76 / 87
第五番
第75話 赤の決断
しおりを挟む
やがて灯が口を開いた。
「黒流と緑流は王国中に響き渡ったようだな──〈流の炉〉を扉として」
「灯さん……?」
准が灯の顔色をうかがう。敵視していた〈流の炉〉を認めるような口調を、静湖も意外に思いながら言葉の続きを待つ。
灯は地の底を見通すように大穴を見おろした。そこには依然として、まばゆい輝きが渦巻いている。
「かつて朔夜はこの穴に落ちて〈流〉となった。私の代わりに」
悔いるように述懐する灯。その様子は普段の彼女のものではない。静湖が横顔をうかがっていると、灯はぽつりぽつりと言った。
「また〈流〉に戻れなくなってしまった。白流の力を浴びたせいだ……まったく、私は死に場所を失った〈流〉だよ」
敗北を認めるような言葉をこぼした灯を、静湖と准はまじまじと見つめる。
「二十年前、朔夜ではなく私がこの穴に溶かされていたらどうなったか。今、黒流と緑流が望むとおりの力となったように、私も大いなる力となり、なにかを助けたのだろうか」
弱気な灯の言い分に、准は納得がいかない、というように反論した。
「どうして今そんなことを。〈流の炉〉は悪行魔法だ、それを終わらせる、って灯さんは心に決めてきたんでしょう」
灯は突然、髪をかきむしった。
「わからなくなったのだ。〈流の炉〉を終わらせるといいながら、私はこの二十年なにをしてきたというのだ。痛みをともなう破壊では、白流と変わりない。かといって黒流と緑流がこの穴に飛びこんだことは、炉の終焉にはつながらない。私はここにきて、やはりなにもできないのか? ただひとつこの身に誓った決意が、たとえ形を変えたとしても、私がそれを捨て去る理由にはならない──」
息を吐ききるように語った灯は、大穴から目をあげて中空をにらんだ。
「灯、なにを考えているの……?」
静湖が肩にそっと手を添えると、灯は強いまなざしを向けてきた。
「静湖。この穴に飛びこんだ黒流と緑流は、もとの人格を保ってはいまい。意味がわかるか?」
静湖は、えっ、とあっけにとられた。
「もうあの緑流さんと黒流さんには会えないってこと?」
灯は、おそらくな、と目を伏せた。
「〈流〉にとってすら、この装置は死の終着点。飛びこめば純粋な力に戻される。悪行でもあり、大いなる誘惑の兵器でもある」
「誘惑、ですか?」
准がいぶかしげに問うと、灯は笑った。
「誘惑の死に場所だ」
灯のその言葉に、静湖は不気味な予感を感じた。
灯は両手を広げ、世界の様子を映す球たちを指し示した。
「見ていろ、今に黒流と緑流による調和の音楽は破られ、白流と黄金流がひと暴れするだろう。そのときに赤流はのうのうと指をくわえて見ているのではなく、せめて最後の力となろう」
灯はひらりと手すりに飛びのった。
その意図を察した静湖は戦慄した。灯の足をつかもうと手を伸ばす。准は抱きついて止めようとする。だが静湖と准はあえなく灯に蹴散らされ、通路に転がされた。
痛みをこらえて体を起こし、静湖は呼びかけた。
「灯、だめだよ! 見届けることだって立派なんだ!」
「そうです、あなたの戦いはこんな最後のためにあったんですか!」
准も必死に叫ぶ。灯は二人を見おろし、淡々と言った。
「わかった風な口をきくな。〈流〉としての在り方を、おまえたちにしばられる気はないんでな」
語る灯は、普段の自信にあふれた笑みを取り戻していた。堂々とした姿は、穴から噴きあがる逆光を浴びて輝く。これが自分の道だと、在り方だと──。
「私は世界を癒しにいくわけではない。この炉に巡り、終わらせるためにいく。見届けようじゃないか、〈流〉の死に場所のその先を」
「灯──!」
静湖は叫ぶ。准も転んだまま手を伸ばす。灯はそんな二人にふっと笑いかけると、大穴に飛びこみ光の渦に消えた。
*
「黒流と緑流は王国中に響き渡ったようだな──〈流の炉〉を扉として」
「灯さん……?」
准が灯の顔色をうかがう。敵視していた〈流の炉〉を認めるような口調を、静湖も意外に思いながら言葉の続きを待つ。
灯は地の底を見通すように大穴を見おろした。そこには依然として、まばゆい輝きが渦巻いている。
「かつて朔夜はこの穴に落ちて〈流〉となった。私の代わりに」
悔いるように述懐する灯。その様子は普段の彼女のものではない。静湖が横顔をうかがっていると、灯はぽつりぽつりと言った。
「また〈流〉に戻れなくなってしまった。白流の力を浴びたせいだ……まったく、私は死に場所を失った〈流〉だよ」
敗北を認めるような言葉をこぼした灯を、静湖と准はまじまじと見つめる。
「二十年前、朔夜ではなく私がこの穴に溶かされていたらどうなったか。今、黒流と緑流が望むとおりの力となったように、私も大いなる力となり、なにかを助けたのだろうか」
弱気な灯の言い分に、准は納得がいかない、というように反論した。
「どうして今そんなことを。〈流の炉〉は悪行魔法だ、それを終わらせる、って灯さんは心に決めてきたんでしょう」
灯は突然、髪をかきむしった。
「わからなくなったのだ。〈流の炉〉を終わらせるといいながら、私はこの二十年なにをしてきたというのだ。痛みをともなう破壊では、白流と変わりない。かといって黒流と緑流がこの穴に飛びこんだことは、炉の終焉にはつながらない。私はここにきて、やはりなにもできないのか? ただひとつこの身に誓った決意が、たとえ形を変えたとしても、私がそれを捨て去る理由にはならない──」
息を吐ききるように語った灯は、大穴から目をあげて中空をにらんだ。
「灯、なにを考えているの……?」
静湖が肩にそっと手を添えると、灯は強いまなざしを向けてきた。
「静湖。この穴に飛びこんだ黒流と緑流は、もとの人格を保ってはいまい。意味がわかるか?」
静湖は、えっ、とあっけにとられた。
「もうあの緑流さんと黒流さんには会えないってこと?」
灯は、おそらくな、と目を伏せた。
「〈流〉にとってすら、この装置は死の終着点。飛びこめば純粋な力に戻される。悪行でもあり、大いなる誘惑の兵器でもある」
「誘惑、ですか?」
准がいぶかしげに問うと、灯は笑った。
「誘惑の死に場所だ」
灯のその言葉に、静湖は不気味な予感を感じた。
灯は両手を広げ、世界の様子を映す球たちを指し示した。
「見ていろ、今に黒流と緑流による調和の音楽は破られ、白流と黄金流がひと暴れするだろう。そのときに赤流はのうのうと指をくわえて見ているのではなく、せめて最後の力となろう」
灯はひらりと手すりに飛びのった。
その意図を察した静湖は戦慄した。灯の足をつかもうと手を伸ばす。准は抱きついて止めようとする。だが静湖と准はあえなく灯に蹴散らされ、通路に転がされた。
痛みをこらえて体を起こし、静湖は呼びかけた。
「灯、だめだよ! 見届けることだって立派なんだ!」
「そうです、あなたの戦いはこんな最後のためにあったんですか!」
准も必死に叫ぶ。灯は二人を見おろし、淡々と言った。
「わかった風な口をきくな。〈流〉としての在り方を、おまえたちにしばられる気はないんでな」
語る灯は、普段の自信にあふれた笑みを取り戻していた。堂々とした姿は、穴から噴きあがる逆光を浴びて輝く。これが自分の道だと、在り方だと──。
「私は世界を癒しにいくわけではない。この炉に巡り、終わらせるためにいく。見届けようじゃないか、〈流〉の死に場所のその先を」
「灯──!」
静湖は叫ぶ。准も転んだまま手を伸ばす。灯はそんな二人にふっと笑いかけると、大穴に飛びこみ光の渦に消えた。
*
0
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
私の存在
戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。
何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。
しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。
しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。
雨宮羽那
恋愛
侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。
(私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。
しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。
絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。
彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――?
◇◇◇◇
※全5話
※AI不使用です。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる