い当たった。

 るりなみたちがいるこの星の名まえを、はるかな昔、そう呼んだ人々がいたという。

 ふしぎな気持ちになって見つめていると、星座盤の中で、光が動き回るように、星々が移動しはじめた。
 星座せいざしめ星形ほしがたの点や線が配置はいちをさっと変えていき、見たことのない星座の配置をあらわす。

 すると、盤の側面の古代文字もが、うすれるように消えて、新しく表示ひょうじされた。

「れ、い、ゔ……?」

 それは、冬の夜空にとてもよくかがやいて見える、白銀はくぎんの星の名まえだった。

 るりなみたちのいる星のそばにあるから、あんなに大きく輝いて見えるのだと……天文てんもん授業じゅぎょうで、ゆいりからそう聞かされても、その距離きょりがどのくらいのものなのか、るりなみには想像そうぞうがつかなかった。

 ああ! とるりなみは思いいたった。

 今、この盤面にあらわされている星座たちは、その向こうの白銀の星から見える、夜空の星座の配置なのではないだろうか?

 別の星では、星座の見え方もちがうんだ──。

 そんなことを教えてもらったことも、考えたこともなかった。
 けれど、今はじめて、ひらめいてわかったのがうれしくて、るりなみはむねはずませた。
 次の天文の授業のときに、ゆいりに報告ほうこくする自分を思いかべながら……。

 そうしていると、るりなみの横で、船がまたひょこひょことれた。

用意よういはいいですか?」「出航しゅっこうしますよ!」と言っているようだった。

「うん! 次はどこへ行くの?」

 また、どこかから……向かう先から、音楽がみちびくように流れてきて、水のおびがそれを追って庭園ていえん彼方かなたへとつらなっていった。
 ひょこひょこ、ちょこちょこ、ぴょんぴょんと、にじのかけらのような音符おんぷけっこが水の中を走っていく。

 小さな船は、その音符の海をわたっていく。

 るりなみはしんばんを手に、また航海こうかいに走りだした。


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