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第12話
しおりを挟む喉の首輪が、ちり…と鳴った。光が薄くなった瞬間、逆に怖い。
「ねえ、カイル殿下。次は何を“国家のため”って言うの?」
私は処刑台の上で、笑ったまま息を吸う。
空にはコメントが降ってる。怒り、疑い、祈り。全部が精霊力の粒になって、私の背中を支えてる。
でも、背中が支えられても。
私の胸の奥だけは、ずっと落ち続けていた。
弟のリオン。行方不明。
私が悪役令嬢の仮面を被ってでも守りたかった、唯一の家族。
カイルはその名前を、今まで一度も口にしなかった。
だからこそ――今、彼が口角を上げた瞬間、終わったって分かった。
「スカーレット。君が“正義の配信”を続けるなら、君の弟がどうなるか……想像できるだろう?」
ざわ、と全国の空気が震える。
コメント欄が一斉に早くなる。
【弟!?】
【脅迫じゃん】
【カイル最低】
私は即答しない。ここで動揺したら、彼の勝ちだ。
カイルは優しい声のまま、護衛に合図した。
護衛が黒い封筒を掲げる。王家の封蝋。公文書の体裁。
「これは、王都治安局の“保護記録”だ。君の弟は反王派に狙われている。だから、王家が――」
「嘘」
私は一言で切った。
「“保護”なら、私に一報が来る。私、午前二時から五時まで、殿下の仕事を回してたのよ? 治安局の回覧も、私が捌いてた」
カイルの目が、ほんの少しだけ細くなる。
その反応が答えだった。
「スカーレット」
彼は、私だけに聞こえる声量に落として言った。
「君は賢い。だから分かるはずだ。弟の命と、君の名誉。どちらが重い?」
逃げ場のない二択。
名誉を捨てれば、私は死ぬ。弟は助かるかもしれない。
名誉を取り返せば、私は生きる。弟は――消される。
私は喉の首輪に指先を近づけた。触れない。触れたら発動の引き金になる。
“配信を続けるほど殺せない”は、私の命にだけ効く。
弟の命には、効かない。
だから私は、笑うしかない。
「殿下。弟を盾にするなら、せめて視聴者に見える“証拠”でやって」
「……ほう?」
私は禁忌の精霊石を、胸元の内側で握り直す。
全域リンク。王命放送に、もう一段深く噛む。
「全国のみなさん。今から“保護記録”の真偽判定、やります。王家標準搭載の筆跡照合、ついでに封蝋の照合も」
空が明るくなる。巨大な水晶モニターの枠が切り替わった。
【公開検証きた】
【やれやれ】
【王家の術式で嘘つける?】
カイルの笑みが、ほんの少しだけ固まる。
「やめておけ。治安局の書類は機密だ」
「機密って便利よね。都合が悪いときだけ“見せない”」
私は精霊石に息を吹きかけた。冷たい霧が指の間からこぼれる。
画面に書類が拡大され、封蝋が映る。
次の瞬間、術式の文字が浮かんだ。
【封蝋照合:一致 62%】
コメントが爆発する。
【一致低っ】
【偽造!?】
【王家の封蝋じゃないじゃん】
カイルが一歩踏み出す。護衛が止める。全国が見ているから。
私は続けた。
「筆跡照合。対象A:この記録。対象B:王太子カイルの公文書」
術式が走る。光の糸が書類をなぞる。
【筆跡一致率:97.9%】
一瞬、静寂。
次の瞬間、空が怒号みたいなコメントで埋まった。
【また殿下の字】
【弟を誘拐して脅してる!?】
【国家のため(笑)】
カイルは、表情を崩さない。
崩さないまま、言った。
「君の弟を守るために、私が動いた。何が悪い?」
“守るため”という言葉で、誘拐を包む。
これが彼のいつものやり方。
私は、そこを叩く。
「じゃあ、次。治安局の保護なら、担当官の記録が残る。移送の馬車、通行許可、門の出入り。全部、税務と同じで印がいる」
私は視線だけで、モニターの枠を切り替えた。
王城内回廊の隠し撮り映像――じゃない。
今回は、もっと生々しい。
門番詰所の通行簿。
夜間の出入り記録が、水晶の上に踊った。
【王太子専用通行札:使用】
【時刻:三日前 深夜 3:14】
【同乗者:未記載】
私はそこで止めない。未記載は、消した痕跡だ。
「未記載のところ、消したの誰?」
空から、精霊力が降ってくる。重い。圧が増す。
そして、術式が勝手に起動した。
【改竄検知:あり】
【改竄者:治安局第三課 書記官ログ:カイル王太子承認印】
コメントが、怒りの刃になる。
【承認印!?】
【自分で消してる】
【弟どこ!?】
私の心臓が、痛いくらい跳ねた。
ここからが本題だ。
「未記載の“同乗者”。ここに残ってる。門の監視水晶、保存期限は七日。まだ消えてないよね?」
カイルが初めて、声を荒げた。
「スカーレット、やめろ!」
やめない。
私は精霊石を強く握り、全域リンクを“監視水晶の保管庫”へ伸ばした。
映像が切り替わる。
深夜の門。雨。松明の火。馬車。
そして、馬車の隙間から見えた――小さな手。
白い包帯。
私が自分で巻いた、癖のある結び目。
「リオン……!」
声が震える。ここで泣いたら終わりなのに、止まらない。
カイルが、静かに言った。
「君が配信をやめれば、弟は無事に“保護”され続ける」
私は息を吐いて、涙を飲み込んだ。
「保護じゃない。幽閉」
映像の端に、馬車の行き先の札が映っていた。
小さな木札。荷札を装ってる。
でも私は知ってる。あの記号。
王家の“隠し施設”の符牒だ。
「……北門から出て、第三街道。途中で折れてる。行き先は――」
私はモニターに指を向けた。
「旧聖堂地下。封鎖区画。“聖女の保管庫”」
空のコメントが、一斉に凍る。
【聖女の保管庫?】
【エレーナと繋がってる…?】
【弟そこにいるの!?】
カイルの目が、初めて揺れた。
その揺れを見て、確信した。
当たってる。
私は笑った。もう、逃げない。
「殿下。弟を返して。今すぐ。全国の前で」
そして私は、処刑台の上で宣言する。
「次の配信は、旧聖堂地下に行く。そこにいる“もう一人の聖女”と――私の弟を、引きずり出す」
首輪が、ぎらりと光った。
まるで「黙れ」と言うみたいに。
でも空の支持率表示が、跳ね上がる。
【支持率:29%】
黄金の気配が、処刑台の下からせり上がってきた。
カイルが小さく呟く。
「……そこまで辿り着かれると、困るな」
次の瞬間、私の足元の板が――不自然に、きしんだ。
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