【本編完結】アリスとレイスの不思議な絵本

札神 八鬼

文字の大きさ
12 / 66
第一章 ハートの国

帽子屋の絵本【後編】

しおりを挟む
母さんの歪んだ愛は、私を見てはいませんでした。
月日が経つうちに、母さんの歪んだ愛情は
エスカレートしていきました。


これまで母さんに何をされたのかは……
話したくもありません。


そして遂に恐れていた事態が起きました。


母さんはどこで買ってきたのか、
結婚指輪を私に差し出して、こう告げました。


「私と結婚しましょう、セシル」


やはり私の母は、とっくに壊れていました。




いえ、もしかすると、
私を産む前から壊れていたのかもしれません。




母の目には今も昔も、
きっと自分の恋人しか映っていないのです。
私は、恋人の代わりとして産まれた。
実際に口に出して言われた訳ではないものの、
私の存在の全てを、否定された気がしたのです。


……ならば、お望み通りあなたの恋人を演じましょう。


あなたがどんな経緯で彼と別れたのかは知りませんが、
あなたを二度、捨ててみせましょう。


「いいえ、私は君の気持ちには答えられません」

「どうして? どうして? また私を捨てるの?
あんなに私を愛してくれたのに!」

「君にはもう疲れました
お互いの為にも、別れましょう」

「嫌、嫌よ! 私のどこが悪かったの?
言ってよ! ダメな所は直すから!」

「いいえ、もう終わりです
何を言われてもやり直すつもりはありません」

「ねえ、待ってちょうだい!
私、あなたがいないとダメなのよ!」




泣きながら母だった女は私にすがりついてきた。

ああ、何て醜い女なのだろうか。

これが血の繋がった女だと思うと虫酸が走る。

私は煩わしそうに乱暴に女を振りほどくと、
速足で玄関へ向かい、扉を開けた。


「さよなら、私の母親だった人
もう二度と会うことはないでしょう」


背後で女が何か言っていたが、私は乱暴に扉を閉めて家を出た。








当てもなく夜道を歩いていると、
またあの女の声が聞こえた。
どうやら私を探しているようだ。


「セシル……セシル……どこにいるの?
私を捨てないで……あなたは私のものなのよ
私以外、見てはダメなの」

しっかりと別れを告げたというのに、相変わらずしつこい女だ。
もう、この汚れた名前では生きていけそうにない。


「新しい名前を、探す必要がありますね…」

一度あの女の恋人を演じたせいで、
口調が戻らなくなってしまったが、
まあ、特に支障はないだろう。

「なあ、そこのお前」

セシルの目線は、間違いなくレイスを見つめていた。

「え? もしかして俺か?」

「はっ、面白い冗談だな
他に誰がいるって言うんだよ」

「で? 何か用かよ」

「別に? ただあんたに聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?」

「そう、僕にとってはとても重要なことだ」

「ふーん、言ってみろよ」

「お前、人の不幸を見て幸せか?」

「は?」

「ふはっ、何て顔してんだよ。だってそうだろ?
僕の過去を勝手に覗いているのだから、聞きたくもなるだろう?
それに、他人の不幸は蜜の味って言うじゃないか」

「お前が俺にどんな印象を持ってるかは知らねえがな
俺は人の不幸を笑って見れる程落ちぶれちゃいねえよ」

「へえ、そう来たか
ならあんたは、僕の過去を見てどう感じた?」

「別に、もう過ぎてしまった話だからな
俺達にはどうしようもねえし、笑う権利すらもないさ
それに、笑える程幸せな人生は送っていないのでな」

「なるほど、あんたの答えはそれか」

「ああ、そうだが何か不満か?」

「いいや、面白い奴もいたものだと感心しただけさ
是非あんたの過去とやらを覗いてみたいものだな」

「……悪趣味な野郎め」

「何とでも言えば良いさ
元からまともに育てられていないものでね」

セシルはレイスに向かって笑いかけると、
そのまま霧のように消えた。

「場所が変わるみたいですよ
そろそろ帽子屋の所に行けそうです」



ぷち三月は真剣な表情で告げた瞬間、
アリス達は別の場所へと移動された。
目の前には、大きく膨らんだお腹が見えている。
形状からして、これは妊婦の腹なのだろう。
ぷち三月は妊婦の膨らんだ腹を指差して告げる。



「この中に、帽子屋がいるみたいですよ」

「この中に? てことは、いるのは子宮の中か……」

「子宮って、あの女特有のあれか?」

「そう、お前は解体もしてるだろうから知ってるだろ」

「おい、流石の俺も子宮までは解体しねえぞ」

「解体の方は訂正しないんだな」

「ああ、実際に心臓抜き取る為に解体してるのは事実だしな」

「でも、どうするの?
私達は帽子屋が産まれるまで待つ時間はないわよね?」

「んなの決まってるだろアリス
腹かっさばいて無理矢理引きずり下ろすんだよ」

「え? それ大丈夫なの?
妊婦さんにも負担がかかるんじゃ……」

「実際に腹裂いて出産するケースもあるし、大丈夫じゃね?
それに、引きずり下ろした後に縫合すればセーフだろ」

「そ、そうなのかしら……その作戦、ちょっと不安ね」

「ズワルト、針と糸あるか」

「バラバラになった死体を縫合する用の糸と針なら常備してるぞ」

「よし、上出来だ
俺がサーベルで腹をかっさばくから、
お前はへその緒を切った後縫合してくれ
ハサミはねえが、剣でもギリいけるだろ」

「え、本当にやるの?」

「よし、行くぞズワルト! 切除と縫合の準備だ!」

「おう!」

レイスがサーベルで妊婦の腹を裂くと、
切り口から濃い鉄の匂いが充満し、臓物が顔を出している。
レイスはそれを気にもせずに子宮を裂き、
中から帽子屋を引きずり下ろした。
その瞬間、裂けた子宮から謎の液体が溢れ出し、
その乳白色の液体の大部分はレイスに降りかかった。


「うわっ、これは羊水か」

「後は任せてくれ」

ズワルトは帽子屋にくっついていたへその緒を、
剣で乱暴に引き切ると、裂けた腹を縫合し始めた。
へその緒の切除は乱暴だったが、
縫合は手際が良く、丁寧に腹を縫い合わせていた。


無事、帽子屋の救出は成功したようだ。
まだ彼は目覚める様子はないが、直に目が覚めるだろう。


「なあ、ようすいって何だよ」

「ああ、羊水のことか
あれは胎児を守る為に子宮内を満たしている液体だよ
子宮を直接裂いたから溢れたんだろうな」

「ふーん、よく分かんね」

「なら聞くなよ」

「さて、ずっとこのままというわけにもいかねえし、
どこかで羊水を洗い流せる所は……」

その瞬間、レイスと帽子屋の頭上に大量の水が落ちてきた。

「ぬるっ! まさかこれ、お湯か?」

「良かったな、
そのよう……何とかを洗い流せたじゃねえか」

「羊水な。ああ、にしてもどうして急に……」

『愛しい愛しい私のセシル
どうかずっと、私のお腹の中で……』

上から現れた巨大な手の狙いに気づいたレイスは、
すぐに帽子屋を抱えてその場を離れた。
帽子屋を抱えようとした手は外れ、空を掴んだ。


『どうして? どうして私の邪魔をするの?
彼はずっと閉じ込めていないと、
またどこかに行ってしまうじゃない
そんなの嫌、ずっと側にいて欲しいの』

すると、さっきのお湯で目が覚めたのか、
帽子屋はすっと立ち上がった。

「おや、どうして皆さんがここに……」

「帽子屋、ちょうど良かった!
俺達はこいつの相手をしておくから、
お前はアリスと逃げてくれ!」

「え? でも私は……」

「お前が女性嫌いなのは分かる
だがアリスなら心配はいらない
あいつのことは俺が一番良く知ってるからな」

「レイスくん……」

「私の手を取って、帽子屋
大丈夫、怖くないわよ
一緒にこんな怖い所から出ましょう?」


私は、信じても良いのでしょうか。
女なんて、怖いだけの存在なのに……
私は彼女に、身を任せても……


「安心して、私はあなたの味方だから」


こんな言葉、何度も言われてきたはずなのに。
それが本当なのかどうかすらも分からないのに。
何故でしょうか。
不思議と、彼女を信じてみたくなったのです。
私はアリスさんの手を取ると、
いつもの張りついた笑顔ではなく、自然な笑顔で笑った。


ああ、彼女なら私は怖くない。



「アリスさん、実は私、もう一つ名前があるんですよ
これは、ズワルトくんがつけてくれた名前でして、
私はとても気に入っているんです」

「あら、そうなの? あなたが良ければ是非聞きたいわ」

「私のもう一つの名前は、
ケルト・ウィザードという名前なんです」

私は彼女に手を引かれて、この忌まわしき絵本から脱出した。








レイス「無効魔法」

レイスが絵本に無効魔法をかけると、
それはすぐに光を失い、元の本へと戻った。

「結局、タオルとかはくれなかったなあいつ」

「そうだな、風邪引いたらあいつのせいにしよ
あ、そうだズワルト
お前の家のタオル借りるから」

「おい、勝手に他人ひとの家のタオル借りようとするな
つーか何で俺の家のタオルなんだよ」

「え、だって帽子屋の使うわけにはいかねえだろ」

「ほう、俺にはその気兼ねする必要はないと?」

「おう、そうだな」

「ぶっ殺す! 今のうちに遺言でも考えておけや」

「やめろ! 只でさえ再生が遅いって言うのに!」

「ま、まあまあ落ち着いて
レイスくんは私の家のタオルを使っても構いませんので、
ここで仲間割れはやめて下さいね」

「え、良いのか帽子屋
あんたも結構濡れてるだろ」

「大丈夫ですよ
予備もありますし、それに周りの方優先ですから」

「ほら、今の見たか?
これを期にお前も帽子屋の優しさを見習えよ」

「俺がどうしようが俺の勝手だろうが!
というか、悪いのはどう考えても図々しいお前だろ!」

「なっ! 誰が図々しいだって?」

「お前しかいねえだろうがぐうたら男!」

「お前も他人ひとの事言えねえだろうが変人兎!」

「はぁ!? そんなに死にたいなら、お望み通り殺してやるよ!」

「ああ? やれるものならやってみろよ
言っておくけど負けるのお前だからな?」

「ちょ、喧嘩はダメですって!皆さんで仲良くしましょうよ!」

新たな仲間帽子屋を引き連れ、
次解放するのは誰の絵本なのだろうか…
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...