稀魂の娘の成り上がり 〜卑しき妹の愛を知る迄〜

泉紫織

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一、藤堂家の二人娘

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「あら、まだ終わっていないのかしら?」
「……申し訳ございません」

 屋敷の掃除を言いつけられた藤堂千代とうどうちよは、姉の彩乃あやのに見つかって肩を縮める。いつもの構図である。

「まったく、この貴き藤堂家が預かっているというのに、妖力も大したことなければ、家の役にも立たないだなんて。も困ったものよね」

 頬に手を当てて、ため息をつく彩乃。千代の肩はさらに縮こまる。

 この国では、妖魔討伐は常に人手不足であり、庶民の出の妖術使いは「稀魂きこん」と呼ばれ、貴族の家に養子として引き取られて訓練を受けることが多い。庶民の中でも才能のある子を育てるのが高貴な立場としての責務であり、古くから大切にされてきた「武士道」に通ずる価値観である。

 千代は庶民の生まれだが、妖力を持っており、10になる頃には妖術を使いこなしていた。子どもが妖力を持っていることが判明したら、即座に国に知らせる義務があるため、千代の親は泣く泣く彼女を手放す。女学院中等科に入学できる年齢である12になる年に、千代は正式に藤堂家の娘として引き取られたのだった。元々、名前はひらがなで「ちよ」だったが、貴族の娘として、当時少しずつ流行り出していた漢字の名前「千代」が授けられた。

 藤堂家には、千代と同い年の娘がいる。それが彩乃である。彩乃は生まれつき妖力が非常に強く、女学院初等科を好成績で卒業した。一人娘として大切に育てられたこともあり、自尊心が高く、気の強い性格で、途中から藤堂家に入ってきた千代を目の敵にしている。

 千代の養父母は、あからさまに彩乃を贔屓し、千代には綺麗な服や女学院で必要なものすら買い与えない。まるで、庶民を引き取ってやったのだから、それ以上する必要はないだろう、とでも言うように。そしてその態度がさらに、彩乃の千代を加速させていた。

「お掃除が終わったら、ついてきてちょうだい。最近は忙しくて、あまり時間が取れなかったもの、存分に遊ばせてもらうわよ」
「……かしこまりました」

 彩乃は普段から千代を侍女のように扱い、そしてストレスが溜まると地下のお仕置き部屋に連れて行き、虐め抜くのだ。千代はそれ以上怒られないように早く掃除を終わらせなくてはと焦りつつも、お仕置きの時間が近づくのが怖くて、一生掃除が続けばいいのに、と思った。

 ✳︎✳︎✳︎

「では、始めましょう。いつも通り、質問に答えてちょうだいね?」

 地下室に連れて行かれ、敵陣に投げ出された捕虜のように、両手を縛られ、膝をついて虚ろを見つめる千代。満足そうにニヤリと笑った彩乃は、お仕置きを開始した。

「あなたは私の何かしら?」
「……奴隷、です」
「答えるのが遅かったわ。いつもやっているのに、まだ覚えられないのかしら? やっぱり、庶民は頭が弱いのね」

 パシン!

 彩乃の平手打ちが炸裂する。頬が腫れすぎないように、耳を覆う形で叩かれるため、千代の右耳はキーンという音にかき消され、周囲の音が聞こえづらくなる。

「では、藤堂家はどんな家かしら?」
「代々妖魔討伐の主力となり……我が国に多大な貢献を重ねてきた、貴き家にございます」

 パシン!

 今度は左耳に飛んできた。
 
「途中で少し止まってしまったわね。もっと滑らかに答えられないのかしら。読み書きもままならないのに、話すのも下手なのね。それじゃあ、次。その貴き藤堂家が預かっているあなたは、何をしなければならない?」
「奴隷として、彩乃様のお役に立ち、家の仕事を率先して引き受け、預かっていただいたことへの感謝を忘れず、藤堂家に一庶民として貢献いたします」
「ふーん、滑らかに言えてしまうのも、面白くないわね」

 パシン!

 決められた回答をすらすら述べたと言うのに、またもや炸裂する一発。

 こうして、彩乃は千代に立場をわきまえさせ、平手打ちを繰り返すのだ。血を見たくないからという理由で、それ以上のことはやらないが、何度も叩かれた両耳はジンジンと痛み、無理やり言わされた忠誠の言葉は自分の心を置き去りにして行くようで、千代にとっては地獄の時間であることは間違いない。

 毎回のお仕置きは1時間程度だが、千代にとっては1日よりも長く感じられる。

「今日はこれくらいでいいわ。これ以上あなたに触ると、私の美しい体が穢れてしまいますもの。……あら、そういえば、今日は裁縫の課題が出ていたわね。いつも通り、期限までにやってちょうだいね?」

 彩乃は他の令嬢と遊ぶ時間を確保するため、千代に自分の女学院の課題をやらせていた。12まで貴族令嬢としての教育を受けてこなかった千代からすれば、課題は非常に難しい。だが、他の女学生と比べて彩乃の成績が低いのは藤堂家として外聞が悪いため、レベルの低い課題を彩乃に提出すると、突き返されてしまう。グサグサと心に刺さる嫌味を添えて。

 女学院には、「妖術」「妖魔討伐学」「所作」「会話」「裁縫」「習字」「和歌」「琴」の8科目の授業があり、それぞれに甲乙丙丁の4段階で評価がつく。妖術や所作、会話、琴などはいわば実技科目なので、千代が彩乃の代わりに課題をこなすことは不可能だが、それ以外の科目は課題の提出率、出来によって評定がなされるため、彩乃はそれらをすべて千代に投げているのだ。貴族教育を受けてこなかった千代に自ら手ほどきをしてあげているというロジックで。

 彩乃が悪い成績を取らないよう、千代は必死で課題をこなす。どの科目の課題も決して簡単ではないため、彩乃の分を終わらせているうちに提出の日が来てしまい、千代が自分の課題を提出できることはほとんどなかった。また仮に、千代が自分の分を完成させたとしても、提出する前に紙を破られてしまい、出せないのがオチ。

 千代のおかげで課題の提出率が100%の彩乃は、各教科の教師とも仲が良く、成績は全教科で当たり前のように甲である。一方、彩乃のせいで全く課題を出すことができないうえ、庶民の出である千代は、教師から救いの手が差し伸べられることはなく、どの科目も成績は常に一番下の丁。

 女学院でからかわれ、このままでは卒業できないと怒られ、家に帰れば彩乃のお仕置きが待っている。生きていることを諦めたくなるくらい辛い毎日だが、これが庶民の家に妖力を持って生まれてしまった運命なのだと受け入れるしかなかった。

 ——妖力なんてなければ。妖術なんて使えなければ。今頃、母さんと父さんと弟たちと平和に暮らしているはずだったのに。一食に食べられる米がお腹を満たさなくても、学校に行けなくても、それでも今よりずっと幸せだっただろうに。

 そう思ったとて、現実は変わりやしない。しかも、そうやって考える時間すらもったいないくらいに、次々と課題が降ってくるものだから、千代はただ機械のように、与えられた仕事を処理していた。
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