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第五番
第61話 人形の祭り
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静湖たちが工房に戻りついたとき、入れ違いに場をあとにした人影が、薄闇の街に消えていくうしろ姿が見えた。静湖はそれを見てあっと震えた。街の人々のような影ではなかった。その正体は──。
が、准を先頭にして皆がその人影を追いかける前に、工房の軒先に残っていた作曲家が声をかけてきた。
「おや、皆様。あの魔術師の方に用が?」
「魔術師?」
静湖はどきりとして訊き返す。
「今出ていった人は魔術師なんですか」
作曲家は手に抱えていた小箱を示した。
「そうですよ。〈流の箱〉に封をしてもらったのです。〈流災〉のあと我々は多くの魔法が使えなくなりましたが、有志の魔術師が街をまわって魔法を代行してくれています。夕刻にふらりとやってきて、その日の魔法の仕事を片付けてくれますよ」
奇妙な話だ。静湖は作曲家にせっついた。
「どこへ帰っていくかわかりますか」
「さぁ、そこまでは……」
「追いかけよう!」
准が走りだし、静湖も作曲家に礼を言ってあとを追った。朔夜と灯もついてくる。
魔術師だという人影は曲がり角を折れていった。その角の先を見て、准が立ちつくす。
「しず、見て」
准のうしろから曲がり角の先をのぞき、静湖も言葉を失った。
工房を出ていった人の背丈ほどの天使をはじめとして、家々から色彩豊かな人影が次々と夕闇の通りに出てきて、ぞろぞろとどこかへ向かっていた。立派な服を着た二足歩行の獅子、踊り子の衣装の水鳥、紳士服の青いうさぎ、人魚や案山子──。
「願いの木の人形さんたち……」
静湖のつぶやきに、准が、え、と顔を向ける。
今年の春、広場の願いの木のもとの音楽会で、静湖が指揮をしたこと。願いの木にさげられていた人形たちは燃えてしまったこと。その話は、准に伝えていた。
「准、この先にはきっと白流がいるよ」
そう、彼らは燃えてしまったのち、御影の師である魔術師結良のいた〈宙〉のはざまの世界で、白流に配下として率いられていた。
*
人形たちはあちらこちらから合流しながら通りを進み、やがて運河にかかる橋を渡る頃には祭りの行列さながらになっていた。
静湖たちが身を隠すこともできず、行列にまぎれ、橋を渡ろうとしたとき。
「お、おい! 御影のとこの!」
女性の声が橋の下からかけられた。御影の名にどきりとして静湖がのぞきこむと、橋の下から小舟が現れた。乗っていた人物が、朝焼け色の結った髪を鮮やかになびかせて、岸に飛びおりる。
魔術師の衣。眼鏡の奥のどこか眠そうな目。永年を生きてきたかのような顔立ち。
その人物は影ではなかった。
「結良さん……?」
「御影のとこの静湖とやらだろう、どうしてこんなところに」
驚いたように言った結良は、静湖の隣を見てますます目を見開いた。
「まさか、朔夜なのか……?」
結良は雪に足をとられながら、橋の上の道へと土手を駆けあがってきた。朔夜もゆっくりと歩みより、手を差しだす。
「お久しぶりです、結良さん」
結良は御影の師で、かつての宮廷魔術師。一方の朔夜は二十数年前に失踪するまで、王族として〈流の祭司〉に任じられていた。二人は同じ頃に王宮で仕事をしていたのかもしれない。
静湖がそう察したとき、うららぁ! という歌声とともに炎が舞った。再会に驚きあう結良と朔夜の間に、踊る炎が割りこんだ。静湖の横で、灯が鬼のような形相で、炎を操る手を伸ばしていた。
炎越しに、灯と結良がにらみあう。
いや、灯が向ける敵意に、結良はあっけにとられた風だ。
「あ、灯さん、なにを」
灯のうしろで、准が争いを止めようとうろたえる。灯はよく通る声で静かに言った。
「この女だ、私を〈流の炉〉に溶かそうとしたのは。〈黒流〉と私を罠にかけ、最後は朔夜が炉の犠牲になることになった元凶の女だ」
「灯さん、それは……二十何年前にあったという?」
准がおろおろと問いかける。朔夜が口元だけを微笑ませて答えた。
「そうだったね。二人はそのとき地下の炉で顔を合わせていたね──私が〈宙〉に溶け、灯が〈人〉になることで終わった炉の動作実験のときに」
灯はふっと息をつき、結良の前に投げこんだ炎を消した。
「あのときの〈赤流〉だというのか……?」
結良はとっさに構えていた小さな杖をおろし、信じがたいといった風に静湖、朔夜、灯を順に見ていく。それから灯とにらみあいつつも、静湖に問いかけた。
「静湖よ、なにがあったか尋ねたいのは山々だが、私は今この人形たちを追っている。君もそうかね?」
はい、と静湖がうなずくと、結良は灯に向き直った。
「赤流殿、悠久を生きる貴殿から見れば短い歳月かもしれないが、二十年前の私は本当に未熟だった。詫びてすむものでもないが、一時休戦してくれまいか」
灯は、ふん、とよそを向いて言った。
「私の復讐心はおまえに向けるような安いものではないんでな」
結良は軽く目礼し、一行の横に目を転じた。静湖たちの横を抜けて、人形たちは橋の先へとそぞろ歩いていく。
「静湖、王都の異変にはどれくらい気づいた? 街はばらばらだ。橋を渡れば別の区画につながっている」
「そうなんですか」
「ああ、それでいつも、いくつめかの橋で人形を見失う。だが今日は静湖、おまえたちがいる。白流が釣れるかもしれない」
結良は人形たちの行く先に杖を向ける。橋の向こうも街並みが続いているが、地図通りではないのだろう。静湖は気を引きしめる。
「結良さんも、人形たちの先に白流がいると思うのですね」
「ああ」
「一緒に追いましょう。こちらは友人の准、天狼です」
静湖は准の手を引いて紹介する。
「准、この人は御影のお師匠様の結良さん」
准は一歩進みでた。
「しずの役に立ちたくて来ました。よろしくお願いします」
「そうか、よろしく頼む」
挨拶がすむと、結良と准は並びたって人形を追いはじめた。静湖はあたりを注意深くうかがいながら続く。朔夜と灯は、少し離れてついてくる。柔らかく微笑む朔夜は、王宮の仲間であった結良より、むずかしく顔をゆがめている灯に心を寄せているようだった。
*
が、准を先頭にして皆がその人影を追いかける前に、工房の軒先に残っていた作曲家が声をかけてきた。
「おや、皆様。あの魔術師の方に用が?」
「魔術師?」
静湖はどきりとして訊き返す。
「今出ていった人は魔術師なんですか」
作曲家は手に抱えていた小箱を示した。
「そうですよ。〈流の箱〉に封をしてもらったのです。〈流災〉のあと我々は多くの魔法が使えなくなりましたが、有志の魔術師が街をまわって魔法を代行してくれています。夕刻にふらりとやってきて、その日の魔法の仕事を片付けてくれますよ」
奇妙な話だ。静湖は作曲家にせっついた。
「どこへ帰っていくかわかりますか」
「さぁ、そこまでは……」
「追いかけよう!」
准が走りだし、静湖も作曲家に礼を言ってあとを追った。朔夜と灯もついてくる。
魔術師だという人影は曲がり角を折れていった。その角の先を見て、准が立ちつくす。
「しず、見て」
准のうしろから曲がり角の先をのぞき、静湖も言葉を失った。
工房を出ていった人の背丈ほどの天使をはじめとして、家々から色彩豊かな人影が次々と夕闇の通りに出てきて、ぞろぞろとどこかへ向かっていた。立派な服を着た二足歩行の獅子、踊り子の衣装の水鳥、紳士服の青いうさぎ、人魚や案山子──。
「願いの木の人形さんたち……」
静湖のつぶやきに、准が、え、と顔を向ける。
今年の春、広場の願いの木のもとの音楽会で、静湖が指揮をしたこと。願いの木にさげられていた人形たちは燃えてしまったこと。その話は、准に伝えていた。
「准、この先にはきっと白流がいるよ」
そう、彼らは燃えてしまったのち、御影の師である魔術師結良のいた〈宙〉のはざまの世界で、白流に配下として率いられていた。
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人形たちはあちらこちらから合流しながら通りを進み、やがて運河にかかる橋を渡る頃には祭りの行列さながらになっていた。
静湖たちが身を隠すこともできず、行列にまぎれ、橋を渡ろうとしたとき。
「お、おい! 御影のとこの!」
女性の声が橋の下からかけられた。御影の名にどきりとして静湖がのぞきこむと、橋の下から小舟が現れた。乗っていた人物が、朝焼け色の結った髪を鮮やかになびかせて、岸に飛びおりる。
魔術師の衣。眼鏡の奥のどこか眠そうな目。永年を生きてきたかのような顔立ち。
その人物は影ではなかった。
「結良さん……?」
「御影のとこの静湖とやらだろう、どうしてこんなところに」
驚いたように言った結良は、静湖の隣を見てますます目を見開いた。
「まさか、朔夜なのか……?」
結良は雪に足をとられながら、橋の上の道へと土手を駆けあがってきた。朔夜もゆっくりと歩みより、手を差しだす。
「お久しぶりです、結良さん」
結良は御影の師で、かつての宮廷魔術師。一方の朔夜は二十数年前に失踪するまで、王族として〈流の祭司〉に任じられていた。二人は同じ頃に王宮で仕事をしていたのかもしれない。
静湖がそう察したとき、うららぁ! という歌声とともに炎が舞った。再会に驚きあう結良と朔夜の間に、踊る炎が割りこんだ。静湖の横で、灯が鬼のような形相で、炎を操る手を伸ばしていた。
炎越しに、灯と結良がにらみあう。
いや、灯が向ける敵意に、結良はあっけにとられた風だ。
「あ、灯さん、なにを」
灯のうしろで、准が争いを止めようとうろたえる。灯はよく通る声で静かに言った。
「この女だ、私を〈流の炉〉に溶かそうとしたのは。〈黒流〉と私を罠にかけ、最後は朔夜が炉の犠牲になることになった元凶の女だ」
「灯さん、それは……二十何年前にあったという?」
准がおろおろと問いかける。朔夜が口元だけを微笑ませて答えた。
「そうだったね。二人はそのとき地下の炉で顔を合わせていたね──私が〈宙〉に溶け、灯が〈人〉になることで終わった炉の動作実験のときに」
灯はふっと息をつき、結良の前に投げこんだ炎を消した。
「あのときの〈赤流〉だというのか……?」
結良はとっさに構えていた小さな杖をおろし、信じがたいといった風に静湖、朔夜、灯を順に見ていく。それから灯とにらみあいつつも、静湖に問いかけた。
「静湖よ、なにがあったか尋ねたいのは山々だが、私は今この人形たちを追っている。君もそうかね?」
はい、と静湖がうなずくと、結良は灯に向き直った。
「赤流殿、悠久を生きる貴殿から見れば短い歳月かもしれないが、二十年前の私は本当に未熟だった。詫びてすむものでもないが、一時休戦してくれまいか」
灯は、ふん、とよそを向いて言った。
「私の復讐心はおまえに向けるような安いものではないんでな」
結良は軽く目礼し、一行の横に目を転じた。静湖たちの横を抜けて、人形たちは橋の先へとそぞろ歩いていく。
「静湖、王都の異変にはどれくらい気づいた? 街はばらばらだ。橋を渡れば別の区画につながっている」
「そうなんですか」
「ああ、それでいつも、いくつめかの橋で人形を見失う。だが今日は静湖、おまえたちがいる。白流が釣れるかもしれない」
結良は人形たちの行く先に杖を向ける。橋の向こうも街並みが続いているが、地図通りではないのだろう。静湖は気を引きしめる。
「結良さんも、人形たちの先に白流がいると思うのですね」
「ああ」
「一緒に追いましょう。こちらは友人の准、天狼です」
静湖は准の手を引いて紹介する。
「准、この人は御影のお師匠様の結良さん」
准は一歩進みでた。
「しずの役に立ちたくて来ました。よろしくお願いします」
「そうか、よろしく頼む」
挨拶がすむと、結良と准は並びたって人形を追いはじめた。静湖はあたりを注意深くうかがいながら続く。朔夜と灯は、少し離れてついてくる。柔らかく微笑む朔夜は、王宮の仲間であった結良より、むずかしく顔をゆがめている灯に心を寄せているようだった。
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