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第10話
しおりを挟む「私が書いた。だが、それは国家のためだ」――カイル王子のその一言が、処刑台の空気を一瞬で凍らせた。
次の瞬間、凍ったのは“王子の正義”のほうだった。
空に浮かぶコメントが、ざわめきから怒号へ変わる。
《え、認めた?》
《国家のため=人殺しOK?》
《じゃあ今までの断罪は何だったの》
私は喉元の首輪に指を添えた。薄い光。火花。まだ術式は生きてる。
なのに剣は届かない。見えない壁が、私を守ってる。
守ってるのは私じゃない。“多数派”だ。
「王子。いまの発言、全国に流れましたね」
私は笑ってない。笑う余裕なんてない。
ここで一歩でも間違えたら、次の瞬間に首輪が私の喉を裂く。
「……だから何だ。君は罪を犯した」
カイルは優しい顔のまま、私を見下ろす。
その目だけが、私を“物”として数えていた。
「罪状、三点セット。誑かした、陥れた、混乱させた。うん、テンプレ」
私はわざと軽く言う。軽くしないと、潰れる。
「でもさ。今、全国が見てるのは“王太子の筆跡で作られた告発文”と、“本人の自白”なんだよ」
空に数字が浮かぶ。水晶灯の上、王命放送の枠の片隅に、見慣れた表示が走った。
【支持率:19% → 21% → 23%】
私は息を飲む。早い。上がり方が、前世のバズりのそれだ。
《支持する》
《処刑止めろ》
《話を聞け》
コメントが降る。粒になって、空気が重くなる。
重いのに、私は軽くなっていく。
背中を押す力。肩を持ち上げる熱。精霊力が、私の中に流れ込む。
「……っ」
鎖が食い込んで痛い。手首の皮膚が裂ける感覚。
でも痛みの奥に、別の感覚が来た。
“折れる”。
折れるのは私じゃない。拘束具のほうだ。
【支持率:24% → 25%】
数字が25に乗った瞬間。
処刑台が、黄金色に染まった。
太陽の光じゃない。空から降ってくるコメントの粒が、ひとつひとつ光を帯びて、私の周りに渦を巻く。
まるで、世界が拍手してるみたいに。
「な、何だ……!」
執行人が剣を引いた。引けない。見えない壁が厚くなっていく。
カイルの護衛が私の腕を押さえつけようとして――弾かれた。
「近づけない!? 姫君の周囲に結界が……!」
姫君。今さら。
私はゆっくり立ち上がった。跪かされていた膝が、勝手に伸びる。
黄金の光が、私の足元からせり上がる。
「いいね。フェーズが変わった」
私は鎖を見下ろす。鉄の輪。王家の刻印。私を縛ってきた“正しさ”の象徴。
「ねえ、みんな。見てて」
私は全国に向けて、指を鳴らした。
鳴らしたのは指じゃない。意思だ。
黄金の粒が一点に集まり、鎖の節に噛みつく。
――バキン。
金属が、悲鳴みたいな音を立てて割れた。
「……っ!?」
観衆が息を呑む。護衛が一歩下がる。
私はもう片方の鎖も、同じように見せつけるように握った。
「この世界のルール、もう分かったでしょ」
――バキン。
両手が自由になる。私は手首を回し、血を振り払った。
「支持が集まるほど、私の命は守られる。支持が集まるほど、“王家の処刑”は成立しない」
カイルの顔から、ほんの少しだけ余裕が消えた。
それだけで、私は確信する。
この男は、民の声が怖い。
「スカーレット! 禁忌だぞ! 放送網への介入も、精霊石も――」
「禁忌? うん。違法だね」
私は即答した。否定しない。嘘は弱い。真実のほうが刺さる。
「でもさ、王子。あなたのやってることは合法なの?」
私は喉元の首輪を撫でる。まだ薄く光っている。
「この首輪、いま発動したら私死ぬよね。で、全国が見る。あなたの“国家のため”が、少女の喉を裂く瞬間を」
私は一歩、前に出た。処刑台の端まで。
下の群衆が、波みたいに揺れる。
「いい? ここからが本番」
私は精霊石を宙に浮かせた。黄金の光が、それをリングライトみたいに縁取る。
「前世で私は、炎上も拡散も、全部“企画”で乗り切ってきた」
カイルが唇を噛む。止めたい。でも止められない。
いま止めたら、“止めた瞬間”が配信される。
「フェーズ1は、処刑を止めること。達成」
私は指を立てる。一本。
「フェーズ2は――“逆断罪”」
コメントが爆発する。
《逆断罪!?》
《やれ!》
《王子を裁け》
黄金の粒が、私の背中に翼みたいに集まった。
私は笑わない。笑ったら負ける。
代わりに、宣言する。
「みんなにお願い。これから私が出す証拠に、ひとつずつ判断して。信じるか、疑うか、押して」
私は空を見上げた。
「真実はね。いつだって“多数派”が作るの」
カイルが、静かに手を上げた。護衛が何かの術式を準備する気配。
喉元の首輪が、さっきより強く光った。
――時間がない。
私は精霊石に囁く。
「全域リンク。次の素材、出して」
水晶モニターが暗転し、次の映像が立ち上がる。
そこに映ったのは、王城の地下。
そして、鎖で繋がれた“誰か”の白い手首だった。
《……聖女?》
画面の端に、名札が一瞬だけ映る。
【エレーナ】
私は喉の奥で、笑いそうになるのを噛み殺した。
「さあ、王子。あなたの“国家のため”って――この子のこと?」
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