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第五番
第64話 白との戦い 2
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静湖は気圧されまいと声をあげた。
「理想郷を創ろうっていうけど、君がやってることは暴君のやり方だよ。街の人だって結良さんだって、無理やり〈反転〉させて……君の理想と皆の理想は同じとは限らない」
白流は、そうかな? と問い返した。
「……たしかに僕は強引だった。でも、なってみなきゃ〈流〉のすばらしさはわからない。そしてひとつ〈流〉の視点になってごらんよ。〈宙〉という裏の世界の住人であった僕たちが、湖や木々や星空のもとの表の世界に暮らす、そんな国を創るんだ。そのとき一緒に王になろう、青流。僕たち二人なら悠久を治められる」
「白流……」
静湖はとうとうと語った白流に、静かな言葉を返した。
「君は僕の中に〈青流〉を見てる。それは僕の音楽として僕の中を流れるものだけど、僕じゃないんだ」
その言葉は効果てきめんだった。
白流はぽかんと口を開け、はんっ、とあざけりの笑みを浮かべ叫んだ。
「君はちっぽけな、御影のことが大好きな、かわいい王子様だって言いたいわけ!」
極端に片目を細め、白流はまくしたてる。
「でも御影への思いは勘違いだって、さすがに気づいたろ? 御影のこと好きなのは、お母さんの代わりが欲しかったんだろ? だって御影は──奥の宮は君の継母だものね」
静湖は黙って聞いていた。
白流は調子づいたように饒舌に続ける。
「御影はさ、君のお父さんじゃなくて、君の本当のお母さんのことこそが好きでたまらないんだよ。あこがれのあまり、君のお母さんに成り代わったつもりで君を育て、君のお父さんに抱かれているわけ。面白いよねぇ? 〈人〉としては醜悪だけど、きっと素敵な音楽なんだろう、君がひかれてやまないほどだもの。〈流〉になったらさぞや素敵な──」
「君は寂しいの?」
言葉をさえぎった静湖の問いかけに、白流ははっと目を見開いて固まる。
「な、にを」
「〈流〉の王国を創りたいのだって、本気なの? 僕にかまってほしいの? 僕と御影のことばかりこだわって、仲間外れにされてすねてるみたいだ」
な……、と次の言葉を探りながら、白流は宙で一歩引きさがった。
「──ああ、そうさ!」
大人に向かって思いをぶちまける子どものように、叫ぶ。
「だって僕がこれだけいろいろ言ったって、〈人〉の世界のやつらは、僕は〈流〉だから意思も人格もない、って突っぱねるんだろ!」
静湖はあっけにとられ、かつて結良の家で、白流が結良から受けていた扱いを思いだした。結良は白流をかたくなに同じ人格ある者としては扱わず、こう言ったのだ。
〝だからこいつは人ではない。〈流〉は力であり、意思はない。意思とみえるものは響きや曲調だ。こいつがしゃべるのは、曲が歌われているのと同じだよ〟
王都を襲撃し、これだけの野望を語る白流。その容姿は静湖と同じ年頃に見え、言動にも幼いところがある。意思や人格がないどころか、静湖と同じように壊れやすい心の持ち主であるのかもしれなかった。これまでずっと結良のもとで弟子に甘んじて、常日頃から意思や人格を否定され、ないがしろにされてきたとしたら……。
「白流、君は……」
静湖がそっと声をかけようとしたとき、白流がはっと目を見開いて静湖から目をそらし、身をひるがえして地上へ向かった。
その姿がかき消えると同時に、彼方から大波が現れ、広場に降りそそいだ。
水のない大波は、こぼれるほどの星屑を乗せていた。まるで地上に押しよせた流星群だ。星々をきらめかせながら、大波は願いの木を越える高さにまでふくれあがり、ざぶりと広場全体に襲いかかった。
静湖たちの目の前に、光の星が降る。上空からあまたに転がって流れる。彩り豊かな砂糖菓子が、いっぱいに詰まった袋からざららとこぼれるように。光でできた星々に実体はないようで、赤、緑、青の三種類の色合いがあった。
朝焼けにたなびく雲のように流れる赤い星。木々の間をそよぐ夏の風のように吹きぬける緑の星。そして空と海の境界を引いていくかのような青い星。
三色の星屑は、入り乱れて流れながら歌いだし、広場には流星の音楽が飛び交った。
「この音楽、僕の……」
──自分の〈己そのものの音楽〉である、青の響きが織りこまれている。静湖はあっけにとられながら不思議な躍動を感じた。青い流星が目の前をよぎるたび、心が共鳴する。
「私を奏でる者がいる」
静湖に抱えられていた灯が、つぶやきながら起きあがった。
「灯、具合はどう?」
のぞきこんだ静湖に、灯は、ああ、とうなずいた。
「良い指揮だ。私やおまえやあいつ、〈赤流〉〈青流〉〈緑流〉の音楽を喚んで、星を降らせている。術者は……」
灯とともに静湖も地上に目を転じる。
降りそそぐ星々に当たった人形が、風船玉のようにぽんぽんと弾け、小さな人形の姿に戻っていく。雪の広場に、人形たちがもはや動くことなく散らばり、玩具のように縮んだ武器が消えていく。
やがて流星群の勢いは引いていき、広場の入り口から、ひとりの魔術師が雪を踏みしめて歩いてきた。
「あ……」
静湖は声をもらす。
紫と緑の魔術師の衣。長い黒髪の先は、金銀にゆらめきながらなびく。
その魔術師は片手を突きあげ、見えない幕を引きあけるような仕草をした。
空にまぎれ、光を放とうとしていた白流の姿があらわになった。その上に、最後の三つの流星が降る。今までのものと比べものにならないまばゆさで三色の光が輝き、尾を引いて流れながら、三色の交響を融和させて白流に向かう。
白流の周りで、白い光が弾けた。
三色の星は白流にそそぐ直前、白い光に色合いを変えていた。白流の虚無をも思わせる禍々しい純白に対して、赤、緑、青の星が合わさって成った白色は聖なる輝きを感じさせ、二つの異なる白は、宙空で混ざりあった。
二つの白がせめぎあう。魔術師が指揮をするように腕をふるう。
やがて聖なる白が虚無の白を溶かしていった。
赤、緑、青の光は、重ねあわせると白い光になる──静湖はかつて教わった魔法の知識を思いおこす。今奏でられている、静湖の中の〈青流〉の響きをも重ねた交響は、三つの宝具、三人の賢者、三柱の神々が歌いあうように、白の交響〈白流〉を凌駕していた。
光と響きが収束する。
宙空の白い輝きが消えたとき、そこに白流の姿はなかった。願いの木の姿も、幻であったのか、ほろほろと崩れ去っていく。
静かな夜風が、雪の上を渡っていった。
*
「理想郷を創ろうっていうけど、君がやってることは暴君のやり方だよ。街の人だって結良さんだって、無理やり〈反転〉させて……君の理想と皆の理想は同じとは限らない」
白流は、そうかな? と問い返した。
「……たしかに僕は強引だった。でも、なってみなきゃ〈流〉のすばらしさはわからない。そしてひとつ〈流〉の視点になってごらんよ。〈宙〉という裏の世界の住人であった僕たちが、湖や木々や星空のもとの表の世界に暮らす、そんな国を創るんだ。そのとき一緒に王になろう、青流。僕たち二人なら悠久を治められる」
「白流……」
静湖はとうとうと語った白流に、静かな言葉を返した。
「君は僕の中に〈青流〉を見てる。それは僕の音楽として僕の中を流れるものだけど、僕じゃないんだ」
その言葉は効果てきめんだった。
白流はぽかんと口を開け、はんっ、とあざけりの笑みを浮かべ叫んだ。
「君はちっぽけな、御影のことが大好きな、かわいい王子様だって言いたいわけ!」
極端に片目を細め、白流はまくしたてる。
「でも御影への思いは勘違いだって、さすがに気づいたろ? 御影のこと好きなのは、お母さんの代わりが欲しかったんだろ? だって御影は──奥の宮は君の継母だものね」
静湖は黙って聞いていた。
白流は調子づいたように饒舌に続ける。
「御影はさ、君のお父さんじゃなくて、君の本当のお母さんのことこそが好きでたまらないんだよ。あこがれのあまり、君のお母さんに成り代わったつもりで君を育て、君のお父さんに抱かれているわけ。面白いよねぇ? 〈人〉としては醜悪だけど、きっと素敵な音楽なんだろう、君がひかれてやまないほどだもの。〈流〉になったらさぞや素敵な──」
「君は寂しいの?」
言葉をさえぎった静湖の問いかけに、白流ははっと目を見開いて固まる。
「な、にを」
「〈流〉の王国を創りたいのだって、本気なの? 僕にかまってほしいの? 僕と御影のことばかりこだわって、仲間外れにされてすねてるみたいだ」
な……、と次の言葉を探りながら、白流は宙で一歩引きさがった。
「──ああ、そうさ!」
大人に向かって思いをぶちまける子どものように、叫ぶ。
「だって僕がこれだけいろいろ言ったって、〈人〉の世界のやつらは、僕は〈流〉だから意思も人格もない、って突っぱねるんだろ!」
静湖はあっけにとられ、かつて結良の家で、白流が結良から受けていた扱いを思いだした。結良は白流をかたくなに同じ人格ある者としては扱わず、こう言ったのだ。
〝だからこいつは人ではない。〈流〉は力であり、意思はない。意思とみえるものは響きや曲調だ。こいつがしゃべるのは、曲が歌われているのと同じだよ〟
王都を襲撃し、これだけの野望を語る白流。その容姿は静湖と同じ年頃に見え、言動にも幼いところがある。意思や人格がないどころか、静湖と同じように壊れやすい心の持ち主であるのかもしれなかった。これまでずっと結良のもとで弟子に甘んじて、常日頃から意思や人格を否定され、ないがしろにされてきたとしたら……。
「白流、君は……」
静湖がそっと声をかけようとしたとき、白流がはっと目を見開いて静湖から目をそらし、身をひるがえして地上へ向かった。
その姿がかき消えると同時に、彼方から大波が現れ、広場に降りそそいだ。
水のない大波は、こぼれるほどの星屑を乗せていた。まるで地上に押しよせた流星群だ。星々をきらめかせながら、大波は願いの木を越える高さにまでふくれあがり、ざぶりと広場全体に襲いかかった。
静湖たちの目の前に、光の星が降る。上空からあまたに転がって流れる。彩り豊かな砂糖菓子が、いっぱいに詰まった袋からざららとこぼれるように。光でできた星々に実体はないようで、赤、緑、青の三種類の色合いがあった。
朝焼けにたなびく雲のように流れる赤い星。木々の間をそよぐ夏の風のように吹きぬける緑の星。そして空と海の境界を引いていくかのような青い星。
三色の星屑は、入り乱れて流れながら歌いだし、広場には流星の音楽が飛び交った。
「この音楽、僕の……」
──自分の〈己そのものの音楽〉である、青の響きが織りこまれている。静湖はあっけにとられながら不思議な躍動を感じた。青い流星が目の前をよぎるたび、心が共鳴する。
「私を奏でる者がいる」
静湖に抱えられていた灯が、つぶやきながら起きあがった。
「灯、具合はどう?」
のぞきこんだ静湖に、灯は、ああ、とうなずいた。
「良い指揮だ。私やおまえやあいつ、〈赤流〉〈青流〉〈緑流〉の音楽を喚んで、星を降らせている。術者は……」
灯とともに静湖も地上に目を転じる。
降りそそぐ星々に当たった人形が、風船玉のようにぽんぽんと弾け、小さな人形の姿に戻っていく。雪の広場に、人形たちがもはや動くことなく散らばり、玩具のように縮んだ武器が消えていく。
やがて流星群の勢いは引いていき、広場の入り口から、ひとりの魔術師が雪を踏みしめて歩いてきた。
「あ……」
静湖は声をもらす。
紫と緑の魔術師の衣。長い黒髪の先は、金銀にゆらめきながらなびく。
その魔術師は片手を突きあげ、見えない幕を引きあけるような仕草をした。
空にまぎれ、光を放とうとしていた白流の姿があらわになった。その上に、最後の三つの流星が降る。今までのものと比べものにならないまばゆさで三色の光が輝き、尾を引いて流れながら、三色の交響を融和させて白流に向かう。
白流の周りで、白い光が弾けた。
三色の星は白流にそそぐ直前、白い光に色合いを変えていた。白流の虚無をも思わせる禍々しい純白に対して、赤、緑、青の星が合わさって成った白色は聖なる輝きを感じさせ、二つの異なる白は、宙空で混ざりあった。
二つの白がせめぎあう。魔術師が指揮をするように腕をふるう。
やがて聖なる白が虚無の白を溶かしていった。
赤、緑、青の光は、重ねあわせると白い光になる──静湖はかつて教わった魔法の知識を思いおこす。今奏でられている、静湖の中の〈青流〉の響きをも重ねた交響は、三つの宝具、三人の賢者、三柱の神々が歌いあうように、白の交響〈白流〉を凌駕していた。
光と響きが収束する。
宙空の白い輝きが消えたとき、そこに白流の姿はなかった。願いの木の姿も、幻であったのか、ほろほろと崩れ去っていく。
静かな夜風が、雪の上を渡っていった。
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