魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

文字の大きさ
77 / 87
第五番

第76話 消えた流

しおりを挟む
 大穴の光はますます輝いてふちからあふれ、あまりのまばゆさに、落ちていったあかりの姿を探すことはできなかった。

「これが赤き〈リュウ〉の決断だったのですね」

 声に振り向くと、御影が立ちつくしていた。その言葉が終わらぬ間に、あたりの交響曲がうねるように盛りあがった。重なりあう音楽を貫くように、ときの声を思わせる歌がとどろいた。

「灯さんの歌だ……!」

 じゅんが地下空間の彼方を見つめ目を細める。
 そこには音楽が響き、〈流〉の戦いを描くかのようだった。

〈流〉たちの交響曲は、もはや器楽として聴こえはしなかった。世界に満ちるのは歌だった。幾筋もの流れとなり、色彩を響かせあう〈流〉の歌。遥かな山脈の絶頂のごとき白金の歌と、そこに立ち向かう風雲や流星のような、赤の歌、緑の歌、黒の歌。色彩たちは二つの流れにわかれて戦っていた。天と地、影と光、夢とうつつほどにも相反しながら。

「各地で、戦いが」

 望夢のぞむが声をあげる。あまたの球の向こうの景色に、異変が起きていた。夜の深まった王国各地では、再び〈ソラ〉の裂け目が急速に広がっていくのが見えた。地割れのように、稲妻のように、あるいは薔薇の花弁のように、世界がひび割れて〈宙〉がのぞく。そこに夜が流れこんでは傷を溶かしてふさぎ、それが癒えぬうちにまた裂けていく──いたずらな世界の表裏の追いかけっこの中、人々が逃げ惑っていた。

 むやみに世界が傷つけられていると思えたそのとき、突如として、戦いあう二つの歌声が差し違えるかのように交錯した。

 世界に響く音楽が、瓦解する。

 歌いあっていた味方同士の歌すらもこじれてばらばらになり、立ちはだかっていた白金の響きは、地に堕ちて不気味な吼え声となった。

 御影はオルガンに駆けより、譜面台を凝視して蒼白になった。

「これは」

 静湖しずみは准と身を寄せあいながら、崩壊していく音楽に震えるしかなかった。

〈流〉たちの歌は、だんだんにもろく弱くなり、ゆがみながら薄れていき、曲の形を保つことをやめていく。そして耳鳴りのような不協和音を残して、すべての響きがふっと消え失せた。

 ──世界から音がなくなった。そう感じられた。

 やがて聴覚がごうごうという水音を拾ったが、体からひとつの器官が失われたかのように空虚が響くだけだ、と静湖には感じられた。光を噴きあげていた大穴からも一切の輝きが消え、深淵に黒々と水が流れこむばかりだった。

「〈流〉の力が消えた」

 御影が譜面台に目を走らせながら、焦った声でつぶやく。
 望夢の震える声があとに続いた。

「世界の動きが、止まりました」

 周りの球に映る王国各地は、荒れ果てていた。

〈宙〉の裂け目はいまだ多く残され、ひとつの町が、砂漠が、山が、透明な闇を思わせる〈宙〉に呑まれている様子も映っている。その境界はそれ以上、拡大することもふさがれることもなく、静止していた。暴れまわっていた怪物が、世界の景色にしみこんで眠ったかのようだった。

 元来の世界と〈宙〉という裏地の世界は混在し、つぎはぎを合わせた布のように隣に並んでいた。せめぎあう力はもはやなく、裂け目はただ虚無として口を開いていた。

「どうなってしまったの……?」

 准が弱々しく声をあげる。

「世界からすべての〈流〉が消えたよ」

 この場の者のものでない声が上空から響いた。

 声とともに、白いざんばら髪の少年がマントをはためかせて現れ、通路にふわりと降り立った。手には、銀光りする鎌をたずさえている。

 静湖は思わず目を見開いた。その姿は、幼い頃に読み聞かされた物語の中の死神のようだ──が、静湖が恐怖を感じる前に、望夢がつかつかと少年に近づいていった。

斑葉いさはさん、それは確かなのですか。〈流〉が消えたとはどういうことです」

 斑葉と呼ばれた少年は、ひょうひょうと答えた。

「言葉通りさ。僕には世界の斜め上に立ち、生と死を見つめる目がある。王都の住人をはじめ、この騒ぎの中で〈流〉になっていた〈人〉も消えた。すべての〈流〉は〈流〉の王たちの争いに巻きこまれ、力を吸いあげられ……最後には、相打ちになった二つの流れの中で相殺されて消えたよ」
「相打ち……?」

 准が息を呑む。皆があっけにとられていた。
 望夢が動揺した様子で、斑葉に詰めよる。

「世界の大半は荒れ果てています。あの裂けた傷跡はなんですか? 調和を望む〈宙〉の意思が働くはずではありませんか? 〈流〉の力は〈宙〉に満ちているのでしょう?」

 斑葉は、望夢の言葉を一笑した。

「世の終末に大戦が起こされて、双方が全滅したようなものさ。世界を助ける力は、もうないよ」

 ──僕はまだここにいる。

 静湖ははっとして両手を見つめ、体を抱いた。
 自身の中で何者かが、確かな声をあげていた。

 ──僕はまだここにいる。消えてない。まだ戦える、まだ癒せる。世界に流れていた音楽は、世界のは、こんなところで終わってはいけない──!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

雨宮羽那
恋愛
 侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。  (私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。  しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。  絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。  彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――? ◇◇◇◇ ※全5話 ※AI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...