狂乱の蝶は月夜と踊る

第三幕 片羽の蝶

少し昔の話をしよう。
私がまだただの蝶だった頃、
一度蜘蛛の巣に捕まったことがある。
その糸は私の体に絡み付き、容易に取れそうにない。
最早死を覚悟したその時、
「大丈夫？今助けてあげるから」
あなたが私を助けてくれたのだ。
あの日、あなたが差し出した手の
温かさは未だに忘れられない。
それが、あなたとの出会いだった。
せめてあの人に御礼を言いたい。
私を助けてくれたあなたに、恩を返そう。
その為に、何か私に出来ることはあるだろうか。
でも、私はただの蝶。
私が蝶である限り、あなたと言葉は交わせない。
私は、あなたとは違って人ではない。
結果的に私は蝶の妖怪になれたのだが、
あの人は私を望んではいなかった。