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第12話 「朝食は恋の予感とともに」
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朝の陽が食堂の大窓から差し込み、柔らかな光が白いテーブルクロスを照らしていた。
フィオーレ・アメリアは、落ち着かない気持ちを抑えながら、ゆっくりと歩を進めた。隣には、黒髪の騎士——王太子付き近衛騎士団長、レオナード・ヴェルシウスの姿。
まさか、こんな形で朝食をご一緒することになるなんて。
胸の奥で、緊張と喜びが入り混じる。
食堂の扉が開かれると、既にそこには父と母、そして兄のカイルが揃っていた。
「おや、フィオーレ。今朝は珍しく——」
カイルが言いかけて、隣にいる人物に気づくと目を見開いた。
「……レオナード様?」
「おはようございます。突然の訪問、お許しください。」
レオナードは、凛とした所作で一礼をした。その真摯な態度に、伯爵である父は軽く驚いたものの、すぐに微笑を浮かべた。
「これはこれは。王太子付きの団長殿が我が家で朝食とは。光栄ですな。」
「先日のお約束を果たせなかったこと、直接お詫びに参りました。」
「ご丁寧にどうも。まあ、せっかくだ。ご一緒にいかがかね?」
母もにこやかに席を勧め、空いていた椅子が引かれる。自然と、フィオーレの隣だった。
(そ、そんな……隣!?)
どくん、と鼓動が高鳴る。いつも座っているはずの椅子が、今日は急に遠く感じた。
「失礼いたします。」
レオナードは静かに腰を下ろした。フィオーレは緊張を隠せず、手元のカトラリーを整える指が、ほんの少し震えていた。
けれど、そのとき——。
「フィオーレがお食事の席にいるのは、少し珍しいのですよ。」
母が微笑ましそうに口を開いた。その言葉に、レオナードがちらと横目でフィオーレを見やる。
「……今日の朝は、なんだか特別ですね。」
「え?」
「あなたと並んで座っているだけで、不思議と気持ちが落ち着く。」
ぽつりと落とされたその言葉に、フィオーレは思わず顔を上げた。
そして、ぶつかったのはあの深い紺青の瞳。
レオナードは、少しだけ表情を緩めた。
「アメリア嬢と朝の食卓を共にするのは初めてですが……心地よいものですね。」
「……そんなふうに言っていただけて、うれしいです。」
言葉にするのが、少し照れくさかった。
(この距離で……そんな優しい声で話されたら……)
ほんの少しだけ、背筋が熱を帯びた。
そのとき、兄のカイルが肩をすくめて小声で呟く。
「フィオーレ、完全に浮かれてるな……」
けれど彼の声は、朝食の香りとともにすぐに消えていった。
料理が次々と運ばれる。香ばしく焼かれたパンと新鮮な果物、季節のスープとふわふわの卵。
「これは庭で採れたベリーを使っておりますの。フィオーレの好物ですのよ。」
母の声に、レオナードの眉がわずかに動いた。
「ベリーがお好きとは、知りませんでした。」
「ええ……甘酸っぱくて、なんだか懐かしい気持ちになります。」
「それなら、任務の帰りに立ち寄るお店に、美味しいタルトを出す店があります。もしよろしければ、次の機会にお渡しします。」
「……ほんとうに?」
「ええ。あなたが喜ぶなら、それだけで十分です。」
柔らかな微笑みとともに紡がれた言葉は、朝の空気に溶け込んでいくようだった。
(こんな気持ち……前は知らなかったのに)
心の奥が、ふわりと揺れた。
いつもの食卓なのに、今日はほんの少し違って感じる。隣に座る人のぬくもりが、すぐそばにあるから。
朝食が終わるころ、レオナードは立ち上がった。
「突然の訪問、失礼いたしました。本日はこれにて。」
「また、いつでもいらしてくださいね。」
母の言葉に、父と兄も笑顔でうなずいた。
そして——。
レオナードが、最後にもう一度だけフィオーレの前に立つ。
「……また、お会いできる日を楽しみにしております。」
「わたしも……。今日、お会いできて嬉しかったです。」
「それを聞けてよかった。」
彼は静かに笑い、踵を返した。
扉が閉まる音が響くまで、フィオーレはその背をじっと見送っていた。
胸の奥に残った余韻は、あたたかくて、ほんのり甘かった。
(これが恋じゃないなら……きっと私は、もう名前をつけられない)
フィオーレ・アメリアは、落ち着かない気持ちを抑えながら、ゆっくりと歩を進めた。隣には、黒髪の騎士——王太子付き近衛騎士団長、レオナード・ヴェルシウスの姿。
まさか、こんな形で朝食をご一緒することになるなんて。
胸の奥で、緊張と喜びが入り混じる。
食堂の扉が開かれると、既にそこには父と母、そして兄のカイルが揃っていた。
「おや、フィオーレ。今朝は珍しく——」
カイルが言いかけて、隣にいる人物に気づくと目を見開いた。
「……レオナード様?」
「おはようございます。突然の訪問、お許しください。」
レオナードは、凛とした所作で一礼をした。その真摯な態度に、伯爵である父は軽く驚いたものの、すぐに微笑を浮かべた。
「これはこれは。王太子付きの団長殿が我が家で朝食とは。光栄ですな。」
「先日のお約束を果たせなかったこと、直接お詫びに参りました。」
「ご丁寧にどうも。まあ、せっかくだ。ご一緒にいかがかね?」
母もにこやかに席を勧め、空いていた椅子が引かれる。自然と、フィオーレの隣だった。
(そ、そんな……隣!?)
どくん、と鼓動が高鳴る。いつも座っているはずの椅子が、今日は急に遠く感じた。
「失礼いたします。」
レオナードは静かに腰を下ろした。フィオーレは緊張を隠せず、手元のカトラリーを整える指が、ほんの少し震えていた。
けれど、そのとき——。
「フィオーレがお食事の席にいるのは、少し珍しいのですよ。」
母が微笑ましそうに口を開いた。その言葉に、レオナードがちらと横目でフィオーレを見やる。
「……今日の朝は、なんだか特別ですね。」
「え?」
「あなたと並んで座っているだけで、不思議と気持ちが落ち着く。」
ぽつりと落とされたその言葉に、フィオーレは思わず顔を上げた。
そして、ぶつかったのはあの深い紺青の瞳。
レオナードは、少しだけ表情を緩めた。
「アメリア嬢と朝の食卓を共にするのは初めてですが……心地よいものですね。」
「……そんなふうに言っていただけて、うれしいです。」
言葉にするのが、少し照れくさかった。
(この距離で……そんな優しい声で話されたら……)
ほんの少しだけ、背筋が熱を帯びた。
そのとき、兄のカイルが肩をすくめて小声で呟く。
「フィオーレ、完全に浮かれてるな……」
けれど彼の声は、朝食の香りとともにすぐに消えていった。
料理が次々と運ばれる。香ばしく焼かれたパンと新鮮な果物、季節のスープとふわふわの卵。
「これは庭で採れたベリーを使っておりますの。フィオーレの好物ですのよ。」
母の声に、レオナードの眉がわずかに動いた。
「ベリーがお好きとは、知りませんでした。」
「ええ……甘酸っぱくて、なんだか懐かしい気持ちになります。」
「それなら、任務の帰りに立ち寄るお店に、美味しいタルトを出す店があります。もしよろしければ、次の機会にお渡しします。」
「……ほんとうに?」
「ええ。あなたが喜ぶなら、それだけで十分です。」
柔らかな微笑みとともに紡がれた言葉は、朝の空気に溶け込んでいくようだった。
(こんな気持ち……前は知らなかったのに)
心の奥が、ふわりと揺れた。
いつもの食卓なのに、今日はほんの少し違って感じる。隣に座る人のぬくもりが、すぐそばにあるから。
朝食が終わるころ、レオナードは立ち上がった。
「突然の訪問、失礼いたしました。本日はこれにて。」
「また、いつでもいらしてくださいね。」
母の言葉に、父と兄も笑顔でうなずいた。
そして——。
レオナードが、最後にもう一度だけフィオーレの前に立つ。
「……また、お会いできる日を楽しみにしております。」
「わたしも……。今日、お会いできて嬉しかったです。」
「それを聞けてよかった。」
彼は静かに笑い、踵を返した。
扉が閉まる音が響くまで、フィオーレはその背をじっと見送っていた。
胸の奥に残った余韻は、あたたかくて、ほんのり甘かった。
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