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第五章:“星”の欠片
幕間23:繋がる点
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エリオット様に手を引かれながら、ミカエリア市内を散策する。騎士の務めを果たさずになにをしているのだろう。その呵責は“騎士”の私によるものだ。
いまここにいる私は、他の誰でもない“私自身”。騎士である自分から目を背け、私の手を引く小さな背中を見守っている。弾むような足取り、振り返れば満開の笑顔が飛び込んでくる。
――私も、母が存命の頃は、このような子供だったのだろうか。
彼は私に大切なことを教えてくれる。直感がそう告げていた。エリオット様にはずっと、私を“私”として見てくれていた。彼と共にいれば“私”に触れることができるかもしれない。
不意にエリオット様が立ち止まる。疲れたのだろうか、思えば早朝からずっと歩き回っていたのだ。昼も過ぎ、まともに食事を摂っていない。
私から提案するべきか? そう思った矢先、振り返った彼が困ったような笑顔を見せた。腹部をさすっている辺り、空腹に気付いたのだろう。
――本当に、よく笑う人だ。
「あはは……ちょっと張り切り過ぎて、ご飯食べるの忘れてましたね」
「……そうですね、食事の時間にしましょうか」
彼は素直な人だ。子供ならでは、なのかもしれない。私はいま、何歳なのだろう。二十歳――の人間ではない。肉体は二十歳相応だが、心とは一致しない。私はいったい何歳の人間なのだろう。
エリオット様が案内したのは軽食を提供するカフェだった。人の姿は多くはない。正午を過ぎたこともあり、最も忙しい時間も越えたのだろう。店員に連れられるがまま、カウンターの席に腰を下ろした。
「なに食べようかなぁ、ネイトさんは決まってますか?」
「あ、いえ……こういった店を利用することが稀なもので……なにを頼めばよいのやら……」
「じゃあ、これにしませんか?」
彼の指が示したのは、春明限定で提供しているサンドウィッチ。二種類のパターンがあり、私が薦められたのは脂の乗った魚肉とチーズのものだった。掲載されている写真を見てもなかなかのボリュームだ。
「嫌いなもの入ってませんか?」
「はい、ありません」
「じゃあぼくはこっちにしますね!」
エリオット様はもう一方、たまごとハム、春野菜をふんだんに盛り付けたものだった。こちらも厚みがある。細身に見えるが、残さず食べ切れるだろうか。
「食べられますか?」
「はい! ぼく、結構食いしん坊なんです!」
元気に頷く様子を見る限り、杞憂に終わりそうだ。注文も卒なくこなすエリオット様、私はその横顔を見つめる。
――その顔は、どのような感情なのだろう。
母の死以後、悲しみを忘れるように騎士としての鍛錬に身を賭した。その結果、感情が心の奥底に押し込められてしまっているのだ。どうにかして手を伸ばしても、果ての見えない闇が阻む。
「……うん? どうしました?」
「は――どうした、とは?」
「ぼくのこと、じーっと見てたので」
「ああ……失礼、素敵な笑顔だと思って……」
「楽しいですし、ネイトさんお出掛けできて嬉しいんです! ネイトさんは違うんですか?」
そう尋ねるエリオット様の表情は、どこか不安そうだ。騎士としての私が守らなければいけないものが、失われている。胸が痛いと感じた。刃を突き立てられるより、ずっと痛い。
楽しい、嬉しい――そう言えたら、どれだけ楽だろう。エリオット様の笑顔も取り戻せるはずだ。だが、私にはそれができない。いまの私は知らないのだから。
「……それらの感情は、どのようなものなのでしょうか」
自然と零れる疑問。これはきっと、私が“私”で在れている証拠なのだろう。エリオット様にそれが伝わっているかはわからない。彼はただ呆然と私を見つめるばかり。
答えは出ない。エリオット様にとって、嬉しさも楽しさも説明できるものではないはずだ。衝動に等しいだろう。
私にはまだわからない。空っぽな自分とどれだけ見つめ合えば見つかるのだろう。つい目を伏せてしまう。
「好きな人と一緒にいたらわかります」
その声に顔を上げる。エリオット様は穏やかな笑みを浮かべていた。作り物ではない、自然発生した笑顔だとわかった。
「好きな人……?」
「ぼく、リオさんが好きです。イアンさんも、アーサーさんも、アレンさんも、ギルさんもオルフェさんも、みんな大好きです。勿論、ネイトさんのことも」
好き。そんなありふれた感情さえ、いまの私には想像もつかない。それに、私の名が挙がることが不思議だった。私は彼に、なにをしてやれただろう。
エリオット様は続ける。その顔は、とても眩しく見えた。
「好きな人には笑ってほしいです。ぼくはみんなの笑顔が見たい。楽しそうな人といると、ぼくも楽しくなります。だから、ぼくは楽しむんです。お出掛けも、お喋りも。一緒にいる好きな人が、ぼくを見て楽しんでくれるように。みんなが笑顔になれたら、すっごく嬉しいなって思うんです」
彼は誇らしげに語る。楽しんでもらうために、楽しむ。その副産物が“嬉しい”という感情なのだろう。笑顔もそうだ。
私は履き違えていた。笑顔を守る、それは間違っていない。本当に必要なものは、笑顔を生む力なのだ。以前リオ様に言われたことーー私が笑顔なら、民も笑顔になる。その言葉がいま、エリオット様の言葉と結びついた。
私の笑顔が、笑顔を生む。その光景はきっと、私をさらに笑顔にさせるだろう。その連鎖が生み出す感情ーーそれを知れたなら、私は“私”に会える気がした。
「……ありがとう、ございます」
「え、え? なんでお礼を?」
「やはり貴方は大切な人だ。そう確信が持てました」
「うん? えへへ、ありがとうございます! ぼくもネイトさんが好きです!」
満面の笑みを浮かべるエリオット様。いつか私も、こんな顔ができるようになるのだろうか。いまは想像もつかない。
ーーどうか、この笑顔が永遠に続くように。そう強く、切に願う。
いまここにいる私は、他の誰でもない“私自身”。騎士である自分から目を背け、私の手を引く小さな背中を見守っている。弾むような足取り、振り返れば満開の笑顔が飛び込んでくる。
――私も、母が存命の頃は、このような子供だったのだろうか。
彼は私に大切なことを教えてくれる。直感がそう告げていた。エリオット様にはずっと、私を“私”として見てくれていた。彼と共にいれば“私”に触れることができるかもしれない。
不意にエリオット様が立ち止まる。疲れたのだろうか、思えば早朝からずっと歩き回っていたのだ。昼も過ぎ、まともに食事を摂っていない。
私から提案するべきか? そう思った矢先、振り返った彼が困ったような笑顔を見せた。腹部をさすっている辺り、空腹に気付いたのだろう。
――本当に、よく笑う人だ。
「あはは……ちょっと張り切り過ぎて、ご飯食べるの忘れてましたね」
「……そうですね、食事の時間にしましょうか」
彼は素直な人だ。子供ならでは、なのかもしれない。私はいま、何歳なのだろう。二十歳――の人間ではない。肉体は二十歳相応だが、心とは一致しない。私はいったい何歳の人間なのだろう。
エリオット様が案内したのは軽食を提供するカフェだった。人の姿は多くはない。正午を過ぎたこともあり、最も忙しい時間も越えたのだろう。店員に連れられるがまま、カウンターの席に腰を下ろした。
「なに食べようかなぁ、ネイトさんは決まってますか?」
「あ、いえ……こういった店を利用することが稀なもので……なにを頼めばよいのやら……」
「じゃあ、これにしませんか?」
彼の指が示したのは、春明限定で提供しているサンドウィッチ。二種類のパターンがあり、私が薦められたのは脂の乗った魚肉とチーズのものだった。掲載されている写真を見てもなかなかのボリュームだ。
「嫌いなもの入ってませんか?」
「はい、ありません」
「じゃあぼくはこっちにしますね!」
エリオット様はもう一方、たまごとハム、春野菜をふんだんに盛り付けたものだった。こちらも厚みがある。細身に見えるが、残さず食べ切れるだろうか。
「食べられますか?」
「はい! ぼく、結構食いしん坊なんです!」
元気に頷く様子を見る限り、杞憂に終わりそうだ。注文も卒なくこなすエリオット様、私はその横顔を見つめる。
――その顔は、どのような感情なのだろう。
母の死以後、悲しみを忘れるように騎士としての鍛錬に身を賭した。その結果、感情が心の奥底に押し込められてしまっているのだ。どうにかして手を伸ばしても、果ての見えない闇が阻む。
「……うん? どうしました?」
「は――どうした、とは?」
「ぼくのこと、じーっと見てたので」
「ああ……失礼、素敵な笑顔だと思って……」
「楽しいですし、ネイトさんお出掛けできて嬉しいんです! ネイトさんは違うんですか?」
そう尋ねるエリオット様の表情は、どこか不安そうだ。騎士としての私が守らなければいけないものが、失われている。胸が痛いと感じた。刃を突き立てられるより、ずっと痛い。
楽しい、嬉しい――そう言えたら、どれだけ楽だろう。エリオット様の笑顔も取り戻せるはずだ。だが、私にはそれができない。いまの私は知らないのだから。
「……それらの感情は、どのようなものなのでしょうか」
自然と零れる疑問。これはきっと、私が“私”で在れている証拠なのだろう。エリオット様にそれが伝わっているかはわからない。彼はただ呆然と私を見つめるばかり。
答えは出ない。エリオット様にとって、嬉しさも楽しさも説明できるものではないはずだ。衝動に等しいだろう。
私にはまだわからない。空っぽな自分とどれだけ見つめ合えば見つかるのだろう。つい目を伏せてしまう。
「好きな人と一緒にいたらわかります」
その声に顔を上げる。エリオット様は穏やかな笑みを浮かべていた。作り物ではない、自然発生した笑顔だとわかった。
「好きな人……?」
「ぼく、リオさんが好きです。イアンさんも、アーサーさんも、アレンさんも、ギルさんもオルフェさんも、みんな大好きです。勿論、ネイトさんのことも」
好き。そんなありふれた感情さえ、いまの私には想像もつかない。それに、私の名が挙がることが不思議だった。私は彼に、なにをしてやれただろう。
エリオット様は続ける。その顔は、とても眩しく見えた。
「好きな人には笑ってほしいです。ぼくはみんなの笑顔が見たい。楽しそうな人といると、ぼくも楽しくなります。だから、ぼくは楽しむんです。お出掛けも、お喋りも。一緒にいる好きな人が、ぼくを見て楽しんでくれるように。みんなが笑顔になれたら、すっごく嬉しいなって思うんです」
彼は誇らしげに語る。楽しんでもらうために、楽しむ。その副産物が“嬉しい”という感情なのだろう。笑顔もそうだ。
私は履き違えていた。笑顔を守る、それは間違っていない。本当に必要なものは、笑顔を生む力なのだ。以前リオ様に言われたことーー私が笑顔なら、民も笑顔になる。その言葉がいま、エリオット様の言葉と結びついた。
私の笑顔が、笑顔を生む。その光景はきっと、私をさらに笑顔にさせるだろう。その連鎖が生み出す感情ーーそれを知れたなら、私は“私”に会える気がした。
「……ありがとう、ございます」
「え、え? なんでお礼を?」
「やはり貴方は大切な人だ。そう確信が持てました」
「うん? えへへ、ありがとうございます! ぼくもネイトさんが好きです!」
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