嘘つき魔女は、処刑人の剣にキスをする 〜殺しに来たはずの騎士が、私の嘘を信じすぎて尊い〜

深渡 ケイ

文字の大きさ
1 / 1

第1話

しおりを挟む

「……え、靴、脱ぐの?」

エルマは玄関のたたきにへたり込み、目の前の男を見上げた。

外の雨は細く、森の木々を撫でる音がする。開け放たれた扉から湿った土と苔の匂いが流れ込み、蝋燭の火がふっと青く揺れた。

教会の処刑人——白い外套に、濡れた肩。腰には剣。

そして今、その男は真剣な顔でブーツの紐をほどいている。

「当然だ。床が汚れる」

「当然って……いや、ちが、そこじゃなくて! 処刑人が人んち入るのに、礼儀から入るの!?」

「礼儀は人を救う。教会の教えだ」

言い切って、ガランは脱いだブーツをきっちり揃えた。左右の角度まで揃えて、つま先を扉の方向に向ける。

エルマの頭の中で「災厄の魔女の隠れ家に殴り込みに来た男」のイメージが、音を立てて崩れ落ちていく。

「……ねえ、あなた、方向性間違ってない?」

「間違ってない。俺はガラン。教会直属の処刑人だ」

「自己紹介いる!? 普通、名乗る前に殺さない!?」

「名乗らずに殺すのは失礼だろう」

ガランは玄関の上がり框の前で一度立ち止まり、エルマをまっすぐ見た。

その目が、驚くほど澄んでいる。疑いの影がない。悪意の影もない。

ただ——「正しいことをする」という一点だけで、燃えている。

「災厄の魔女エルマ。君の命を頂戴しに来た」

「……丁寧に言うな!」

エルマは喉の奥がひりついた。嫌な予感。嘘をつく前の、あの痛みの前兆。

この男を追い返すには、嘘しかない。けれど、嘘をつけば——宝石の花が、寿命が。

それでも。

「……私を殺したら、世界が爆発する」

言った瞬間、喉が灼けた。熱い針を飲み込んだみたいに、息が詰まる。

「っ……げほ……!」

吐き出したのは、血ではなかった。

淡い紫の小さな花——花弁が宝石みたいに硬く光っている。床に落ちた瞬間、ちりん、と鈴のような音がした。

ガランの眉がぴくりと動く。

「……今のは」

「ただの、咳よ! 花粉症!」

「宝石の花粉症……? 魔女は大変だな」

大変だな、じゃない。

エルマは頭を抱えたくなった。嘘が一ミリも疑われない。

しかも同情されてる。

ガランはその宝石の花を、壊れ物を扱うみたいに拾い上げた。指先に蝋燭の光が反射して、花弁が星屑みたいにきらめく。

「……涙が固まったものか?」

「は?」

「苦しい任務を背負う者の涙は、宝石になると聞く」

「聞くな。誰に」

「教会の古文書だ」

古文書、適当すぎるだろ。

エルマがツッコミを飲み込む前に、ガランは花を胸の前で握りしめ、ぐっと真面目な顔をした。

「やはり君は——世界を背負っている」

「背負ってない! 引きこもってただけ! 肩こりすらしてない!」

「ならなおさらだ。人は、引きこもるほど重いものを抱えている」

全肯定の怪物。

エルマは立ち上がって、廊下の奥へじりじり後退した。床板がきしむ。家の中は薬草と古い紙の匂い。窓の隙間から冷たい風が入り、首筋がぞくりとした。

「いや、待って。私を殺しに来たんでしょ。世界爆発するって言ったでしょ」

「爆発させるわけにはいかない」

「じゃあ帰って」

「帰らない」

「なんでよ!」

「世界を守るためだ」

ガランは玄関に正座したまま、剣の柄に手をかけた。

礼儀正しく、静かに抜刀する。金属が鞘を離れる音が、蝋燭の火を震わせるほど鋭い。

「命を頂戴する」

「頂戴するな! 通販みたいに言うな!」

エルマは思わず壁の棚に手を伸ばし、薬瓶を掴んだ。中身はただの蜂蜜酒。武器にもならない。

でもガランの剣は、本物だ。刃の冷たい光が、玄関の薄暗さを割った。

「……ほんとに、殺す気?」

「教会の命令だ。災厄の芽は摘む」

その言葉だけは硬い。正義の刃だ。

なのに——ガランの目は、どこか困っている。申し訳なさが混じっている。

「……すまない。君が悪いわけじゃない。だが、世界のためだ」

「世界のためって……私、何もしてないのに……」

エルマの胸の奥が、ちくりと痛んだ。

引きこもりだって、生きてるだけで精一杯の日がある。なのに「世界のため」に殺されるなんて、冗談じゃない。

喉がまた熱くなった。

嘘をつけば、助かるかもしれない。でも、吐くたびに命が減る。

それでも——この男の剣が振り下ろされる未来よりは、まだマシだ。

「……わかった。じゃあ、取引」

「取引?」

「私を殺すと世界が爆発する。だから殺せない。代わりに——私を守る。護衛。そうすれば世界は爆発しない」

「護衛……?」

ガランは剣を下ろし、真剣に考え込んだ。眉間に皺。大人しくしていると、妙に素直な青年に見えるのが腹立つ。

「護衛すれば、世界は爆発しないのか」

「そう。絶対。たぶん。きっと」

「曖昧だな」

「魔女の言葉は詩的なの!」

ガランはふっと息を吐き、剣を鞘に戻した。金属音が、さっきより柔らかく聞こえた。

エルマはその動きに、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

——助かった?

いや、助かったのかこれ。

ガランは正座のまま、深々と頭を下げた。

「了解した。俺は世界を守る。よって、君を護衛する」

「ちょ、待っ……理解の仕方が雑!」

「安心しろ。護衛は得意だ」

「安心できる要素がない!」

エルマが言い返そうとした瞬間。

外の雨音に混じって、森の奥から——犬笛みたいに鋭い音が一本、空気を裂いた。

次に聞こえたのは、複数の足音。

濡れた落ち葉を踏み砕く音。鎧が擦れる音。人の気配が、家を包囲するように近づいてくる。

ガランがすっと立ち上がり、窓の影に目を向けた。

「……来たな」

「え?」

「俺以外の処刑隊だ。教会は、俺一人で終わると思っていない」

エルマの背中を冷たい汗が伝った。

ガランの剣が、今度は迷いなく抜かれる。蝋燭の光が刃に跳ね、玄関の闇が一瞬白く裂けた。

「エルマ。護衛開始だ」

「開始って、今!? 心の準備とか!」

「心の準備は戦場で作る」

その言葉の直後。

玄関の扉が——今度はノックじゃなく、外から叩き割られた。

木片が飛び散り、冷たい雨風が家の中に雪崩れ込む。

その向こうで、教会の紋章を刻んだ槍が何本も光った。

「災厄の魔女! 投降しろ!」

エルマは震える指で、さっき吐いた宝石の花を踏まないように後退した。

ガランは一歩前に出て、玄関に立ちはだかる。

そして——彼は、処刑隊に向かって、馬鹿正直な声で言った。

「彼女は殺せない。世界が爆発するからだ」

処刑隊の空気が、ぴたりと凍った。

次の瞬間、誰かが低く笑った。

「……爆発? いいだろう。なら、世界ごと燃やせ」

槍の先に、赤い魔法陣が灯る。

エルマの喉が、また熱を帯びた。嘘をつけば生き延びる。でも、そのたびに命が減る。

ガランの背中は広い。頼もしい。なのに、その背中のせいで——もっと嘘をつきたくなる。

嫌なのに。守りたくなる。

エルマは息を吸い込んだ。宝石の花の匂いが、血みたいに甘く鼻を刺す。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

処理中です...