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第18話 あなたが背負うものを、知りたくなった
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朝、手紙が届いた。
ジークハルトからだった。
今夜、もし時間があれば会いませんか。
話しておきたいことがあります。
君が僕の隣にいてくれることを望むなら——
君には、僕の過去を知っていてほしい。
それは、静かで誠実な文だった。
(……話しておきたいこと、か)
胸の奥に、わずかな緊張が走る。
けれど、それ以上に、ジークが“話そうとしてくれたこと”が嬉しかった。
彼が何を抱えていても、私はちゃんと、受け止めたいと思っていた。
日が落ちる頃、私は使用人の手を借りて、レイヴン家の離れへと向かった。
ジークから指定されたのは、王都郊外の別邸。
格式ばらず、ゆっくり話ができる場所として選んでくれたらしい。
「お待ちしていました、ティナ」
彼は黒いジャケットに身を包み、庭のベンチの前で待っていた。
その姿は、どこか少しだけ——いつもより脆く見えた。
「こんばんは、ジークさん」
私は静かに頭を下げ、彼の隣に腰を下ろした。
月明かりが、庭の白い花を照らしている。
「……実は、この場所は、僕の母が晩年を過ごした場所なんだ」
「……お母様」
「病弱な人だった。僕が幼い頃には、もうほとんど寝たきりで……
家の中では、“病弱な婦人”としてしか語られなかった」
ジークの言葉は、静かに、しかしどこか張り詰めていた。
「でも、僕にとっては違った。
母は、唯一“この家の外”のことを教えてくれた人だった」
「……外?」
「風の音、草の揺れ、空の色。
母は窓から見える小さな景色を、詩のように語ってくれた」
「……なんだか、それ……絵に似てる」
ジークは目を細めて微笑んだ。
「君の絵に出会ったとき、初めて母の言葉を“形”で見た気がしたんだ。
あのラベンダーの絵。……あれは、僕にとって“記憶”だった」
私は胸の奥をぎゅっと掴まれる思いがした。
「だから、最初に絵を見たときから、君に惹かれていたんだと思う。
でもそれだけじゃない。……母が亡くなったあと、僕はずっと“家の継承者”として育てられた。
感情を見せるな、隙を作るな、責任を果たせ——」
彼は短く息を吐いた。
「……気がついたら、笑い方を忘れてた」
「……」
「でも、君といるときだけは、少しだけ昔に戻れる気がする。
風の音が聞こえて、空の色が心に残る。君の絵が、僕を人間に戻してくれるんだ」
私は彼の手に、自分の手をそっと重ねた。
「……ありがとう。そんなふうに言ってくれて、すごく嬉しい」
「本当に?」
「うん。……でもね、ジークさん。私は“癒し”の道具になりたいわけじゃない。
私は、“隣にいる人”でいたいの」
「……君は、十分“僕の隣”にいるよ」
「違うの。私は、あなたが苦しいときにも、嬉しいときにも、怒っているときにも、
全部ちゃんと知って、支えられるようになりたい。
“寄り添う”って、そういうことじゃない?」
ジークは少し驚いたように私を見て、
次の瞬間、ふっと目を伏せて笑った。
「……強いね、ティナは」
「ううん、強くなりたいだけ」
「でも、すでに僕よりずっとまっすぐだ」
彼は私の手を握り返した。
「ティナ。
僕は、君となら、この先どんな苦しい道でも進んでいける気がする」
「じゃあ、私も。あなたとなら、絵も人生も、一緒に歩いていける」
ふたりで見上げた夜空には、雲の切れ間から月が浮かんでいた。
帰り道。
馬車の中で私はそっと、スケッチブックを開いた。
描きたいのは、今日のジークの横顔。
どこか哀しげで、でもちゃんと前を見ていた彼の姿。
「……私は、この人を描いていきたい」
そう思えた瞬間、胸の中に灯るあたたかい炎を感じた。
ジークハルトからだった。
今夜、もし時間があれば会いませんか。
話しておきたいことがあります。
君が僕の隣にいてくれることを望むなら——
君には、僕の過去を知っていてほしい。
それは、静かで誠実な文だった。
(……話しておきたいこと、か)
胸の奥に、わずかな緊張が走る。
けれど、それ以上に、ジークが“話そうとしてくれたこと”が嬉しかった。
彼が何を抱えていても、私はちゃんと、受け止めたいと思っていた。
日が落ちる頃、私は使用人の手を借りて、レイヴン家の離れへと向かった。
ジークから指定されたのは、王都郊外の別邸。
格式ばらず、ゆっくり話ができる場所として選んでくれたらしい。
「お待ちしていました、ティナ」
彼は黒いジャケットに身を包み、庭のベンチの前で待っていた。
その姿は、どこか少しだけ——いつもより脆く見えた。
「こんばんは、ジークさん」
私は静かに頭を下げ、彼の隣に腰を下ろした。
月明かりが、庭の白い花を照らしている。
「……実は、この場所は、僕の母が晩年を過ごした場所なんだ」
「……お母様」
「病弱な人だった。僕が幼い頃には、もうほとんど寝たきりで……
家の中では、“病弱な婦人”としてしか語られなかった」
ジークの言葉は、静かに、しかしどこか張り詰めていた。
「でも、僕にとっては違った。
母は、唯一“この家の外”のことを教えてくれた人だった」
「……外?」
「風の音、草の揺れ、空の色。
母は窓から見える小さな景色を、詩のように語ってくれた」
「……なんだか、それ……絵に似てる」
ジークは目を細めて微笑んだ。
「君の絵に出会ったとき、初めて母の言葉を“形”で見た気がしたんだ。
あのラベンダーの絵。……あれは、僕にとって“記憶”だった」
私は胸の奥をぎゅっと掴まれる思いがした。
「だから、最初に絵を見たときから、君に惹かれていたんだと思う。
でもそれだけじゃない。……母が亡くなったあと、僕はずっと“家の継承者”として育てられた。
感情を見せるな、隙を作るな、責任を果たせ——」
彼は短く息を吐いた。
「……気がついたら、笑い方を忘れてた」
「……」
「でも、君といるときだけは、少しだけ昔に戻れる気がする。
風の音が聞こえて、空の色が心に残る。君の絵が、僕を人間に戻してくれるんだ」
私は彼の手に、自分の手をそっと重ねた。
「……ありがとう。そんなふうに言ってくれて、すごく嬉しい」
「本当に?」
「うん。……でもね、ジークさん。私は“癒し”の道具になりたいわけじゃない。
私は、“隣にいる人”でいたいの」
「……君は、十分“僕の隣”にいるよ」
「違うの。私は、あなたが苦しいときにも、嬉しいときにも、怒っているときにも、
全部ちゃんと知って、支えられるようになりたい。
“寄り添う”って、そういうことじゃない?」
ジークは少し驚いたように私を見て、
次の瞬間、ふっと目を伏せて笑った。
「……強いね、ティナは」
「ううん、強くなりたいだけ」
「でも、すでに僕よりずっとまっすぐだ」
彼は私の手を握り返した。
「ティナ。
僕は、君となら、この先どんな苦しい道でも進んでいける気がする」
「じゃあ、私も。あなたとなら、絵も人生も、一緒に歩いていける」
ふたりで見上げた夜空には、雲の切れ間から月が浮かんでいた。
帰り道。
馬車の中で私はそっと、スケッチブックを開いた。
描きたいのは、今日のジークの横顔。
どこか哀しげで、でもちゃんと前を見ていた彼の姿。
「……私は、この人を描いていきたい」
そう思えた瞬間、胸の中に灯るあたたかい炎を感じた。
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