『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』

ヤオサカ

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第13話:夕暮れの庭で、心が揺れた日

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 太陽がゆっくりと西に傾き、庭の花々がオレンジ色に染まっていく。

 リリアは一日の営業を終え、静かに花壇の水やりをしていた。
 カップやティーポットは洗い終わり、テーブルのクロスは風に揺れている。

 ふと、門の軋む音がした。

「……もう閉店だって、わかってるのに」

 そう思いながら顔を上げると、そこにはやはり——彼がいた。

 グレイヴァン・リオステル。
 いつものように無言で庭へと足を踏み入れ、リリアの方へとゆっくり近づいてくる。

「こんばんは。……今日は、もう閉めてしまって」

「……知ってる。茶を飲みに来たわけじゃない」

 彼の言葉に、リリアの胸が不思議な温度で満たされる。

(じゃあ、何のために……)

「……静かだったから。花も、風も、きれいに見えたから」

 その理由が、嬉しかった。

 紅茶じゃなくてもいい。
 何かを買うでもない、理由のない来訪。
 けれどその“来てくれた”という事実が、こんなにも心を揺らすなんて。

 リリアは、手にしていたジョウロをそっと置いた。

「よろしければ……少しだけ、座っていきませんか? 今日はまだ、風があたたかいので」

 グレイヴァンは無言で頷き、ラベンダーの脇にある木のベンチに腰を下ろした。
 リリアもその隣に、ほんの少し距離をあけて座る。

 沈黙が流れる。でも、不思議と居心地は悪くない。

 風が吹き、ミントの香りが漂う。花の間を小さな虫がすり抜け、葉がそっと揺れた。

「……この時間、好きなんです」

「夕暮れ?」

「はい。今日を振り返って、また明日も頑張ろうって、思えるから。
 あと……」

 そこで言葉が詰まる。喉の奥に、“本当の理由”が引っかかっていた。

(あと、あなたがいると、なおさら——)

 言えない。けれど、伝えたい気持ちは、胸の中に確かにあった。

 グレイヴァンは、静かに空を仰いだまま、低い声でつぶやいた。

「……こういう場所を、大事にしてる人は、強いなと思う」

「……強い、ですか?」

「毎日、花の世話をして、人のために茶を淹れて、笑って……
 誰かの時間を支えるのは、剣を振るより難しいと、俺は思う」

 その言葉に、リリアは思わず息を呑んだ。

(見てくれていたんだ、私のことを)

 頑張っていた姿を、誰かに“気づかれていた”という実感が、涙が出そうなくらいに嬉しかった。

「……私、強くなんかないです。自信もないし、紅茶の味だっていつも不安で……」

 ぽつり、ぽつりとこぼれる言葉。
 グレイヴァンは黙って聞いていた。
 けれどその沈黙が、なぜか、いちばんやさしかった。

「……でも、あなたが来てくれると、少しだけ自信が持てるんです。
 ああ、またお茶を淹れてよかったなって、思えるから……」

 その言葉に、彼がふとこちらを向いた。

 目が合う。夕暮れに照らされたその瞳は、静かな湖のように深くて、やさしかった。

「……ありがとう」

 それだけ。
 けれど、それはリリアにとって、これまでで一番心に残る“お礼”だった。



 その夜、部屋に戻ったリリアは、カウンターに頬杖をついたまま、ため息をひとつこぼした。

(……私、もう、恋してるんだ)

 気づかないふりをしてきた。でももう無理だ。

 名前を呼ばれると嬉しい。
 紅茶を飲んでもらえると嬉しい。
 来てくれるだけで、今日一日が輝いて見える。

 こんな気持ちは、きっと——

 好き、というものに他ならない。

 胸の奥でそっとつぶやいた想いが、ひとひらの風に乗って、ラベンダーの花をやさしく揺らした。
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