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第1話
しおりを挟む「スカーレット・ルージュ。貴様は王太子カイル殿下を誑かし、聖女リリアを陥れ、王国を混乱に陥れた罪により——断罪する」
石畳の上、私は跪かされていた。
膝が痛いとか、寒いとか、そんな感想はもう遅い。
遅い、はずだった。
目の前にいるのは、私を取り囲む貴族たちと、正義の顔をした民衆と、そして——玉座の横で余裕の笑みを浮かべるカイル王子。
彼は今日も「いい人」だ。
この国の誰よりも、上手に。
「最後に言い残すことは?」
司祭が淡々と聞く。
私は顔を上げない。上げた瞬間、負ける気がしたからだ。
負け? なにに?
……嘘に。
「スカーレット。反省の言葉を述べなさい」
カイルが優しく言う。
優しい声。慈悲深い目。
その裏にあるのは、私が黙って死ねば全部片付くという計算。
私は知っている。彼が私に贈った宝石が、私を破滅させるための罠だったことも。
私が「悪役令嬢」を演じるしかなかったように、舞台が最初から組まれていたことも。
でも、証拠がない。
この国では、真実よりも「みんなが信じた物語」が勝つ。
そして今、みんなが信じている物語はこうだ。
スカーレットが悪い。聖女は正しい。王子は被害者。
……笑える。
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが弾けた。
炎のような眩しさ。耳鳴り。喉の奥の金属味。
そして、見たこともない光景が流れ込む。
高層ビル。ネオン。カメラ。コメント欄。炎上。数字。
フォロワー、百万人。
再生数、千万。
「——あ」
声が漏れた。
私は、知っている。
群衆の熱を。空気の流れを。正義という名の娯楽を。
そして何より——“見せ方”を。
前世の記憶が、処刑台の上で蘇った。
私はトップインフルエンサーだった。
真実を売り、嘘を暴き、時には嘘すら武器にしてきた。
その私が、いま——一番やってはいけない状況にいる。
断罪まで、あと10分。
逃げ場なし。弁護人なし。味方なし。
だからこそ。
「……ちょうどいい」
私は小さく笑った。
笑った瞬間、周囲がざわつく。
「何がおかしい!」
誰かが叫ぶ。
私はゆっくりと顔を上げた。
カイル王子と目が合う。
彼の瞳が一瞬だけ揺れた。私の中の何かが変わったのを、本能で察した顔だ。
「スカーレット?」
彼が、優しく呼ぶ。
その声に、私は答えない。
代わりに、手を動かした。
手首に巻かれた鎖が、じゃらりと鳴る。
鎖の内側。袖の縫い目に隠していた小さな石。
禁忌の精霊石。
触れた瞬間、冷たいのに熱い感触が指先に刺さる。
本来なら王家の宝物庫にあるはずの代物。
でも、私は「悪役令嬢」だ。
悪役は、禁忌くらい持っていて当然でしょう?
「何をしている!」
近衛が槍を向ける。
私は目だけで笑った。
「配信の準備」
「……は?」
理解されないのは想定内だ。
私は石に囁く。
前世の私なら、スマホのインカメに指を伸ばしていた。
でもここは魔法の世界。
なら、魔法でやる。
「起動。リンク先——全域」
精霊石が脈打つ。
空気が震え、処刑台の上に光の輪が広がった。
次の瞬間。
空が裂けたみたいに、巨大な“透明な板”が現れた。
いや、板じゃない。
映像が浮かぶ。
文字が流れる。
コメント欄、みたいに。
「な、なんだこれは……」
司祭が後ずさる。
貴族たちが青ざめる。
民衆が歓声とも悲鳴ともつかない声を上げる。
空に展開された巨大モニター。
王都だけじゃない。
遠くの街、農村、港町。
各地の広場にある水晶灯が一斉に明滅し、同じ映像を映し出す。
——全世界同時。
私は確信した。
この国の“多数派”を、いまここで作り直せる。
「皆さま、こんばんは」
私は処刑台の上で、堂々と背筋を伸ばした。
跪かされていたはずの身体が、なぜか軽い。
視線が集まる。空のモニターに私の顔が映る。
髪は乱れている。頬に土がついている。
でも、そんなの関係ない。
人は“整った姿”じゃなく、“強い態度”に惹かれる。
私は知っている。
「本日の配信は——」
私はわざと間を取った。
コメント欄みたいな光の文字が、ざわざわと増える。
《誰?》
《悪役令嬢だ》
《処刑ってマジ?》
《王子かわいそう》
……ほら、もう始まってる。
物語が、勝手に流れ始めている。
だから私は、タイトルを叩きつけた。
「全世界同時ライブ配信『断罪なう』です」
空に大きく、文字が浮かぶ。
【断罪なう】
その瞬間、群衆が一斉に息を呑んだ。
カイル王子の笑みが、わずかに歪む。
彼は気づいたのだ。
これは私の最後の悪あがきじゃない。
舞台そのものを奪う行為だと。
「スカーレット! そのような魔術、すぐに——」
王子が止めようとする。
私は遮った。
「殿下。いいんですか?」
「……何がだ」
私は首を傾けた。
無垢なふりをするのは、彼だけの特権じゃない。
「あなた、民の前では“正義の王子”ですよね」
私の声が、空に響く。
「この配信を止めたら、どう映ります?」
一拍置く。
「都合が悪いから黙らせた、って」
王子の喉が、わずかに動いた。
——効いた。
私は続ける。
「だから、最後まで見届けてください」
私は鎖につながれた両手を、ゆっくりと持ち上げた。
観衆に見せるように。
「断罪って、気持ちいいですよね」
笑う。
「でも、断罪する側が絶対に正しいって……誰が決めたんです?」
空のコメントが、跳ねた。
《確かに》
《え?》
《話聞いてみたい》
《王子は正しいだろ》
いい。
割れ始めた。
多数派は、割れた瞬間に作り替えられる。
私は精霊石を握り直す。
次に映すものは、もう決めてある。
私を悪役に仕立てた“最初の嘘”。
それを、世界に晒す。
「では、ここからが本編です」
私はモニターに向かって、宣言した。
「私がなぜ悪役になったのか。——あなたたちが信じた物語が、どこから嘘だったのか」
カイル王子が一歩踏み出す。
その顔から、余裕が消えていた。
「やめろ、スカーレット」
その声は、初めて“素”だった。
腐った権力者の声。
私はそれを聞いて、心の底から確信する。
勝てる。
勝てる、けど——
私の背後で、処刑人が斧を持ち上げた。
時間がない。
断罪まで、あと10分。
私は笑って、配信の次の画面を呼び出した。
「さあ、みんな。真実と嘘、どっちが好き?」
空のモニターが、黒く切り替わる。
そして——映ったのは、王子が私に禁忌の宝石を手渡す“あの夜”の映像だった。
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