稀魂の娘の成り上がり 〜卑しき妹の愛を知る迄〜

泉紫織

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二、習字と妖術と

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 習字の課題提出日のこと。手本を真似て漢字を書き写すことで、美しく文字を書く練習と言葉を覚える学習を同時に進める科目であるが、習字の科目を担当している教師はとにかく文字の美しさにうるさく、留めはねはらいの一点一点が細かく確認される。そのため、この科目で好成績を取るには、ひたすら丁寧に手本通りに一文字ずつ書く必要があり、提出日までに二人分終わらせるなどは到底できない。

 そういうわけで、今回も千代は自分の習字帖は白紙のまま、この日を迎えてしまったのである。

「いつも通り、ひとりひとり習字帖をチェックして回ります。その間、半紙に今日の課題の言葉を手本を真似て書いておいてください」

 周りがガタガタと筆やら墨やらを取り出し始める。しかし、千代は動くことができない。

 千代は自分専用の習字道具を持っていないのだ。養父は彩乃には大層高価な習字道具を買い揃えたというのに、千代には何も買い与えず、必要であれば彩乃のものを借りなさいと言った。普段、彩乃の習字帖に記入するときは彩乃の道具をいる。それも嫌味を言われながら、だが。

 でも、授業中は彩乃自身が道具を使うため、借りることは不可能だ。そのため、何もできずに息を潜めるだけ。

「藤堂千代さん。また習字道具を忘れたのですか? それに、課題もやってきていないではないですか。どうしてあなたはいつもこうなのですか?」
「……申し訳ございません」
「謝っても成績は良くなりませんよ。今期もあなたには丁をつけます。全く、彩乃さんはいつも課題をきっちりやってきて、その字も大変美しくございますのに、千代さんは……。もっと貴族としての心がまえを身につけなくてはなりません。いいですか?」
「……はい」

 千代は消え入りそうな声で返事をする。道具を買ってもらえない、など言えるわけがない。彩乃の課題を代わりにやっていることも、そのせいで自分の課題まで手が回らないことも。言ってしまえば、稀魂ごときが貴き藤堂家を辱めるな、と教室中から敵意を向けられ、家に帰った後も養父母や彩乃から散々罵声を浴びせられる。だから、黙って耐えるしかない。それだけ藤堂家は名家だし、稀魂は妖力のためだけに使い潰される駒なのだ。

 教室の至るところから、クスクスと千代を笑う声が聞こえてくる。いつものことだが、何度経験しても慣れるものではない。
 
 その日は妖術の授業もあった。使役している妖魔を召喚し、遠く離れた的に攻撃を当てる練習。攻撃が的の真ん中に寄れば寄るほど、そして的全体を破壊せずに真ん中だけ貫通するように調整できればできるほど、良い成績がつく。

 ひとりひとり、指定された円の中に立ち、各々印を結んで召喚のげんを唱える。教師が成績と改善点を述べ、次の人の名前を呼ぶ。教室の半分くらいの人が終わり、彩乃の番がやってきた。美しく派手な着物と、それに負けないくらい派手な顔立ちの少女が、自信ありげに返事をして、円に入る。
 
陰火いんか宿りし白き影よ、我が呼び声に応えたまえ。蒼炎そうえんの狐よ、来たれ!」
 
 力強く甲高い声と胸の前で結ばれた印に応えるように、白い狐が青い炎を纏って現れる。彩乃が指示を出すまでもなく、狐はその青い炎を的に向かって打ち出し、見事、的の真ん中に穴を開けた。
 
「聞きまして? 今、彩乃さんが簡易詠唱で狐をお呼びなさったわ!」
「もう簡易詠唱の段階にまで至っていらっしゃるのね、流石は藤堂家の長女さま!」
 
 教室中がざわめく。妖魔の召喚には三段階あり、それは召喚の言を一字一句そのまま使う全詠唱、少し短く、柔らかい表現を使って簡単にした簡易詠唱、そしてほぼ一言だけで召喚する略唱である。
 
 簡易詠唱だけで召喚するのは非常に難しく、妖力の強さはもちろん、使役している妖魔との信頼関係が必須だ。また、略唱だけで召喚するのはさらに難易度が高く、この時代にできるのは討伐軍隊隊長である鷹宮恭作たかみやきょうさくとその右腕、犬飼慎介いぬかいしんすけだけ。

 彩乃は16という年齢にして、その二段階目に到達したのである。これは非常に珍しく、素晴らしい快挙だ。当然、妖術担当の教師も彩乃を褒めちぎる。
 
「素晴らしい妖術の腕前ですね。指示なくして、ここまで完璧に的に穴を開けたことからも、使役妖魔との信頼関係が伺えます。本当に藤堂家の方は素晴らしい育て方をしていらっしゃる。もしかしたら、近いうちに妖魔が略唱を許してくれるかもしれません」
「まあ!」
「略唱の域に達しているのは、鷹宮さまと犬飼さまだけなのでしょう? あのお二人に肩を並べる実力ということよね、素敵だわ~!」
 
 教師のコメントに、さらに教室のざわめきが大きくなる。彩乃は優雅に礼をして、円から離れた。
 
「はい、静粛に。次は、藤堂千代さん」
 
 藤堂家だからということで、必ず実技の順番は彩乃のすぐ後に千代となっている。妖術も所作も会話も琴も、貴族教育を受けてきた優秀な彩乃の後にやらなければならないため、千代の不出来が余計目立つのだ。

 円の真ん中に立ち、召喚の言を一言一句違わず唱える。
 
東風こちに乗りて斬り裂く刃よ、疾きこと風のごとく、三つの影となりて現れよ。我が敵を裂きし鎌鼬かまいたちよ、馳せ来たれ!」
 
 鎌鼬が三匹、千代の周りを回るように現れた。
 
「あの的の真ん中に傷をつけなさい」
 
 千代が指示を出すと、瞬時に三匹が的に向かって動き、あっという間に的に傷をつけて戻ってきた。鎌を使っての攻撃であるため、的の真ん中を通る形で三本線が入る。真ん中だけ穴を開けるのは、使役妖魔の特性上難しいが、千代の妖力を鑑みるに、出来としては及第点だろう。しかし、直前の彩乃とどうしても比べてしまい、その実力差に教師が難しい顔をする。
 
「まあ、あなたの妖力ならばこれくらいが限界でしょう。とはいえ、同じ藤堂家の教育を受けながら、彩乃さんは簡易詠唱で指示も出さずに妖魔を操って見せましたが、千代さんはそのどちらもできていない。藤堂家の娘であるならば、もう少しできて欲しいところですね。ああ、いや、稀魂には難しいでしょうが」
 
 嫌味たっぷりのコメントをもらい、千代はまた肩を縮めながら教室の端に戻った。千代の妖術だって、特筆すべき点がないだけで、決して弱いわけではないし、貴族教育を受けずともここまでできるようになったのだから、むしろすごいことなのだが、誰もそんなことは認めてくれない。理由はただ一つ、千代が庶民の出だから。ただそれだけで、理不尽に低い評価を受けなければならないのだ。
 
「鎌鼬って、いかにも庶民という感じよね。召喚の言も『敵を裂きし』だって。本当に品がないわ」
「それに比べて彩乃さんの狐はとても美しいわ」
 
 彩乃の友人が、媚びを売るように彩乃を褒めちぎり、千代を蹴落とす。人を貶して相手の地位を高める方法で、自分が好かれようなど、貴族の精神のかけらもないのだが、彩乃は満足そうに頷く。
 
「ありがとう。あの子は所詮庶民の出だから、あれくらいが限界なのよ。あれでも頑張った方じゃないかしら?それにしても、鎌鼬って本当に不細工よね」
 
 使役妖魔を貶されて、言い返したくなるのを、奥歯を噛み締めてグッと堪える。心の中で毒づくだけで、外に漏らしてはいけない。そうすれば、またこの後のお仕置きが辛くなるだけだから。

 こうしてまた、苦しいだけの一日が終わっていくのだった。
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