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第11話
しおりを挟む「ねえ、王太子殿下。国家のため、って言ったよね」
私は処刑台の上で、首輪の薄い光を指でなぞった。
まだ生きてる。今ここで発動したら、私の喉は裂ける。
だからこそ、言葉で殺す。
「じゃあ、その“国家”の帳簿と書類、誰が回してたの?」
水晶モニターに、私の手元が寄る。
禁忌の精霊石が、淡く回転している。コメントが空に浮かび、いいねが精霊力になって背中を押す。
私は、証拠保管箱から一冊の薄い冊子を取り出した。
革表紙。角が擦り切れて、何度も開かれた癖がついている。
「私の日記。……朗読するね」
カイルが一瞬だけ目を細めた。
止めたい。でも、止められない。全国が見ているから。
私の支持が増えるほど、処刑は成立しない。王子の“正義”が破綻するほど、剣は私に届かない。
私はページを開く。
紙の匂いがした。インクの滲みが、夜の数を物語っていた。
「――王都暦・霜月二十日。午前二時」
私は息を吸う。
「今日もカイル殿下の机に、未処理の嘆願書が山になっていた。軍需の見積もり、飢饉対策の配給計画、街道修繕の予算。どれも“明日まで”」
コメントが走る。
《午前二時?》
《王太子は何してた》
私は淡々と読み続ける。感情を盛る必要はない。事実はそれだけで刺さる。
「殿下は昼間、演説の練習で疲れたと笑い、早々に帰った。『君は優秀だから助かる』と言って」
私はページをめくる。
「私は“悪役令嬢”だから、ここで断ればいい。断って、殿下が恥をかけばいい。……でも、恥をかくのは殿下じゃない。国だ」
その一文を読んだ瞬間、喉の首輪がちり、と火花を散らした。
精霊力が集まっている。視聴者の怒りと疑いが、私の防壁になる。
「――霜月二十三日。午前三時」
「税務局からの照会。第七区の徴収金について、帳尻が合わないと。私は孤児保護院の会計へ入金した。王家の税務印章も、王太子承認印も押されているのに、現場の役人は“知らない”と言う」
私は顔を上げ、カイルを見た。
「知らない、じゃないよね。押したの、あなた」
カイルは微笑んだまま、唇の端だけが硬い。
その笑顔が、逆に分かりやすい。追い詰められた時ほど、“いい人”の仮面を厚くする。
私は次のページへ。
「――霜月二十七日。午前四時」
「殿下は、国境の視察に行くと言って出ていった。実際は、貴族の夜会。帰ってきたのは朝。机の上には、私が整えた決裁書の束。殿下はサインだけして、『よくやった』と頭を撫でた」
コメントが、ざわつきから怒号に変わる。
《サインだけ!?》
《それで国家のため?》
私は、そこで一度だけ声を落とした。
「……私、褒められたかったわけじゃないの」
台の上で、私は足元の震えを隠す。
孤独だった。誰も見ていなかった。
私は悪役の仮面を被らされ、笑って、嫌われて、その裏で国の歯車を回していた。
「――冬至。午前五時」
「殿下が言った。『スカーレット、君が嫌われ役をやってくれれば、僕は民に愛される。国は安定する』」
私はページを閉じた。
次の瞬間、空のコメントが一斉に止まりかけるほど、重い沈黙が落ちた。
そして、遅れて爆発する。
《最低》
《嫌われ役を押し付けた》
《それが国家のため?》
精霊力が、熱を持って渦を巻く。
処刑台の黄金の染みが、じわりと広がった。支持率表示が、ゆっくりと上がっていくのが見える。
私はカイルに向けて、日記を掲げた。
「これ、私が書いた“嘆き”じゃない。あなたの無能の記録」
カイルが、初めて声の調子を崩した。
「……美談にすり替える気か。可哀想な私、献身的な私、と」
私は笑わない。
「逆。私は可哀想じゃない」
私は首輪を指で叩く。薄い光が脈打つ。
「可哀想なのは、“真実を知らされない国”のほう」
私は精霊石に囁いた。
「次、映すよ。私が夜通し処理した“未決裁の山”の原本。あなたの机の引き出し、まだ残ってるよね?」
カイルの目が泳いだ。
その瞬間、全国の視線が彼の背後の王城へ向く。
私の配信は止まらない。いいねは増える。精霊力は壁になる。
だから王子は、私を殺せない。
「さあ、カイル。国家のために」
私は言った。
「あなたの引き出し、開けてみせて」
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