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五章

繁華街 その2

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放課後の退魔クラブの部室。
いきなり泣き顔で飛び込んできたプリンは椅子に座り、傍らのライムに言葉にならない言葉で先ほどから何かを訴えかけている。
俊美としみとトマトフは相変わらず部室にはおらず、アンシーが淡々と給仕役を務めていた。
「うぇー、ああっ! ううあー!」
大げさな動作でプリンが言うと、ライムは「はいはい」と子供をあやすかのような応対をしていた。
もう一時間ほどこの調子である。
正直、なにが原因なのか、ライムにはまったく見当が付かない。
いくら仲の良い姉妹とは言え、「あー」とか「うー」では詳細は分からない。
ただ、何かとてつもなくショッキングなことがあったのだろう。
昔からプリンはショックなことがあるとこうだし、その度にライムや双子の姉の練音ねるねが聞き役に回っていたのだ。
とは言っても、意味が分からないので、聞き役と言うよりは聞き流し役といったほうが正しいかも知れない。
ライムに比べて、小心な練音ねるねはプリンがこの状態になると、おろおろとするばかりで、しまいには自分も泣きそうな表情になる。
その点、ライムは姉よりも姉らしいかも知れなかった。
こないだもカバンからゴキブリが出てきたときこうなった。
恐らく、今回は靴の中にゲジゲシでも入っていたのだろう。
ゲジゲジは益虫だと先ほどからライムは何回も説明し、その都度、プリンは首を横に振っていたのだった。
「あの…」
背後から声がした。
振り向くと、そこにはアンシーが立っている。
「どうしてプリン様は、おかしな状態なのでしょうか?」
指摘され、まだ大声を上げて泣いているプリンを一瞥し、ちょっと困ったような笑みを浮かべる。
「…たぶん。怖い目に遭ったのかな? …ゲジゲジとかだと思うけど」
「ゲジゲジですか?」
「そう。とてもエッチな言葉なの」
「エッチなんですか?」
「そう…。ちょっとアンシー、耳を貸して…」
そう言って、ライムはアンシーに耳打ちする。
「それはエッチですね! とてもいけないことだと思います」
「そうなの。プリンはきっとそのことで悩んでいるんだわ!」
とても困った様子のライムである。
むろん、ゲジゲジがエッチな言葉というのは真っ赤な嘘である。
だが、ライムも意地悪をしてみたい年頃であった。
「では、プリン様のゲジゲジのビデオが悪の秘密結社の手に渡る前に回収しなければならないのではないでしょうか?」
「そうね。どこかに正義の味方がいないかなーって、プリンと話していたの」
「そうだったんですね」
「うえあうあー! ひがうー! ほーほーふんはー!」
「ああ、プリンさん、お願いだから泣き止んで欲しいのです! お姉ちゃんもなんだか、悲しくなってきちゃいますよー!」
こないだ、プリンが泣いたとき、そんなことを言って慰めていた双子の姉の口調と言葉を真似るライム。
どうせ、くだらないことで泣いているのだろうと、ライムは勘ぐっていたし、あまり真剣に聞いていなかったのだ。
「もーひひよー…」
プリンは立ち上がると、涙をざっと袖で拭き取り、鞄を片手に部室を飛び出した。
ライムが紅茶をすする。
この頃はアンシーがこうしてお茶を入れてくれるようになっていた。
「あの…追いかけなくてよろしいのですか?」
「いいの。あの子ったら、昔からああだから」
素っ気なくライムは言う。
「でも、そーそー君と言ってました。宗一そういち様となにか関係があるのではないですか?」
そう指摘された。
自分は気付かなかったが、アンシーは何か感づいたのかも知れない。
宗一そういちの名前が出てしまえば、実はただ事ではないかも知れない。
ふと、ライムは直感的にそう思ったのだった。
「…じゃあ、ちょっと、宗一そういち君に連絡入れようかな」
そう言ってライムは自身のスマートフォンをカバンから取り出すのであった。
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