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番外編『朝の紅茶と不器用な愛情』
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結婚してから二週間。
ベルヴァール邸の朝は、それまでと少しだけ違っていた。
庭の小道に花が増え、食卓に添えられるパンが柔らかいものに変わり、
なにより――公爵が朝食に姿を見せるようになった。
「今朝の紅茶は、“ベルガモットとジャスミン”です。お好みに合うとよろしいのですが」
マリアンヌはティーポットを傾けながら、いつもより柔らかい口調でそう言った。
レオンは受け取ったカップを見つめ、一言だけ。
「……いい香りだ」
「感想が一行しかないのは、いつものことかしら?」
「味についての感想は、二行必要か?」
「あなたの言葉数が増えたら、それはそれで皆が不安になりますわね」
マリアンヌはくすっと笑って、クロワッサンを一口。
朝食のテーブルには、派手な会話も贅沢な料理もないけれど――
代わりに“心地よい沈黙”と“お互いを知ろうとする時間”が並んでいた。
「ところで、昨晩あなたが書斎に閉じこもっていたのは……また書簡かしら?」
「……いや。君に贈るはずの、花の手配をしていた」
マリアンヌはぱちりと瞬きし、紅茶のカップを持ち上げかけて止まった。
「……まあ。あなたの口から“贈り物”という単語が出る日が来るとは」
「やめた方がいいか?」
「いえ、むしろ続けていただきたいくらいですわ」
「では……夜、庭に出てくれ。届いたばかりの花を、並べてある」
「今度は“夜のデート”ですの?」
「君が喜ぶことを覚えたので、実行してみただけだ」
マリアンヌはカップを置き、頬に手を添える。
「……あなた、本当にずるい方」
「学習するのが、遅いだけだ」
「いいえ。遅くても、それを“続けてくれる”ことの方が、私は嬉しいの」
その夜。
庭には、マリアンヌの好きな白薔薇とラベンダーが、月明かりの下で静かに咲いていた。
「どうして、夜を選んだの?」
「昼に見せる花は、誰でも見られる。夜の花は、君のためだけだ」
「…………」
マリアンヌは思わず扇子で顔を隠した。
「本当に……ずるいわ」
「だが、君は顔を背けても、決して逃げない。だから私も、伝え続ける」
レオンがそっと手を差し出す。
マリアンヌは、戸惑いもなくそれを取った。
ふたりの間に、花の香りが流れ、風が髪を揺らす。
この人と過ごす日々は、言葉が少ない分だけ、心に静かに染み渡っていく。
寝室に戻ると、レオンが珍しく手を伸ばしてマリアンヌの髪をほどいた。
「……なあに、突然」
「この仕草を見てみたかった。君が“仮面を外す”瞬間」
「私はもう仮面など……」
「違う。“誇り”は君の素顔の一部だ。それを大切にするのが、私の役目だと思っている」
マリアンヌは、そっとレオンの胸に額をあずけた。
「あなたは時々、言葉が静かすぎてずるいのよ」
「なら、黙って抱いていようか?」
「……それはそれで、ずるすぎますわ」
笑いながら、マリアンヌは彼の胸に顔を埋めた。
心を預けるのは、簡単ではない。
でも、“共にあること”は、少しずつ、こんなふうに育っていく。
今日もまた、静かで甘い一日が、ふたりの記憶にそっと重なっていった。
ベルヴァール邸の朝は、それまでと少しだけ違っていた。
庭の小道に花が増え、食卓に添えられるパンが柔らかいものに変わり、
なにより――公爵が朝食に姿を見せるようになった。
「今朝の紅茶は、“ベルガモットとジャスミン”です。お好みに合うとよろしいのですが」
マリアンヌはティーポットを傾けながら、いつもより柔らかい口調でそう言った。
レオンは受け取ったカップを見つめ、一言だけ。
「……いい香りだ」
「感想が一行しかないのは、いつものことかしら?」
「味についての感想は、二行必要か?」
「あなたの言葉数が増えたら、それはそれで皆が不安になりますわね」
マリアンヌはくすっと笑って、クロワッサンを一口。
朝食のテーブルには、派手な会話も贅沢な料理もないけれど――
代わりに“心地よい沈黙”と“お互いを知ろうとする時間”が並んでいた。
「ところで、昨晩あなたが書斎に閉じこもっていたのは……また書簡かしら?」
「……いや。君に贈るはずの、花の手配をしていた」
マリアンヌはぱちりと瞬きし、紅茶のカップを持ち上げかけて止まった。
「……まあ。あなたの口から“贈り物”という単語が出る日が来るとは」
「やめた方がいいか?」
「いえ、むしろ続けていただきたいくらいですわ」
「では……夜、庭に出てくれ。届いたばかりの花を、並べてある」
「今度は“夜のデート”ですの?」
「君が喜ぶことを覚えたので、実行してみただけだ」
マリアンヌはカップを置き、頬に手を添える。
「……あなた、本当にずるい方」
「学習するのが、遅いだけだ」
「いいえ。遅くても、それを“続けてくれる”ことの方が、私は嬉しいの」
その夜。
庭には、マリアンヌの好きな白薔薇とラベンダーが、月明かりの下で静かに咲いていた。
「どうして、夜を選んだの?」
「昼に見せる花は、誰でも見られる。夜の花は、君のためだけだ」
「…………」
マリアンヌは思わず扇子で顔を隠した。
「本当に……ずるいわ」
「だが、君は顔を背けても、決して逃げない。だから私も、伝え続ける」
レオンがそっと手を差し出す。
マリアンヌは、戸惑いもなくそれを取った。
ふたりの間に、花の香りが流れ、風が髪を揺らす。
この人と過ごす日々は、言葉が少ない分だけ、心に静かに染み渡っていく。
寝室に戻ると、レオンが珍しく手を伸ばしてマリアンヌの髪をほどいた。
「……なあに、突然」
「この仕草を見てみたかった。君が“仮面を外す”瞬間」
「私はもう仮面など……」
「違う。“誇り”は君の素顔の一部だ。それを大切にするのが、私の役目だと思っている」
マリアンヌは、そっとレオンの胸に額をあずけた。
「あなたは時々、言葉が静かすぎてずるいのよ」
「なら、黙って抱いていようか?」
「……それはそれで、ずるすぎますわ」
笑いながら、マリアンヌは彼の胸に顔を埋めた。
心を預けるのは、簡単ではない。
でも、“共にあること”は、少しずつ、こんなふうに育っていく。
今日もまた、静かで甘い一日が、ふたりの記憶にそっと重なっていった。
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