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第9話
しおりを挟む剣先が、見えない壁に弾かれて止まったまま。
私の喉元の首輪は薄く光り、火花を散らしているのに、刃は届かない。
空にはコメントが降ってくる。怒り、疑い、祈り。全部が精霊力の粒になって、処刑台の周りの空気を重くしていた。
「……術式の誤作動だ。やり直せ」
カイル王子は、困ったように眉を寄せる。
その顔が“優しい”のが、なおさら腹立たしい。優しさの皮で殺す気だ。
私は鎖で縛られた手を、わざと大げさに持ち上げた。
「やり直し? いいよ。何回でも。……でもその前に、ひとつ“検証”しない?」
カイルの目が、ほんの一瞬だけ細くなる。
「検証?」
「私の罪を決めた“書類”。あれ、誰が書いたの?」
コメントが跳ねる。
《書類?》《偽造?》《筆跡?》
私は空を見上げ、禁忌の精霊石を指で弾いた。
「全域リンク、素材追加。――王城書庫・証拠保管箱、開封映像」
水晶モニターが切り替わる。
誰かが隠し撮りした、王城の奥。封印札を剥がされ、箱が開く。中から出てくるのは、私の“罪状”が並んだ告発文と、署名入りの証言書。
カイルが一歩前に出る。
「それは……違法な映像だ。王命放送に割り込むなど――」
「違法? うん、禁忌。だからこそ価値がある」
私は笑った。笑うしかない。
だって、私の命は今、正義じゃなく“視聴維持率”で繋がってる。
「みんな、これが私を殺すための紙だよ。罪状はいつもの三点セット」
「王太子を誑かした。聖女リリアを陥れた。王国を混乱に陥れた」
「――で。その根拠が、この紙」
カイルは声を落として言った。
「スカーレット、もうやめろ。お前が何をしようと、民は真実を理解できない」
その言葉が、最高に正直だった。
理解できないんじゃない。理解させたくないだけ。
「じゃあ、理解できる形にしてあげる」
私は精霊石を握り、喉元の首輪に流れ込む精霊力を、少しだけ“横に”逃がした。
首輪が火花を散らして抵抗する。痛い。でも、止まらない。
「鑑定魔法。筆跡照合――いけるよね? 王家の放送網には“真偽判定”の術式が標準搭載されてる」
「祭礼の寄付帳の不正チェックに使ってる。私、知ってるんだ」
ざわめきが増えた。コメントが加速する。
《筆跡鑑定やれ》《逃げるな》《王家の術式なら確実》
カイルの頬が、ほんの僅かに引きつる。
「その術式は、裁判所の許可が必要だ」
「今ここ、公開裁判だよ? 全国が陪審」
私は処刑台の縁を靴先で鳴らした。
「許可なら、もう出てる。みんなの“いいね”でね」
精霊力が波になって押し寄せ、空に薄い円陣が浮かぶ。
王命放送の上に、私の配信が重なっている。視聴者の意思が燃料になって、術式が勝手に起動する。
水晶モニターに文字が出た。
【筆跡照合:対象A=告発文/対象B=王太子カイル直筆の公文書】
カイルが叫ぶ。
「やめろ! それは国家機密だ!」
「国家機密って便利だよね。嘘を守る呪文」
モニターに、二つの文字列が並ぶ。
筆圧の癖。払いの角度。文字間の呼吸。
鑑定術式が、冷たい声で結論を出す。
【一致率:98.7%】
一拍遅れて、広場が爆発したみたいに騒がしくなった。
コメントはもう文字じゃない。刃みたいに刺さる。
《王子の字!?》《偽造確定》《スカーレット嵌められた?》
カイルは、すぐに“優しい顔”に戻した。
「落ち着け、民よ。鑑定術式にも誤差はある。悪意ある改竄の可能性――」
「誤差? 98.7で?」
私は首輪を指で叩いた。光が、嫌な音で震える。
「ねえカイル。私の罪状の紙、あなたが書いたんだよね」
「あなたの字って、綺麗だもん。王太子にふさわしい“正しい字”」
「でもさ。字って、嘘つけないんだよ」
カイルの目が、私の精霊石に吸い寄せられる。
奪えない。壊せない。私の同意がないと定着しない。
だから、次に来るのは別の手だ。
彼は静かに息を吐き、笑った。
「……なら、こう言い換えよう。私が書いた。だが、それは“国家のため”だ」
その瞬間、私は背筋が冷えた。
これが彼の本性。正義の皮じゃない。“正義そのもの”を盾にする怪物。
「国家のためなら、人ひとり殺していい?」
「いいに決まっている」
カイルは、優しい声のまま断言した。
コメントが一斉に止まった。
止まった分だけ、空気が重くなる。精霊力が凝固して、処刑台を覆う透明な殻になる。
私は気づく。
――これ、守ってくれてるんじゃない。
怒りが、形になってる。
カイルは私に近づき、誰にも聞こえない声で囁いた。
「お前は、今ここで勝てる。だが次は違う」
「配信が切れた瞬間、お前はただの罪人に戻る」
彼は私の喉元の首輪を見て、微笑んだ。
「そして私は、“お前の声”を先に殺す」
その言葉の意味が、遅れて刺さった。
声を殺す。配信を殺す。民の多数派を、作り直す。
私は笑えなくなる。
残り時間は、もう“10分”じゃない。
私の命のカウントダウンは――回線の向こうで始まっている。
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