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第53話 その血を引く者
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部屋の中は沈黙に包まれた。
魔王の封印と復活の経緯。思いがけない事実を告げられ、人間たちは皆言葉を失っている。
最も早く立ち直ったのはリーザだった。
「つまり、レオノーラ王女殿下は、いえ、ラルディール王室のエーデルシュタイン家は勇者の子孫ということね? だからその血を受け継いで、守護聖女復活の鍵を握る、と」
「その通りだ。さすがだな、察しが良い」
ランドリオンはなぜか面白いものを見るように、好奇の目でリーザを見ている。
エルフの将軍は続けた。
「勇者は戦いの旅の中で、ある国の王女との間に息子を残していた。今のラルディール王国はその勇者の息子が成人して建国したのだ。そしてもう一国……」
ランドリオンはそこで一度ゴブレットを口に運び、喉を湿らせた。先ほどから話し通しである。
「もう一国、アーフェンガルド王国は、セレナリアの子が建国に協力した国だ。彼女は最終決戦の前に、勇者の仲間の魔法使いエリアスの子を身ごもっていたのだ」
今度はアリアが訊ねた。
「セレナリアさんは生きて戻って来られたのですか?」
「当然だ。でなければ今の顛末がどうやって伝わったと思っているのだね? 滅びの石を持ち帰ったのもセレナリアだ。彼女は無事に下山し、子を産んだ。もっとも、妊娠が分かったのは魔王を倒してしばらく経ってからのことだが」
「もう一人のハーフエルフ……」
リーザが独り言のように呟いた。
「そうだ。ハーフエルフがもう一人生まれたのだ。そしてセレナリアは第二のアルラスが現れぬよう、自らの子の運命には魔力を選んだ。父親も偉大な魔法使いだったから当然と言えば当然だがね。アマリーアと名付けられたその娘は成人し、ある若者が王国を建国するのに協力した。そしてその国は聡明なハーフエルフのおかげで魔法大国として世界に君臨するに至った――」
ランドリオンはそこで言葉を切り、リーザの様子を伺った。
「という話はきいたことがあるかね?」
「いえ、ありませんわ」
「エルネスト殿、現在の宮廷魔術師たる君もかね?」
突然話を振られたエルネストは頭を振った。
「初耳ですな。建国の歴史は承知しておりますが、エルフが関わっていたとは聞いたこともありません」
そこでエルフの将軍は重々しく頷くと、その眼にリーザを捉えて離さずにゆっくりと告げた。
「ではこの話も当然初耳だろうな。アマリーアはアーフェンガルド王国の宮廷魔術師の位に就くと、初代の国王からこの名を与えられた。アマリーア・フォン・ローエンベルン」
一瞬にして戦慄が走り、その場に居合わせた人間たちが全員息を飲む気配が伝わった。
リーザの背後ではエルネストが、跳ねるように身体を起こした。
「い、今何と……!?」
「もう一度聞きたいかね。アマリーアが国王から貴族の称号である『フォン』と共に与えられた姓はローエンベルン。彼女は君たちにとって、人間の言葉で言うところのご先祖様だ」
「まさか、私がエルフの血を……?」
日頃沈着冷静な美しい顔を蒼白にして、リーザは両の手の平を見つめている。父であるエルネストもまた、衝撃に耐えかねたのか言葉を失って天を仰いでいる。
「驚くのも無理はない。アーフェンガルドではあえてエルフに関する書物や記録は残さぬようしたのだからな。王家の者でさえ知らないはずだ。万が一魔王が復活した時に備えて手の内を悟られまいとしたのだが、今となっては無駄だったな。アルラスが魔王に話しているだろう」
「でも、そんな……私が……?」
狼狽えるリーザに、ランドリオンは静かに語りかけた。
「君は考えたことが無いかね? 世の中に魔法使いは数多いるが、何故ローエンベルンの一族だけが特別強い魔力を持っているのか。自分は何故、『魔女』と呼ばれるほどの魔法を身につけられるようになったのか。それら全ては、エルフの血統によるものだ」
リーザはハッと顔を上げた。
「あの本……! 屋根裏の……」
ランドリオンは小さく首を傾げた。
「本? 何の本だね?」
「昔、私が住んでいた部屋の屋根裏で、エルフが書いた魔術の本を見つけたのよ。それで……」
「そういうことか。君が閉じ込められていたあの塔は、かつてアマリーアが使っていた塔だ。彼女は綺麗好きだったから、保存状態の良い書物の一つや二つ残っていても不思議はない。ずいぶん古いので雨漏りぐらいはしていただろうがね」
閉じ込められていた、か。何もかもお見通しってワケね。
内心の動揺を必死で取り繕いながら、リーザは皮肉っぽく答えた。
「ええ、おかげさまでお肌が乾燥せずにすんだわ」
「ところでランドリオン殿、その王女殿下の件につきまして、我々の間では諸国の軍を糾合して大規模な奪還作戦を予定しているそうです」
アリアは君主会議の模様を簡潔に説明した。
「なるほど、人間にしては良い考えだな。それで、君たちはもう戻るのか?」
「はい、私たちはこれからバルコニアに戻ります。至急、王女殿下の奪還作戦に参加致しますので。貴殿らはどうなさいますか?」
「我々はレナルディアに向かい女王に会う。魔王軍は恐らくまたこの国を狙うだろうからな。この国を守る手立てを講じるつもりだ」
「何故またこの国を狙うのでしょうか?」
「それはこの国が魔法大国だからだ。力はかつてより衰えたとはいえ、この国の魔法使いは奴らにとっては脅威のはずだ。特に、ローエンベルン家の者はな」
そう言った後ランドリオンは、
「そうだ、こうしよう」
と後ろを振り向いた。
「エレンディアを連絡係として君たちに同行させよう。我々には通信手段があるのでね」
手招きでエレンディアが呼ばれる。
「宜しくお願いします」
「……ああ」
頭を下げたアリアだったが、返事はそっけないものだった。
「では今日はもう遅い。エルネスト殿の傷のこともあるので、そろそろ休むとしよう」
ランドリオンの言葉で一同は散会することになったが、立ち去り際、アリアはエルフの将軍を呼び止めた。
「ランドリオン殿、一つお訊ねしてもよろしいですか?」
「何かね?」
アリアは先ほどからどうしても気にかかっていたことを訊ねた。
「ラルディールやエルムーデが襲われた時は、何故助けに来て下さらなかったのですか?」
女騎士のむしろ穏やかと言っていい表情と口調が、かえってその時の苛酷さを物語っているようで、ランドリオンは出会って以来初めて申し訳なさそうな顔を見せた。
「間に合わなかったのだ。そのいずれの国も我々が着いた時には破壊されつくした後だった。敵は突然姿を現したようで、それで我々はザーベナルトの存在を確信したのだ。かつての奴の得意な魔法だったからな。今回辛うじて間に合ったのは、魔法陣が時間を稼いでくれたおかげだよ」
「貴殿はザーベナルトとやらをよくご存じなのですか?」
「ああ。千年前、奴を倒したのは私だ」
魔王の封印と復活の経緯。思いがけない事実を告げられ、人間たちは皆言葉を失っている。
最も早く立ち直ったのはリーザだった。
「つまり、レオノーラ王女殿下は、いえ、ラルディール王室のエーデルシュタイン家は勇者の子孫ということね? だからその血を受け継いで、守護聖女復活の鍵を握る、と」
「その通りだ。さすがだな、察しが良い」
ランドリオンはなぜか面白いものを見るように、好奇の目でリーザを見ている。
エルフの将軍は続けた。
「勇者は戦いの旅の中で、ある国の王女との間に息子を残していた。今のラルディール王国はその勇者の息子が成人して建国したのだ。そしてもう一国……」
ランドリオンはそこで一度ゴブレットを口に運び、喉を湿らせた。先ほどから話し通しである。
「もう一国、アーフェンガルド王国は、セレナリアの子が建国に協力した国だ。彼女は最終決戦の前に、勇者の仲間の魔法使いエリアスの子を身ごもっていたのだ」
今度はアリアが訊ねた。
「セレナリアさんは生きて戻って来られたのですか?」
「当然だ。でなければ今の顛末がどうやって伝わったと思っているのだね? 滅びの石を持ち帰ったのもセレナリアだ。彼女は無事に下山し、子を産んだ。もっとも、妊娠が分かったのは魔王を倒してしばらく経ってからのことだが」
「もう一人のハーフエルフ……」
リーザが独り言のように呟いた。
「そうだ。ハーフエルフがもう一人生まれたのだ。そしてセレナリアは第二のアルラスが現れぬよう、自らの子の運命には魔力を選んだ。父親も偉大な魔法使いだったから当然と言えば当然だがね。アマリーアと名付けられたその娘は成人し、ある若者が王国を建国するのに協力した。そしてその国は聡明なハーフエルフのおかげで魔法大国として世界に君臨するに至った――」
ランドリオンはそこで言葉を切り、リーザの様子を伺った。
「という話はきいたことがあるかね?」
「いえ、ありませんわ」
「エルネスト殿、現在の宮廷魔術師たる君もかね?」
突然話を振られたエルネストは頭を振った。
「初耳ですな。建国の歴史は承知しておりますが、エルフが関わっていたとは聞いたこともありません」
そこでエルフの将軍は重々しく頷くと、その眼にリーザを捉えて離さずにゆっくりと告げた。
「ではこの話も当然初耳だろうな。アマリーアはアーフェンガルド王国の宮廷魔術師の位に就くと、初代の国王からこの名を与えられた。アマリーア・フォン・ローエンベルン」
一瞬にして戦慄が走り、その場に居合わせた人間たちが全員息を飲む気配が伝わった。
リーザの背後ではエルネストが、跳ねるように身体を起こした。
「い、今何と……!?」
「もう一度聞きたいかね。アマリーアが国王から貴族の称号である『フォン』と共に与えられた姓はローエンベルン。彼女は君たちにとって、人間の言葉で言うところのご先祖様だ」
「まさか、私がエルフの血を……?」
日頃沈着冷静な美しい顔を蒼白にして、リーザは両の手の平を見つめている。父であるエルネストもまた、衝撃に耐えかねたのか言葉を失って天を仰いでいる。
「驚くのも無理はない。アーフェンガルドではあえてエルフに関する書物や記録は残さぬようしたのだからな。王家の者でさえ知らないはずだ。万が一魔王が復活した時に備えて手の内を悟られまいとしたのだが、今となっては無駄だったな。アルラスが魔王に話しているだろう」
「でも、そんな……私が……?」
狼狽えるリーザに、ランドリオンは静かに語りかけた。
「君は考えたことが無いかね? 世の中に魔法使いは数多いるが、何故ローエンベルンの一族だけが特別強い魔力を持っているのか。自分は何故、『魔女』と呼ばれるほどの魔法を身につけられるようになったのか。それら全ては、エルフの血統によるものだ」
リーザはハッと顔を上げた。
「あの本……! 屋根裏の……」
ランドリオンは小さく首を傾げた。
「本? 何の本だね?」
「昔、私が住んでいた部屋の屋根裏で、エルフが書いた魔術の本を見つけたのよ。それで……」
「そういうことか。君が閉じ込められていたあの塔は、かつてアマリーアが使っていた塔だ。彼女は綺麗好きだったから、保存状態の良い書物の一つや二つ残っていても不思議はない。ずいぶん古いので雨漏りぐらいはしていただろうがね」
閉じ込められていた、か。何もかもお見通しってワケね。
内心の動揺を必死で取り繕いながら、リーザは皮肉っぽく答えた。
「ええ、おかげさまでお肌が乾燥せずにすんだわ」
「ところでランドリオン殿、その王女殿下の件につきまして、我々の間では諸国の軍を糾合して大規模な奪還作戦を予定しているそうです」
アリアは君主会議の模様を簡潔に説明した。
「なるほど、人間にしては良い考えだな。それで、君たちはもう戻るのか?」
「はい、私たちはこれからバルコニアに戻ります。至急、王女殿下の奪還作戦に参加致しますので。貴殿らはどうなさいますか?」
「我々はレナルディアに向かい女王に会う。魔王軍は恐らくまたこの国を狙うだろうからな。この国を守る手立てを講じるつもりだ」
「何故またこの国を狙うのでしょうか?」
「それはこの国が魔法大国だからだ。力はかつてより衰えたとはいえ、この国の魔法使いは奴らにとっては脅威のはずだ。特に、ローエンベルン家の者はな」
そう言った後ランドリオンは、
「そうだ、こうしよう」
と後ろを振り向いた。
「エレンディアを連絡係として君たちに同行させよう。我々には通信手段があるのでね」
手招きでエレンディアが呼ばれる。
「宜しくお願いします」
「……ああ」
頭を下げたアリアだったが、返事はそっけないものだった。
「では今日はもう遅い。エルネスト殿の傷のこともあるので、そろそろ休むとしよう」
ランドリオンの言葉で一同は散会することになったが、立ち去り際、アリアはエルフの将軍を呼び止めた。
「ランドリオン殿、一つお訊ねしてもよろしいですか?」
「何かね?」
アリアは先ほどからどうしても気にかかっていたことを訊ねた。
「ラルディールやエルムーデが襲われた時は、何故助けに来て下さらなかったのですか?」
女騎士のむしろ穏やかと言っていい表情と口調が、かえってその時の苛酷さを物語っているようで、ランドリオンは出会って以来初めて申し訳なさそうな顔を見せた。
「間に合わなかったのだ。そのいずれの国も我々が着いた時には破壊されつくした後だった。敵は突然姿を現したようで、それで我々はザーベナルトの存在を確信したのだ。かつての奴の得意な魔法だったからな。今回辛うじて間に合ったのは、魔法陣が時間を稼いでくれたおかげだよ」
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