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第68話 急転
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「レオノーラ王女殿下、よくぞご無事で……」
ついに主君との再会を果たした忠実な女騎士は、涙と共にようやく声を絞り出した。
「臣、アリア・ベルヴァルト、守護し奉るべき王女殿下の御身を魔物に略取されましたるは一生の不覚。罪は万死に値致しますが、只今は王弟たるダールベルク大公殿下より魔王討伐の任を与えられておりますれば、どうか大命を果たし遂せますまでは何卒自裁のご猶予を賜りたく、伏してお願い申し上げます」
言い終えてからアリアは失言に気づいた。というより、仲間の前であるということを忘れていたことに気づいた。
『自裁』の言葉を聞いて二人は驚いているに違いない。
レオノーラ様を救い出し、魔王を倒す。その全てを終えた後、王女殿下劫略の責任を取って死ぬつもりでいることは、二人の前では決して明かしてはならぬことだったのに。王女と再会できた喜びで、思わず感情が昂り、つい口を滑らせてしまった。
背後に控える二人の気配は微動だにしないが、内心穏やかではあるまいと思えた。
「みな、顔をお上げなさい」
王女は美しい声で、美しい緋色の髪の臣下とその仲間に語りかけた。
「アリアよ。そなたこそよくぞ助けに来てくれました。それに、あなたたち二人も」
「もったいないお言葉に存じます」
ひたすら恭しく頭を下げ続ける三人に、王女はさらに声をかけた。
「アリア、お立ちなさい」
本来なら王族が臣下に向かって、同じ目線になることを求めるなどありえないのだが、アリアと年の近いレオノーラは時々二人きりの時などにそうすることを望んだ。
「は、はい」
久しぶりのせいか、ややぎこちなく立ち上がる。
「もっと近くへ」
王女は牢の入り口に立ち、背後には二人の仲間が跪いており、その後ろは通路の壁である。
さすがに近すぎると考えたアリアは戸惑ったが、王女は気にしないようだった。
「早く。ほら、どうしたのですか? 久しぶりにあなたの顔をよく見たいのです。さ、もっと近くへおいでなさい」
これも一応主君の望みである。仕方なくアリアは王女の前に立った。
王女は両手で臣下の顔を挟み、優しく言った。
「大変な苦労をしたのでしょうね。せっかくの美人なのに、疲れているように見えますよ」
「め、滅相もございません。今日までお救い申し上げることが叶わず、誠にお詫びの言葉もございません」
アリアが神妙に答える間に、白い華奢な両手は首筋を撫で始めた。
なにやら艶めかしいその撫で方に、不審の念が微かに持ち上がりかけたその時。
「ぐうッッ!?」
王女の両手は女騎士の首を絞め上げた。
「ちょっと、何を……!」
「アリア様!!」
リーザとミサキは驚いて立ち上がったが、
「動くな!! 動けばこの女の美しい顔を、根元からへし折るぞ!」
そう言われては手が出せない。口調は荒く、声も若い女のものではなかった。
王女は貴顕の人とは思えぬ腕力でアリアの首を絞めている。荒事など経験したことが無いはずの細腕には血管が浮かび、目は血走っている。
だがアリアは思い切った抵抗が出来ない。目の前の王女が全くの偽者であるなら斬って捨てるなり、殴りつけるなりやりようはあるが、もしもこれが本物の王女であるなら殺すのはもちろん、手を出すこともはばかられる相手だ。
「うぐぅ……ガッ、ハァッ!」
臣下の哀しい性であろうか。自分の首を絞める手を振りほどくことも出来ず、アリアは無抵抗のまま苦しそうに呻いている。
困惑の度合いは、リーザも同じであるらしかった。
「クソッ! 罠だったか!」
忌々しげにリーザは舌打ちした。
「どどどどうしましょう、リーザさん!」
ミサキは魔法使いの腕を掴み、かなり慌てている。
「落ち着きなさい。今考えてるから」
年長者としての貫禄を感じさせる声音でそう言ったものの、アリアを人質にされては打つべき手が見当たらない。
その時、どこからか低い笑い声が聞こえてきた。
「クックックッ。人間の皆さん、よくここまでたどり着けましたね。初めまして、私はザーベナルト。魔界最高の魔導士にして、魔王様の最も信任厚い臣下です。お見知りおきを」
突然通路の奥から現れて慇懃に挨拶したのは、茶色いフードを被った血色の悪い男だった。青白く冷酷そうな肉付きの薄い顔に、薄ら笑いを貼りつかせている。
その男の方を向いて、レオノーラは報告した。
「ザーベナルト様、仰せの通りに女を捕らえました」
話す間も、王女は自らを救出に来た忠実な女騎士の首を握ったままである。
「よろしい、よくやった。魔王様もお喜びになるだろう。またたっぷりと可愛がってもらえるのではないかな?」
好色そうな目で王女を褒めている。
「もったいのうございます、ザーベナルト様。ところで、こやつらの始末はいかが致しますか?」
「うむ。こちらで引き取ろう。いったん魔王様に引見せねばならぬ」
魔界の魔導士と名乗った男はそう言うと懐から小さな鈴のようなものを取り出した。
静かな城内に澄んだベルの音が響くと、屈強な体格をした一つ目の魔物が三体現れ出た。
「お前たち、その女どもを魔王様のおわす玉座の間へ連行しろ」
ようやく王女はアリアから手を離したが、かわりにもっと強い力で拘束されて、城内のさらに上へとアリアたちは連れ去られて行った。
ついに主君との再会を果たした忠実な女騎士は、涙と共にようやく声を絞り出した。
「臣、アリア・ベルヴァルト、守護し奉るべき王女殿下の御身を魔物に略取されましたるは一生の不覚。罪は万死に値致しますが、只今は王弟たるダールベルク大公殿下より魔王討伐の任を与えられておりますれば、どうか大命を果たし遂せますまでは何卒自裁のご猶予を賜りたく、伏してお願い申し上げます」
言い終えてからアリアは失言に気づいた。というより、仲間の前であるということを忘れていたことに気づいた。
『自裁』の言葉を聞いて二人は驚いているに違いない。
レオノーラ様を救い出し、魔王を倒す。その全てを終えた後、王女殿下劫略の責任を取って死ぬつもりでいることは、二人の前では決して明かしてはならぬことだったのに。王女と再会できた喜びで、思わず感情が昂り、つい口を滑らせてしまった。
背後に控える二人の気配は微動だにしないが、内心穏やかではあるまいと思えた。
「みな、顔をお上げなさい」
王女は美しい声で、美しい緋色の髪の臣下とその仲間に語りかけた。
「アリアよ。そなたこそよくぞ助けに来てくれました。それに、あなたたち二人も」
「もったいないお言葉に存じます」
ひたすら恭しく頭を下げ続ける三人に、王女はさらに声をかけた。
「アリア、お立ちなさい」
本来なら王族が臣下に向かって、同じ目線になることを求めるなどありえないのだが、アリアと年の近いレオノーラは時々二人きりの時などにそうすることを望んだ。
「は、はい」
久しぶりのせいか、ややぎこちなく立ち上がる。
「もっと近くへ」
王女は牢の入り口に立ち、背後には二人の仲間が跪いており、その後ろは通路の壁である。
さすがに近すぎると考えたアリアは戸惑ったが、王女は気にしないようだった。
「早く。ほら、どうしたのですか? 久しぶりにあなたの顔をよく見たいのです。さ、もっと近くへおいでなさい」
これも一応主君の望みである。仕方なくアリアは王女の前に立った。
王女は両手で臣下の顔を挟み、優しく言った。
「大変な苦労をしたのでしょうね。せっかくの美人なのに、疲れているように見えますよ」
「め、滅相もございません。今日までお救い申し上げることが叶わず、誠にお詫びの言葉もございません」
アリアが神妙に答える間に、白い華奢な両手は首筋を撫で始めた。
なにやら艶めかしいその撫で方に、不審の念が微かに持ち上がりかけたその時。
「ぐうッッ!?」
王女の両手は女騎士の首を絞め上げた。
「ちょっと、何を……!」
「アリア様!!」
リーザとミサキは驚いて立ち上がったが、
「動くな!! 動けばこの女の美しい顔を、根元からへし折るぞ!」
そう言われては手が出せない。口調は荒く、声も若い女のものではなかった。
王女は貴顕の人とは思えぬ腕力でアリアの首を絞めている。荒事など経験したことが無いはずの細腕には血管が浮かび、目は血走っている。
だがアリアは思い切った抵抗が出来ない。目の前の王女が全くの偽者であるなら斬って捨てるなり、殴りつけるなりやりようはあるが、もしもこれが本物の王女であるなら殺すのはもちろん、手を出すこともはばかられる相手だ。
「うぐぅ……ガッ、ハァッ!」
臣下の哀しい性であろうか。自分の首を絞める手を振りほどくことも出来ず、アリアは無抵抗のまま苦しそうに呻いている。
困惑の度合いは、リーザも同じであるらしかった。
「クソッ! 罠だったか!」
忌々しげにリーザは舌打ちした。
「どどどどうしましょう、リーザさん!」
ミサキは魔法使いの腕を掴み、かなり慌てている。
「落ち着きなさい。今考えてるから」
年長者としての貫禄を感じさせる声音でそう言ったものの、アリアを人質にされては打つべき手が見当たらない。
その時、どこからか低い笑い声が聞こえてきた。
「クックックッ。人間の皆さん、よくここまでたどり着けましたね。初めまして、私はザーベナルト。魔界最高の魔導士にして、魔王様の最も信任厚い臣下です。お見知りおきを」
突然通路の奥から現れて慇懃に挨拶したのは、茶色いフードを被った血色の悪い男だった。青白く冷酷そうな肉付きの薄い顔に、薄ら笑いを貼りつかせている。
その男の方を向いて、レオノーラは報告した。
「ザーベナルト様、仰せの通りに女を捕らえました」
話す間も、王女は自らを救出に来た忠実な女騎士の首を握ったままである。
「よろしい、よくやった。魔王様もお喜びになるだろう。またたっぷりと可愛がってもらえるのではないかな?」
好色そうな目で王女を褒めている。
「もったいのうございます、ザーベナルト様。ところで、こやつらの始末はいかが致しますか?」
「うむ。こちらで引き取ろう。いったん魔王様に引見せねばならぬ」
魔界の魔導士と名乗った男はそう言うと懐から小さな鈴のようなものを取り出した。
静かな城内に澄んだベルの音が響くと、屈強な体格をした一つ目の魔物が三体現れ出た。
「お前たち、その女どもを魔王様のおわす玉座の間へ連行しろ」
ようやく王女はアリアから手を離したが、かわりにもっと強い力で拘束されて、城内のさらに上へとアリアたちは連れ去られて行った。
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