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第8話
しおりを挟む処刑台の上は、風がやけに冷たい。
首輪の術式が、喉元で薄く光っているせいかもしれない。
私は鎖に繋がれた手を軽く動かして、配信の画面——空に浮かぶ文字列を見上げた。
コメントが、また増えている。
【え、孤児院の通帳ガチじゃん】
【王太子承認印ってなにそれ】
【スカーレット悪役じゃなくない?】
【いいね押せ! 殺させるな!】
「……静粛に」
裁判官役の貴族が声を張る。でも民衆のざわめきは止まらない。
止まらないどころか、全国の水晶灯越しの声まで重なって、空気が厚くなる。
私はその“厚み”を、背中で感じた。
精霊力が集まっている。
それは光の粒じゃない。感情の粒だ。祈りと怒りが混ざった、重たい圧。
「処刑を執行せよ」
カイル王子の声は、いつも通り優しい。
いつも通り、私を殺すために最適化された優しさ。
処刑人が一歩前に出た。
顔は覆面。だけど、目だけで分かる。
この人、迷ってる。
命令だからやる。でも、目の前の少女が“本当に悪”なのか、今さら疑い始めた目だ。
「……首を」
処刑人が私の顎を持ち上げようとする。
私は抵抗しない。
抵抗したら、彼は「やっぱり悪役だ」と自分に言い訳できる。
だから私は、まっすぐカメラ——精霊石の光へ向けて笑った。
「見てる? 全国のみんな」
声が震えない。
前世で、炎上のど真ん中で配信した時と同じだ。
怖い時ほど、声はクリアに出す。
「今から、私の首が落ちるところを“公式放送”にして、王家は正義の顔をするつもりだった」
コメントが跳ねる。
【やめろ】
【殺すな】
【処刑人、手を止めろ】
【いいねいいねいいね】
首輪の術式が、火花を散らした。
刃みたいな光が鈍っていく。私を切る角度を失って、迷子みたいに揺れる。
処刑人が剣を抜いた。
その瞬間、空気が——“壁”になった。
剣先が、私の首に近づかない。
いや、近づけない。
見えない何かに当たって、キン、と乾いた音がした。
処刑人が目を見開く。
「……何だ、これ」
彼が力を込める。腕の筋が浮く。剣が震える。
それでも、剣先は私の喉元の数センチ手前で止まったままだ。
透明な板に押し当てたみたいに。
民衆がどよめいた。
私の背中を押していた精霊力が、今度は前に回り込んで、盾みたいに固まっている。
「嘘でしょ……“声”が、物理化してる」
私は自分で言って、自分で笑いそうになった。
この世界、どこまで“信仰”で出来てるの。
コメント欄が、さらに熱くなる。
【見た!? 剣止まった!】
【いいねで防壁w】
【これもう聖女じゃん】
【王家ざまぁの予感】
「落ち着け!」
カイル王子が、処刑人に向けて微笑む。
その笑みは、命令の形をした毒だ。
「術式だ。首輪の術式が誤作動しているだけだろう。やり直せ」
処刑人は頷くけど、手が一瞬だけ止まった。
彼も感じてる。
これは首輪の誤作動じゃない。
“民衆の意思”が、剣を拒んでいる。
私は小さく息を吐いて、わざとカイルに聞こえるように言った。
「ねえ、王子。あなた、怖い?」
「何を」
「全国が見てるのが。私が死なないのが。あなたの“正義”が、バレるのが」
カイルの眉が、ほんの少しだけ動いた。
その一瞬の歪みを、私は逃さない。
配信っていうのは、視聴者が欲しいのは“感情の破綻”だ。
完璧な人が、完璧じゃない瞬間。
「……戯言を」
カイルは視線を逸らさず、優しい声を維持する。
でも、その足元で、兵士が一人よろけた。
水晶灯の光が揺れている。
精霊力が、処刑台だけじゃなく周囲の術式にも干渉し始めている。
つまり。
“バズ”が、世界の仕組みを上書きし始めた。
私は喉の首輪に指を添える。
熱い。生きろ、と言われてるみたいに熱い。
「みんな、聞いて」
私は空へ向けて、静かに宣言した。
「今ここで起きてるのは奇跡じゃない。あなたたちの“多数派”が、真実を作り始めただけ」
コメントが、怒号みたいに流れた。
【真実は作れる!】
【王家の嘘を潰せ!】
【スカーレットを守れ!】
【いいねいいねいいね!】
防壁が厚くなる。
処刑人の剣が、さらに弾かれた。
彼はついに一歩下がり、震える声で言った。
「王太子殿下……このままでは、斬れません」
その言葉が落ちた瞬間。
カイル王子の“優しい顔”が、初めてひび割れた。
そして私は気づく。
王子の背後——王家の紋章が刻まれた術式柱が、ゆっくりと色を変え始めている。
民衆の声が、処刑を止めるだけじゃない。
王家の権威そのものを、別の形に書き換えようとしている。
私の配信が、王国のルールを塗り替える。
「……始まった」
私が呟いた時、空のコメント欄に、見慣れない表示が割り込んだ。
【運営(王命放送)より:配信を強制終了します】
——終わらせる気だ。
次の瞬間、首輪の術式が、今までとは違う色で脈打った。
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