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第五番
第80話 宙の夢、流の曲 2
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静湖は神妙にいずまいを正した。
黄金流はそれを見て微笑み、語りだした。
「昔語りをしよう。はじまりのとき、この〈宙〉において、皆はひとつの音楽だった。そこには世界のすべてが内包されていた。今、すべての〈流〉が溶けあって眠る混沌にも似ている」
黄金流は、階段の下の波打つ世界を見やり、続けた。
「はじまりの音楽には、やがていくつかの意識が芽生え、異なる色合いの流れとなっていった。我々〈流〉の王は、そのときに生まれた原初の〈流〉だ」
「あなたも僕も?」
そう、と黄金流はうなずき、しばらく静湖を見つめたあと続けた。
「それから悠久にも近い時が経ったのち、我々は〈人〉という試みをはじめた。人の姿になり人の意識になり、〈人〉というものを世界に生みだした」
えっ、と静湖は目を見開く。
「はじめて〈人〉になったのは、〈流〉の王たちだったんですか?」
黄金流は再び、そう、と厳かに認める。
「でも、どうして?」
「〈人〉の姿をとることで、我々は音楽を作ることができるようになった。我々が作った音楽から、さまざまなものが具現化していき、形ある表の世界を創っていった。表の世界のあらゆるものは音楽でできている、と聞いたことはないか?」
世界のすべては音楽でできている──灯から聞いた話だ、と静湖はうなずく。
語りかけてくる黄金流の瞳の奥が、きらりと光を宿す。
「そして音楽でできた表の世界に、あまたの小さな音楽、小さな〈流〉が、〈人〉として生まれていくようになった」
静湖はぽかんと口を開けた。
「じゃあ、青流が生まれて僕になったと言われてきたけれど、僕以外も、すべての〈人〉は〈流〉が生まれたものなんですか?」
「そう、〈人〉とは表の世界に生まれ落ちた〈流〉のことだ」
静湖は目を瞬き、問い続けた。
「〈流〉とはなんですか?」
「私が思う答えでいいかね」
静湖は黄金流にうなずき返す。
「〈流〉とは、この〈宙〉にたゆたう、意識を持った音楽、だ。世界中にあふれる音楽の中で、自ら意識を獲得したものが〈流〉となる。それを命と呼ぶ者もいるだろう。その音楽は、意識ある限り流れ続ける。意識あるその流れこそを〈流〉と呼ぶ」
「意識を持った、命を持った音楽……」
──それが〈流〉の正体。すべての〈人〉を生きるもの。
静湖は、意識を持った音楽、というものを想像した。自らを歌いながら、歌い方のことも周りの聴者のことも、その音楽にはわかっているのだ。そして〈人〉の体に生まれもして、心の央で音楽を響かせ、人の生を楽しんでいる……。
「〈流〉は魂のようなものでしょうか?」
「魂か。〈人〉から見れば、そうかもしれないな」
黄金流は、ふむ、と口元に手を当てて認めた。
「〈流〉はあるとき意識に目覚め、世界をただよいながら意識を固めていき、やがて自我を確立したとき、〈人〉として生まれていくという選択ができるようになる──ああ、小さな〈流〉が目覚めはじめたようだ、呼んでみよう」
ひゅう、と黄金流が口笛を吹き、その息が白い煙となって神座の周りにただよった。黄金流が煙の端をぱっとつかむと、鈴の鳴るような音楽が聴こえるとともに、煙が枝になって伸び、葉や花々をかわいらしく芽吹かせた。
黄金流が手を離すと、枝は再び煙になって霧散していき、音楽の切れ端も空にまぎれていった。黄金流がその手で今度はなにかを引き寄せるようにつかむと、手の中で水晶が生まれ、奥深い洞窟に水滴がしたたるような音楽が響いた。その水晶も、黄金流がふっと息を吹きかけると消えていった。
それは〈流〉の王が、小さな〈流〉と戯れる姿だった。
「彼らには自我はまだない。時には〈人〉の作曲活動によっても生みだされもする。表の世界に動力源として呼びだされるのは、このような生まれたての〈流〉たちだ。その経験は、彼らの音楽を豊かにしていく。そしていつかは〈人〉になることもあろう」
黄金流は、もちろん、と続けて語った。
「人間として生まれるだけが〈人〉の由来のすべてではない。自然界のもの、道具として創られたものも、時を経て〈流〉としての意識と自我を確立したとき──世界に流れる音楽の中から自身の音楽をつかみとったとき〈人〉になる。君の友人たちのように」
天狼の准。紫水晶の鎧。楽器であった彗に、人形から〈人〉になり、また人形へ戻った扇。彼らの顔が心に浮かび、静湖はあっと声をあげた。
そうだ、御影はどこに……?
黄金流は静湖の様子に目を細め、付け加えた。
「そして〈人〉は、死すると本来の〈流〉の意識に戻り、悠久の〈宙〉になじむ。次に世界に生まれ落ちるとき、その音楽は移りかわって別者のようになっている。流れはずっと続いているのだがね」
──僕は今、死んだのかな?
そんな疑問がわき、静湖は考えこむ。先ほどこの世界をたゆたっていたときには〈流〉の意識に戻ったとすら思えた。静湖はふつふつと思いだす。〈流の炉〉に飛びこみ、なそうとしたことを。
そうだ、表の世界は今──。
「僕は、自分の中を生きる青流に戻ろうとしたんです。そして世界を癒す音楽として響き渡れたらと。それは〈人〉としての僕の死の先にあるんでしょうか」
真剣に尋ねた静湖に、黄金流は優しく微笑んで答えた。
「青流、なにも君が死ぬことはない。我々〈流〉の王は、この世界で最も古く生まれた意識だ。だがそれから一度も、生まれ落ちることも生まれ変わることもなくさすらってきたのは、私と白流だけなのだ──限界も来ようというもの。私たちの音楽は古びて世界に則さなくなり〈反転〉を起こした。死は私たちにこそふさわしい」
「あなたや白流は死んでしまうの……?」
「すでに死して新しく生まれる瀬戸際にある。私と白流は、ともに生まれ変わるためにこの場にいる。それなのに白流は、私の話を聞かなくてね」
静湖は改めて、神座の前で殻にこもり頭を垂れて眠る白流を見つめた。
黄金流も神座から乗りだし、殻の中をのぞきこんで静かに言った。
「表の世界、〈人〉の世は、そうやって創られた〈流〉の願いの場所だった。それを白流は、癇癪を起こして壊そうとしたのだ」
「白流は、白流なりに未来を考えてくれていました、癇癪だなんて」
思わず言葉を挟んだ静湖は、黄金流の重いまなざしに口をつぐんだ。
「私と白流の〈反転〉は定めだった。だが白流はその力を武器として世界に振るった。我々がはじまりのときにともに創りあげた、二度と同じ響きにはならぬ世界に対して……」
黄金流は、国を憂う王のように粛々と言い終えた。目は細められ、瞳には悲しげな色がにじむ。哀愁の念は世界に対するものか、白流に対するものか。
静湖は黄金流の表情に心を動かされながらも、やがて口を開いた。
「そんなに白流ばかりを責めないでください。白流はきっと、ひとりで背負って戦っていたんだ」
青流、と黄金流がつぶやきをこぼす。
黄金流はそれを見て微笑み、語りだした。
「昔語りをしよう。はじまりのとき、この〈宙〉において、皆はひとつの音楽だった。そこには世界のすべてが内包されていた。今、すべての〈流〉が溶けあって眠る混沌にも似ている」
黄金流は、階段の下の波打つ世界を見やり、続けた。
「はじまりの音楽には、やがていくつかの意識が芽生え、異なる色合いの流れとなっていった。我々〈流〉の王は、そのときに生まれた原初の〈流〉だ」
「あなたも僕も?」
そう、と黄金流はうなずき、しばらく静湖を見つめたあと続けた。
「それから悠久にも近い時が経ったのち、我々は〈人〉という試みをはじめた。人の姿になり人の意識になり、〈人〉というものを世界に生みだした」
えっ、と静湖は目を見開く。
「はじめて〈人〉になったのは、〈流〉の王たちだったんですか?」
黄金流は再び、そう、と厳かに認める。
「でも、どうして?」
「〈人〉の姿をとることで、我々は音楽を作ることができるようになった。我々が作った音楽から、さまざまなものが具現化していき、形ある表の世界を創っていった。表の世界のあらゆるものは音楽でできている、と聞いたことはないか?」
世界のすべては音楽でできている──灯から聞いた話だ、と静湖はうなずく。
語りかけてくる黄金流の瞳の奥が、きらりと光を宿す。
「そして音楽でできた表の世界に、あまたの小さな音楽、小さな〈流〉が、〈人〉として生まれていくようになった」
静湖はぽかんと口を開けた。
「じゃあ、青流が生まれて僕になったと言われてきたけれど、僕以外も、すべての〈人〉は〈流〉が生まれたものなんですか?」
「そう、〈人〉とは表の世界に生まれ落ちた〈流〉のことだ」
静湖は目を瞬き、問い続けた。
「〈流〉とはなんですか?」
「私が思う答えでいいかね」
静湖は黄金流にうなずき返す。
「〈流〉とは、この〈宙〉にたゆたう、意識を持った音楽、だ。世界中にあふれる音楽の中で、自ら意識を獲得したものが〈流〉となる。それを命と呼ぶ者もいるだろう。その音楽は、意識ある限り流れ続ける。意識あるその流れこそを〈流〉と呼ぶ」
「意識を持った、命を持った音楽……」
──それが〈流〉の正体。すべての〈人〉を生きるもの。
静湖は、意識を持った音楽、というものを想像した。自らを歌いながら、歌い方のことも周りの聴者のことも、その音楽にはわかっているのだ。そして〈人〉の体に生まれもして、心の央で音楽を響かせ、人の生を楽しんでいる……。
「〈流〉は魂のようなものでしょうか?」
「魂か。〈人〉から見れば、そうかもしれないな」
黄金流は、ふむ、と口元に手を当てて認めた。
「〈流〉はあるとき意識に目覚め、世界をただよいながら意識を固めていき、やがて自我を確立したとき、〈人〉として生まれていくという選択ができるようになる──ああ、小さな〈流〉が目覚めはじめたようだ、呼んでみよう」
ひゅう、と黄金流が口笛を吹き、その息が白い煙となって神座の周りにただよった。黄金流が煙の端をぱっとつかむと、鈴の鳴るような音楽が聴こえるとともに、煙が枝になって伸び、葉や花々をかわいらしく芽吹かせた。
黄金流が手を離すと、枝は再び煙になって霧散していき、音楽の切れ端も空にまぎれていった。黄金流がその手で今度はなにかを引き寄せるようにつかむと、手の中で水晶が生まれ、奥深い洞窟に水滴がしたたるような音楽が響いた。その水晶も、黄金流がふっと息を吹きかけると消えていった。
それは〈流〉の王が、小さな〈流〉と戯れる姿だった。
「彼らには自我はまだない。時には〈人〉の作曲活動によっても生みだされもする。表の世界に動力源として呼びだされるのは、このような生まれたての〈流〉たちだ。その経験は、彼らの音楽を豊かにしていく。そしていつかは〈人〉になることもあろう」
黄金流は、もちろん、と続けて語った。
「人間として生まれるだけが〈人〉の由来のすべてではない。自然界のもの、道具として創られたものも、時を経て〈流〉としての意識と自我を確立したとき──世界に流れる音楽の中から自身の音楽をつかみとったとき〈人〉になる。君の友人たちのように」
天狼の准。紫水晶の鎧。楽器であった彗に、人形から〈人〉になり、また人形へ戻った扇。彼らの顔が心に浮かび、静湖はあっと声をあげた。
そうだ、御影はどこに……?
黄金流は静湖の様子に目を細め、付け加えた。
「そして〈人〉は、死すると本来の〈流〉の意識に戻り、悠久の〈宙〉になじむ。次に世界に生まれ落ちるとき、その音楽は移りかわって別者のようになっている。流れはずっと続いているのだがね」
──僕は今、死んだのかな?
そんな疑問がわき、静湖は考えこむ。先ほどこの世界をたゆたっていたときには〈流〉の意識に戻ったとすら思えた。静湖はふつふつと思いだす。〈流の炉〉に飛びこみ、なそうとしたことを。
そうだ、表の世界は今──。
「僕は、自分の中を生きる青流に戻ろうとしたんです。そして世界を癒す音楽として響き渡れたらと。それは〈人〉としての僕の死の先にあるんでしょうか」
真剣に尋ねた静湖に、黄金流は優しく微笑んで答えた。
「青流、なにも君が死ぬことはない。我々〈流〉の王は、この世界で最も古く生まれた意識だ。だがそれから一度も、生まれ落ちることも生まれ変わることもなくさすらってきたのは、私と白流だけなのだ──限界も来ようというもの。私たちの音楽は古びて世界に則さなくなり〈反転〉を起こした。死は私たちにこそふさわしい」
「あなたや白流は死んでしまうの……?」
「すでに死して新しく生まれる瀬戸際にある。私と白流は、ともに生まれ変わるためにこの場にいる。それなのに白流は、私の話を聞かなくてね」
静湖は改めて、神座の前で殻にこもり頭を垂れて眠る白流を見つめた。
黄金流も神座から乗りだし、殻の中をのぞきこんで静かに言った。
「表の世界、〈人〉の世は、そうやって創られた〈流〉の願いの場所だった。それを白流は、癇癪を起こして壊そうとしたのだ」
「白流は、白流なりに未来を考えてくれていました、癇癪だなんて」
思わず言葉を挟んだ静湖は、黄金流の重いまなざしに口をつぐんだ。
「私と白流の〈反転〉は定めだった。だが白流はその力を武器として世界に振るった。我々がはじまりのときにともに創りあげた、二度と同じ響きにはならぬ世界に対して……」
黄金流は、国を憂う王のように粛々と言い終えた。目は細められ、瞳には悲しげな色がにじむ。哀愁の念は世界に対するものか、白流に対するものか。
静湖は黄金流の表情に心を動かされながらも、やがて口を開いた。
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