魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

文字の大きさ
12 / 87
第一番

第11話 お忍びの王女

しおりを挟む
 本番当日、日暮れも近い王都の広場。

 お忍びの姿の静湖しずみが御影とともに到着した頃にはすでに、願いの木をぐるりと囲む何段もの席が設置され、市民たちが集っていた。

 静湖は広場の横の庁舎にて指揮者の衣装に着替える手はずだが、座席の中に見知った顔を見つけ、御影とともに近づいていった。

望夢のぞむ!」
「兄様!」

 振り向いた少女もまた、帽子をまぶかにかぶったお忍びの姿だった。
 珍しい桜色の髪は帽子の中にまとめられ、三日月型の髪飾りがのぞいている。

 静湖の妹とされている彼女は、今代の〈月の王女〉。〈流の祭司〉と並び称されるその称号は、女性の王位継承者に与えられるものだ。望夢は王家の親戚筋からの養子だというが、十一歳にして、次の国王に、と指名されているのである。

 一方の静湖は、望夢の兄でありながら、王家の中でどのように生きることを望まれているのか、長らくはっきりとしていなかった。長年空位であった〈流の祭司〉となることは、今日このあと市民に発表される。

「兄様の〈流の祭司〉としての門出、今夜は楽しみにしていますよ」

 まっすぐなまなざしで望夢は告げてくる。

「あ、ありがとう。言われると緊張するよ」

 静湖はしどろもどろに目を泳がせる。
 王位継承者の望夢はしっかり者だ。彼女からそんな風に言われると、肩に力が入ってしまう。

 望夢の護衛には、貴婦人の雰囲気を持った付き人がひかえていた。
 静湖の世話係である日和の姉の日蔭ひかげであった。

「指揮者の指名は、いつどなたが発表なさるのですか」
「静湖様が登壇される折に、司会の庁舎の者が──」

 日蔭と御影が話しだしたのを見て、望夢が静湖の襟元えりもとをつかんで顔をよせた。

「それで、御影とはどうなの?」
「ええ? どうって?」
「とぼけないで。接近できてるの?」

 静湖は観念した。

「授業は授業でしかないし、もちろん御影は毎回すごくかっこいいし素敵だけど、近づくなんて……花冠はなかんむりも渡せなかった」
「毎日一緒にいられるから、高望みがはじまったのね」
「そ、そうだよね。あ、いや、そうじゃないってば!」

 ほほをつまもうと伸ばされる手は避けながらも、痛いところを突く望夢の問いは、静湖には避けきれない。

「女の子の服はもう着ないの?」
「き、着ない」
「御影に見せてあげないと、女の子の姿の兄様を」
「僕は、女の子じゃないから……」
「でも、御影に振り向いてほしくて、兄様は女の子の格好をしていたんでしょう?」
「そ、それは!」

 望夢の指摘に、静湖は混乱する。そうだったっけ、そうだったかもしれない。女の子になりたいわけじゃなく、御影に振り向いてほしかったんだっけ。でも御影に恋しているときの自分はまるで女の子だ。そんなときにそでを通したくなる服の数々は──もう、この世にはない。

 そんなことを思ううち、うしろから声がかけられた。

「なんのお話ですか、静湖様、望夢様」
「うわぁっ」

 ひょうひょうと聞いていた風の御影の立ち姿に静湖はのけぞった。
 望夢はにこにこと日蔭のもとに戻る。

「兄様、今日はがんばって! 御影のためにもっ」
「どうして私のためなのですか?」
「わ、わあぁっ」

 その場から逃げるように、静湖は御影の服のすそをつかんで歩きだす。御影はすべてを見透かすかのように微笑んでいる。その笑みは、彼が手の届かない年長者なのだと感じさせるものだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

雨宮羽那
恋愛
 侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。  (私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。  しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。  絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。  彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――? ◇◇◇◇ ※全5話 ※AI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...