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第五番
第62話 流の楽園
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橋の先は宵闇の街が続いていた。王都のどこを歩いているか、静湖にはわからない。人形の行列と連れだって進みながら、静湖は結良に手短にいきさつを報せた。
記憶を失って天流地方にいたこと。准たちと出会い仲間となったこと。雲海地方で朔夜が現れたこと。光海国におもむき、母である聖妃更紗に会ったこと。更紗から〈白流〉を説得してほしいと頼まれたこと。
その上で静湖は問いかけた。
「街の人が言っていました、王宮は凍りついて誰もいなくて、国王の行方もわからないって……父上や御影がどうしているか、ご存知ですか」
結良は肩を落として答えた。
「そのとおり、王宮には誰もおらんよ。私は城の鏡からこの都に出入りしているが、〈流災〉の翌日から誰にも出会えていない。白流にもだ。唯一の手がかりが、最近になって徘徊しはじめたこの人形たちだ」
「そうでしたか」
王宮の皆はどうしてしまったのだろう。心配にきゅうと静湖の胸は痛む。だが今は手がかりを追うしかないようだ。
静湖が覚悟を新たにして次の橋を渡ったとき、結良が声をあげた。
「この先は広場ではないか!」
静湖も街並みに覚えがあると気づく。結良は興奮気味に語った。
「街に何度来てどう歩いても、たどりつけない場所があった。それが広場だ」
「なら、そこに白流さんがいるかも……!」
准が緊張した面持ちで振り向く。静湖はうなずきを返した。
ほうぼうから来た人形の行列は広場になだれこみ、集会の様相で、同じ方向を向いて集っていた。その先には──。
「願いの木!」
静湖たちは広場の端から巨木を見あげ、息を呑む。新雪が一面に積もった純白の広場の中央で、美しく樹氷をまとった木が、淡く光っていた。この季節には立てられているはずのない願いの木だった。
木の中腹の枝の上に、白く動く人影があった。枝に腰かけた白い髪の人物が、少女のような少年のような華奢な姿で、花びらをまくようにして雪を降らせていた。雪は木のもとに集った人形たちに降りかかると淡く輝く。人形たちは両手をあげて、洗礼を受けるかのように雪をかぶっていた。
雪を降らせている人物は、王都を襲った白なる交響〈白流〉であった。
*
白流は枝の上にゆっくりと立ちあがり、静湖たちのほうへ顔を向けた。白をつかさどる雪の主として神秘的に、夜に浮かぶ精霊のように幻惑的に。
途端、白流のもとの人形全員が、ざざっと音を立ててこちらを振り向く。
「ようこそ」
白流のよく通る声がそう告げるや、人形たちは二方に分かれ、静湖の前に道を開いた。
……進まないわけにはいかなかった。
「灯さんたちがいない」
准が小声でささやいてくる。振り向くと、灯と朔夜の姿がなかった。広場には入らず、身を隠したのかもしれない。静湖は小さく准と結良とうなずきあい、人形たちの中を進んでいった。
願いの木のもとへ三人がたどりつくと、白流は枝の上で大きく手を広げ、歌うように声を張りあげた。
「ようこそ、〈流〉の都へ」
そのまま夜の天をあおぎ、白流は続ける。
「この都には〈流〉たちが暮らしてる。魔法の力として街を巡ってる小さな〈流〉から、もともとの〈人〉の生活を続けている自我のある〈流〉まで、ここは〈流〉の楽園さ。まだ〈人〉から〈流〉への移行は完全ではないけどね」
結良が、なにを、と小さくつぶやく。
静湖はあっけにとられながらも、思いきって白流に問いかけた。
「街の人は〈流〉になったというの?」
白流は嬉しそうに静湖を見おろして答えた。
「青流! そうだよ、人々は〈反転〉の力で〈流〉という本来の姿に戻ったのさ。君も知ってるだろ、〈人〉はもともと〈流〉なんだ。それなのに〈人〉はそれを忘れ、同族とも知らずに〈流〉を動力として使役してきた。ゆがんだ文明だろ?」
答えることができない静湖に、白流はたたみかける。
「生まれ変わったこの都では、そんなゆがみはない。人生をいとなむ〈流〉と魔法の力として巡る〈流〉は交流し、皆が音楽を豊かにするために生きるんだ。どうだい?」
静湖は固い声で答えた。
「皆をもとに戻して」
「なぜ? 本来の〈流〉に戻った人々は、すべてを音楽の意識で生きる日々に近づいているところだよ。生は流れになり、負の感情は心の曲調にすぎなくなる。わずらわしい体は響きになり、君たちがもっとも恐れていた死は消える。音楽そのものに戻って生きるすばらしさ! 青流、君ならわかるでしょう」
静湖はきっぱりと応じた。
「僕たちは〈人〉だ。いきなり〈人〉としての生き方を奪われて、幸せにはなれない」
「青流……」
白流は、静湖の毅然とした態度に傷ついたかのように顔をゆがめた。
結良が小さな杖を構えつつ問いかける。
「白流、おまえの目的はなんだ。王都をめちゃくちゃにし人々を〈流〉にして、おまえになんの益がある?」
「〈流〉だけの世界を創る」
白流ははっきりと言った。片手を天に突きあげ、その先に白光を宿しながら叫ぶ。
「これから世界のすべての〈人〉を〈流〉にして、〈流〉の理想郷を創る──!」
記憶を失って天流地方にいたこと。准たちと出会い仲間となったこと。雲海地方で朔夜が現れたこと。光海国におもむき、母である聖妃更紗に会ったこと。更紗から〈白流〉を説得してほしいと頼まれたこと。
その上で静湖は問いかけた。
「街の人が言っていました、王宮は凍りついて誰もいなくて、国王の行方もわからないって……父上や御影がどうしているか、ご存知ですか」
結良は肩を落として答えた。
「そのとおり、王宮には誰もおらんよ。私は城の鏡からこの都に出入りしているが、〈流災〉の翌日から誰にも出会えていない。白流にもだ。唯一の手がかりが、最近になって徘徊しはじめたこの人形たちだ」
「そうでしたか」
王宮の皆はどうしてしまったのだろう。心配にきゅうと静湖の胸は痛む。だが今は手がかりを追うしかないようだ。
静湖が覚悟を新たにして次の橋を渡ったとき、結良が声をあげた。
「この先は広場ではないか!」
静湖も街並みに覚えがあると気づく。結良は興奮気味に語った。
「街に何度来てどう歩いても、たどりつけない場所があった。それが広場だ」
「なら、そこに白流さんがいるかも……!」
准が緊張した面持ちで振り向く。静湖はうなずきを返した。
ほうぼうから来た人形の行列は広場になだれこみ、集会の様相で、同じ方向を向いて集っていた。その先には──。
「願いの木!」
静湖たちは広場の端から巨木を見あげ、息を呑む。新雪が一面に積もった純白の広場の中央で、美しく樹氷をまとった木が、淡く光っていた。この季節には立てられているはずのない願いの木だった。
木の中腹の枝の上に、白く動く人影があった。枝に腰かけた白い髪の人物が、少女のような少年のような華奢な姿で、花びらをまくようにして雪を降らせていた。雪は木のもとに集った人形たちに降りかかると淡く輝く。人形たちは両手をあげて、洗礼を受けるかのように雪をかぶっていた。
雪を降らせている人物は、王都を襲った白なる交響〈白流〉であった。
*
白流は枝の上にゆっくりと立ちあがり、静湖たちのほうへ顔を向けた。白をつかさどる雪の主として神秘的に、夜に浮かぶ精霊のように幻惑的に。
途端、白流のもとの人形全員が、ざざっと音を立ててこちらを振り向く。
「ようこそ」
白流のよく通る声がそう告げるや、人形たちは二方に分かれ、静湖の前に道を開いた。
……進まないわけにはいかなかった。
「灯さんたちがいない」
准が小声でささやいてくる。振り向くと、灯と朔夜の姿がなかった。広場には入らず、身を隠したのかもしれない。静湖は小さく准と結良とうなずきあい、人形たちの中を進んでいった。
願いの木のもとへ三人がたどりつくと、白流は枝の上で大きく手を広げ、歌うように声を張りあげた。
「ようこそ、〈流〉の都へ」
そのまま夜の天をあおぎ、白流は続ける。
「この都には〈流〉たちが暮らしてる。魔法の力として街を巡ってる小さな〈流〉から、もともとの〈人〉の生活を続けている自我のある〈流〉まで、ここは〈流〉の楽園さ。まだ〈人〉から〈流〉への移行は完全ではないけどね」
結良が、なにを、と小さくつぶやく。
静湖はあっけにとられながらも、思いきって白流に問いかけた。
「街の人は〈流〉になったというの?」
白流は嬉しそうに静湖を見おろして答えた。
「青流! そうだよ、人々は〈反転〉の力で〈流〉という本来の姿に戻ったのさ。君も知ってるだろ、〈人〉はもともと〈流〉なんだ。それなのに〈人〉はそれを忘れ、同族とも知らずに〈流〉を動力として使役してきた。ゆがんだ文明だろ?」
答えることができない静湖に、白流はたたみかける。
「生まれ変わったこの都では、そんなゆがみはない。人生をいとなむ〈流〉と魔法の力として巡る〈流〉は交流し、皆が音楽を豊かにするために生きるんだ。どうだい?」
静湖は固い声で答えた。
「皆をもとに戻して」
「なぜ? 本来の〈流〉に戻った人々は、すべてを音楽の意識で生きる日々に近づいているところだよ。生は流れになり、負の感情は心の曲調にすぎなくなる。わずらわしい体は響きになり、君たちがもっとも恐れていた死は消える。音楽そのものに戻って生きるすばらしさ! 青流、君ならわかるでしょう」
静湖はきっぱりと応じた。
「僕たちは〈人〉だ。いきなり〈人〉としての生き方を奪われて、幸せにはなれない」
「青流……」
白流は、静湖の毅然とした態度に傷ついたかのように顔をゆがめた。
結良が小さな杖を構えつつ問いかける。
「白流、おまえの目的はなんだ。王都をめちゃくちゃにし人々を〈流〉にして、おまえになんの益がある?」
「〈流〉だけの世界を創る」
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