魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

文字の大きさ
64 / 87
第五番

第63話 白との戦い 1

しおりを挟む
 人形たちが動いた。
 白流の手の先で光が弾けるとともに、すべての人形の手に光の球が現れて細長く伸び、魔術師の杖、あるいはつるぎや斧や槍を形づくった。人形たちは一斉に武器をかまえ、願いの木のもとの静湖しずみたちに詰めよった。

 だが静湖たちが人形の動きに気を取られた隙に、白流はこちらに走りより、ふわりと静湖の体を両腕に抱きあげ、たん、と地を蹴った。気づけば静湖は、白流の腕の中で宙に浮いていた。白流は人形の頭を二つ三つ踏んで跳び、夜空へ舞いあがる。

「なにをするの……!」

 もがこうとするが、体の自由がきかない。
 白流は静湖に顔を寄せ、優しく語りかける。

「二人で永遠とわの王国を創りにいこう、青流。そのためにはあの〈流の炉〉だって役にたつんだから」

 静湖ははっと口をつぐみ、白流の狙いを見極めんとする。このまま〈流の炉〉に静湖を連れ去ろうというのだろうか?

 人形たちは結良ゆうらじゅんに襲いかかっていた。わっと雪崩うった人形の中に二人の姿は見えなくなり、静湖は息を呑む。が、折り重なった人形のはざまに結良のものらしき魔法陣が浮かびあがり、灰色の天狼が上に飛びだした。

「准!」

 静湖は安堵の声をあげる。天狼となった准は、静湖を抱えた白流を追ってくる。白流は悠々と宙を蹴って上空へ渡りながら、静湖にゆがんだ笑みを向けた。

「青流、君ってやつは。御影の次はあの狼かい? 僕というものがありながら」
「な、なにを言うの」

 静湖は返す言葉に困る。白流は出会ったときからずっと、一方的に親愛の感情を向けてくる。それはきっと静湖本人を見ているものではなく……。

 そのとき、准が俊足で飛びかかり、白流はひらりと斜め上へ避けた。

 が、先には炎が渦巻き、白流と静湖をからめとった。
 炎は不思議と柔らかい温もりを静湖に感じさせた。と思ううちに静湖の体は、炎の向こうからせまった何者かに、ごう、という風とともにさらわれていた。

 何者かは風そのものだった。いや、風はやがて静湖を乗せて実体を現す。くうを翔ける天狼の准、その背にまたがったあかりが、静湖を捕まえていた。

「准! 灯!」
〝しず! 大丈夫?〟
「私の炎だ、大丈夫に決まっている。さて──反撃開始といくか」

 灯は静湖をしっかりと准の背に座らせると、ふっと姿を消した。かと思うと、風雲のような流れになって紅蓮の龍が吹き荒れ、力強い紅の音楽が響いた。

 ちっ、と舌打ちを残し、白流も夜にまぎれるようにかき消える。

 静湖だけが准の背に残され、上空から場を見おろした。

 地上の広場では、願いの木のもとに魔術の防壁が光っていた。結良のものだろう。それを取り囲んだ人形たちが武器を振りあげ、叩いたり魔法を放ったりしていた。たくさんの人形がうしろにひかえ、広場を埋めつくしている。結良は孤軍奮闘だが、今は地上に降りることはできそうにない。

 その上空では願いの木を取りまくように、赤き流れと白の流れが、からまっては弾きあい、戦いはじめた。

 ──〈赤流アカル〉と〈白流シロル〉の戦いだった。

 暖と寒。炎と雪。轟と響。両者の音楽が入り乱れながら、だんだんにひとつの曲となっていく。〈赤流〉と〈白流〉の決闘という未知なる交響曲に。

 と、赤き流れがはっきりと龍の姿をとって螺旋状に舞いあがり、白の流れをしめあげて、炎の柱に閉じこめた。

〝灯さん、やった!〟

 准が歓声をあげる。

 その直後、炎の柱が白くきらめきながら一瞬で凍りつき、砕け散った。氷の破片が刃となって八方へ飛散する。慌てていくつかの破片を避けた准が、遅れて飛来した小さな氷片に前足をざくりと裂かれる。氷片は静湖の頬や肩をもかすめていく。

「准!」

 静湖は頬や肩から血がにじむのもかまわず、准の首に抱きつく。前足の傷は深く、准はふらつきながら高度をさげていく。

 世の終焉を思わせる凄まじい音楽がとどろいた。

 はっと顔をあげれば、凍りついた柱のあった場所で、純白の輝きが弾けた。禍々しいほど澄んだ白がひらめく。光に弾かれ、人影が吹きとばされていく。〈ヒト〉の姿の灯だった。

「灯!」

 静湖が叫ぶと、准は前足から血をしたたらせながらも斜めに天を走り、灯に追いついた。静湖は無我夢中で灯を抱きしめ、なんとか准の背に引きとめる。灯はすべての気力を失ったようにぐったりと目を閉じていた。

「赤流、〈反転〉の力はどうだい!」

 宙空に〈人〉に戻った白流が浮かびたち、言い放った。凄絶な笑みには、白流もまた余裕をなくしていることがうかがえた。

「〈流〉である君が〈反転〉すれば、〈人〉の姿に甘んじるしかなくなるはずさ──もはやなにもできないってわけ。ついでに!」

 白流は禍々しい純白の光の柱を、願いの木のもとへいかずちのように落とした。
 結良のいた場所が、周囲の人形ごと白い柱に包まれ、やがてなにもなくなった。

「結良さん!」

 静湖は悲鳴をあげ、白流をきっ、とにらんだ。准は危うい足取りながらも、警戒したまなざしで白流と対峙する。静湖の腕の中の灯は意識がない。そんな二者には目もくれず、白流は静湖をじっと見すえ、悲しげに笑った。

「師匠も〈反転〉してもらったよ、本当はもっと反省してほしかったけど仕方ない。ねぇ青流、敵はいなくなった。敵なんていない。僕たちが戦う理由はない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

雨宮羽那
恋愛
 侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。  (私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。  しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。  絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。  彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――? ◇◇◇◇ ※全5話 ※AI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...