【本編完結】アリスとレイスの不思議な絵本

札神 八鬼

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第一章 ハートの国

チェシャ猫の絵本

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「で、次どうするよ」

「そうですね……次はチェシャ猫にしましょうか」

「チェシャ猫か……
あいつは闇とか抱えてなさそうだけどな……
むしろ周りに好かれるようなタイプだろ」

「チェシャ猫ならすぐに終わると思いますよ」

「休憩も終わったし、早速行きましょうか」

レイス達はチェシャ猫の家へ向かった。
チェシャ猫の絵本には、ぬいぐるみとサーベル、
そして剣とナイフのアイコンが表示されていた。

「ぷち三月まさか……順番とか考慮して選んでるのか?」

「まあ一応、そういうのは考えてますが…」

「おお、そうなのか
てっきり何も考えてないと思ってたぜ」

「ぷち三月のことを下に見すぎでは?」

「そんなことより早く絵本の中に行くぞ」

「決してそんなことではありませんよレイス
これは本体の信用に関わる大事なことで……」

レイスはぷち三月の言葉を聞き流しながら、
チェシャ猫の絵本に触れた。









正義の警察チェロ・ネフィリア。
残酷な現実に何を見る。


視界が開けた途端、二つの影が走り抜ける。
一瞬だから誰なのか確認は出来なかったが、
その後ろ姿には覚えがあった。



「おい、あれもしかして……」

「とにかく追いかけるぞ! このままだと見失う」

アリス達は急いで二人を追いかけていった。
やっと追い付いたかと思うと、
景色は一瞬で別の場所に変わった。


もう一人の姿はどこにも見当たらず、
いるのはチェシャ猫らしき女性と、
楽しそうに笑う見知らぬ少女だけだ。
周りの景色から察するに、ここは病院なのだろう。


「ねえ、その後怪盗さんはどうしたの?」

「怪盗三月兎は、今度は野次馬に紛れ込んで、
また逃げられてしまったよ」

「お姉ちゃんから逃げ切れるなんて、凄い怪盗さんなんだね」

「私としては早く捕まえたいんだけどね
向こうがそうさせてくれないのさ」

「ねえ、お姉ちゃん
また怪盗さんのお話聞かせてね」

「ああ、またあの兎が現れたら聞かせてあげるよ」

話を聞く限り、彼女とこの少女は姉妹のようだ。

レイスが静かに過去の映像を見ていると、
チェロはこちらに視線を向けた。

「なあ、そこのあんた」

「またか……今度は何だよ」

「あんたには兄弟がいるかい?」

「……ああ、兄が一人いたよ
とっくの昔に死んだけどな」

「そうかい……嫌なことを聞いたね」

「別に過ぎた話だから気にしてねえよ」

「そう、なら改めて本題といこうか」

「お前も俺に聞きたいことがあるのか?」

「そうだよ、察しが良いね
それじゃあ、早速聞こうか」

「何だよ」

「あんたにとって、家族って何だい?」

「……さあな、そんなの俺が聞きたい
両親にも兄にも空気扱いされ、
それなのに労働は全部俺に任せっきり
あいつらが真面目に働いている所なんて見たことがない
それは、家族と言えるのか?」

「私から言えるのは、多分それは家族ではないよ」

「血が繋がっていても、家族じゃないのか?」

「私は家族とは愛があってこそだと思っている
だからこそ、愛のない家族は、
本当の意味で家族になることは出来ないんだよ」

「なら、俺は何のために産まれた?兄の為か?
それともあいつらが生活するために必要な金の為か?
俺は……誰の家族にもなれないのか?」

「……大丈夫だよ、あんたには既に
あんたそのものを受け入れてくれる人がいるじゃないか」

「……いや、あの方はダメだ……
詳しくは思い出せないが、
あの人には、俺なんかが側にいてはいけない」

「あんたも難儀な性格してるね
そう難しく考えるから気持ちが暗くなるのさ
時には荷を下ろして休むことも重要だよ」

「…………」

「まあ、あんたにはたっぷり時間がある
どれだけ時間がかかっても良いから、
ゆっくりと自分のことを考えな」

そう言い残し、チェロは霧のように消えた。

「もうすぐチェシャ猫のいるポイントに行けそうですよ」

「意外と早いな
帽子屋の絵本とかは、そんなすぐに行けなかっただろ」

「何しろさほど危険性はない住人ですから、
魔物の警戒が手薄なんですよ」

「早く解放出来るなら、
それだけ早くさんちゃんの回復が早まるということね!
早速そのポイントに行きましょう!」

アリス達が動き出す中、
レイスだけは心ここにあらずという感じで、
動き出す様子はなかった。

「おい、何してんだよレイス
早く来ねえと置いていくぞ」

「……………」

「ズワルトくん、先に行っておいて下さい
レイスくんは私が連れてきますので」

「そうか、レイスを頼んだぞ帽子屋」

アリス達がその場から離れ、
レイスと帽子屋の二人だけになると、
帽子屋は恐る恐る質問を投げかけた。

「やっぱり、あの質問が気になっているんですか?」

「……ああ、帽子屋はどう思う」

「そうですね……私は一人っ子だったもので、
兄弟がいる家庭の気持ちは分からないのですが、
家族に関することならお答えできます」

「帽子屋は確か、俺とは真逆だったな」

「そうですね、歪んでいたとはいえ、
母さんからは沢山の愛情を頂きました
まあ、それが私には怖かったんですけどね」

「そのことで、お前に謝りたいことがあってな」

「謝りたいこと? 何でしょうか」

「歪んでいるとはいえ、母親に愛されているお前を…
少し、羨ましいと思ってしまった
お前は嫌がっていたのに……
こんなことを思ってしまってすまない」

「良いんです、無い物ねだりというものは、
人間が抱く感情の一部ですから……
私はちっとも気にしていませんよ」

「お前は、本当に優しい……いや、優しすぎるな
ずっとその調子だと疲れないか?」

「これは私なりの恩返しのつもりなんです
赤の他人である私を、こんなに優しくしてくれる
皆さんに少しでも返せるようにって……
ただの私の自己満足なんです」

「少なくとも、
お前の自己満足は、多くの人の心を救っているよ」

「そうですか? もしそうだとしたら、
これほど嬉しいことはありませんね」

「そんじゃ行くか、チェシャ猫の所へ」

「ええ、行きましょうかレイスくん」








「ああ、レイスじゃないか
随分と遅かったね」

「すみません、少し話し込んでいたものでして」

「囚われている割には、元気そうだなチェシャ猫」

「そうだね……私の妹、ミケルは元から病弱だった
いつ死んでもおかしくなかったんだから、
あの子にとってはきっと、長く生きた方だったんだよ
ミケルが生きているうちにあの兎を
捕まえられなかったのは残念だけどね」

「……なら何で、あんな質問したんだよ」

「おや、理由がなきゃ聞いちゃダメなのかい?
単純に気になったから聞いた
それだけでも理由になるだろう?」

「本当に、何で囚われたのか分からないくらい元気だな
もう早く出口に連れて行こうぜ」

「心外だねぇ、私だって最初は囚われてたさ
ここにはミケルがいるし、離れたくないってね」

「じゃあ何で今元気なんだよ」

「そうだね……ここには偽物しかいないからさ
私が愛したのはミケルであって、
ミケルの姿をした誰かではないからだよ」



愛がなければ、それは家族ではない。
それはチェシャ猫が言った言葉だ。

チェシャ猫は偽物のミケルには、
愛情を感じることは出来なかったのだろうか。
レイスは出口へと向かうチェシャ猫を見つめながら、
そんな彼女を羨ましいと思った。








「無効魔法」

チェシャ猫を解放した今、
ハートの国の住人は、残りわずかとなっていた。

「これで後残ってるのは……」

「ぷち三月の本体と、女王様、そして管理人ですね」

「え、管理人も解放するのか?」

「当たり前じゃないですか
最初にあなた達以外封印されたと言いましたよね?」

「ああ、確かに言っていたな…」

「おい、チェシャ猫はどうするんだよ」

「あたしはここで留守番して、皆の帰りを待つよ
あいつのこと、頼んだよ」

「ええ、必ず救ってみせるから、待っててね」

「ああ、信じて待ってるよ、あんた達」



アリス達はチェシャ猫に見送られながら、
次の住人の絵本へと向かう。


チェシャ猫の首には、魔石のペンダントが光輝いていた。
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