Trade Secret R ~ やがて、あの約束へ ~

あたか

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第3幕 男を愚かにさせるものとは

第2章 偉人の思想と挑発②

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「先生、質問があります」


サルヴァトーレがすっと手を挙げた。

教師が小さくうなずくと、彼は間を置かず口を開いた。


「この“disobedience”という語句、単なる反抗や反発と訳されがちですが――
この文脈では、“同調圧力への理性的な拒絶”という意味合いが強いと理解してもよろしいでしょうか?」


教室がざわめく。

発音だけでなく、内容の切り込みも容赦ない。


「つまり、ここでワイルドが皮肉っているのは、貧しい者に倹約を説くような、富裕層の欺瞞ぎまんです。
“ルールを守ることが美徳”という発想が、どれほど本質から遠いかという話でもあります」


そう言って、彼はちらりとはるかに視線をやる。


「――例えば、自分の気持ちにふたをして、“周囲に合わせることこそ正義”だと、そう信じ込まされている優等生など、まさにその被害者かもしれません」


はるかがぴくりと反応する。


「……まあ、そういう考え方もあるだろう。皆も英語はブロッサムを見習え。
国際社会で生き抜くにあたり、英語は必須だ。ブロッサム、お前の考えはよく分かった。もう座れ」


英語の担当教員は、当たり障りのない返事をすると、話をすり替えた。

偉人の思想やサルヴァトーレの考えなど、この教師にはどうでも良かった。

いや、このイギリス出身の彼が言ったことなど、半分も理解していない。

教師もまた狡猾こうかつな生き物だ。

サルヴァトーレは、この教師とは議論する余地もないと悟り、話をたたみにかかる。


「失礼いたしました。祖国が誇る偉人の思想が気になったもので。
自分の思想や思いを押し殺しても、教科書やルールに忠実な生き方をすること――
この国に来てから、それが“教育の理想像”と学ばせていただきました。
ご教示いただきありがとうございます」


そう言うと、サルヴァトーレは着席した。

侑斗ゆきとは肩をすくめて、こっそり噴き出して、ぼそりと呟いた。


「くっ……開き直りという名の自分革命、か。
あいつにとって文化祭はたぶん“国家主導の茶番劇ちゃばんげき”なんだろうな」


その一方で、


「…………」


はるかは自分の生き方そのものを皮肉られたようで、言葉を失っていた。

そして、サルヴァトーレはノートの切れ端に、先日、侑斗ゆきとから取引の対価として得た万年筆で何か書くとやぶって丸めて、はるかの席に回すようにクラスメイト達に、静かに促していく。

すると、はるかは背後の女の子から、その丸まった紙片しへんを受け取った。

開いてみると、そこには

“無理に合わせなくていい。誰かの顔色を伺って行動するのは愚か者のすることだ。他人の期待に従う必要も、空気を読む義務もない”

“文化祭も、演劇も……本来、そういうものだろう――?”

そして、この授業のテーマとなったオスカー・ワイルドの言葉が英文で記されていた。

“ When one is in love, one always begins by deceiving one’s self, and one always ends by deceiving others. ”


意味はこうだ。


“人が恋をする時、それはまず、自己をあざむくことによって始まり、また、他人をあざむくことによって終わる”

と。

はるかにも、その意味が通じたらしい。

その証拠に、彼女は黙ったまま、指の関節が白くなるほど紙を握り締めた。


「言いたいことがあるなら、にはっきり言え」


とサルヴァトーレから挑発されているような感覚をはるかは覚えた。
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