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第13話
しおりを挟む「弟を盾にするなら――その盾、いま折る」
私は処刑台の上で、片手をそっと持ち上げた。
鎖はもうない。だけど喉の首輪は、まだ「ちり…」と鳴いてる。
触れたら終わり。発動の引き金。
つまり私は、動けるようで動けない。
カイルはそこを理解した上で、笑っている。
「どうする? スカーレット。君が大人しく罪を認めれば、弟の“保護”は続く」
“保護”。
封蝋一致62%。筆跡一致97.9%。
偽物の封蝋で、本物の筆で。
そんな保護、誘拐の別名だ。
私は空に浮かぶコメント欄を見上げた。
【弟ってほんとにいるの?】
【脅しにしても最低】
【3:14の通行札が気になる】
「みんな。いまから“現場”を映す」
私は禁忌の精霊石を指で弾くように回した。
首輪に触れない。喉を反らさない。
呼吸だけで、配信の出力を上げる。
全域リンク、第二波。
空の水晶モニターが一瞬ノイズを走らせて、映像が切り替わった。
暗い石造りの廊下。
湿った空気。
鉄の扉の前で、黒い小さな影がぴょこっと跳ねる。
――私の使い魔。
隠しカメラ役として、王都の下水と回廊に潜らせていた子だ。
「これ、どこ?」
私は視聴者に問いかけるふりをして、確認する。
コメントはすぐに答えを投げてくる。
【王城地下の旧拘禁区画だ】
【封印された倉庫の並びに似てる】
【そんなとこに“保護”?】
カイルの笑みが、ほんの一瞬だけ固まった。
あ、効いた。
“見られる”のが一番嫌なんだ、この人は。
使い魔の視点が、扉の隙間へ寄る。
鍵穴の向こう。
光が差し込む。
そして――細い腕。
縄で縛られた、子どもの腕。
「リオン……!」
胸の奥が焼けた。
でも泣かない。いま泣いたら、視聴者は“かわいそう”で終わる。
欲しいのは同情じゃない。
怒り。確信。指さし。
使い魔がさらに潜り込む。
部屋の中央。
床に座らされ、口に布を噛まされている少年。
私の弟、リオン。
目が合った瞬間、彼は一度だけ瞬きをした。
――生きてる。
それだけで、世界が戻ってくる。
次の瞬間。
部屋の扉が外側から開いた。
入ってきたのは、鎧の男が二人。
足音が揃いすぎている。訓練された歩き方。
片方が言った。
「……王太子殿下より。“今日中に処理”だ」
コメント欄が爆発する。
【処理って何!?】
【殺す気じゃん】
【やばすぎ】
私は息を吸う。
喉の首輪が「ちり…」と鳴った。
触れてない。首輪は反応してる。
私の心拍に合わせて、術式が喉を測ってる。
――落ち着け。
私は声を低くした。
「ここからが救出作戦。ライブでやる」
カイルが割って入る。
「虚偽だ。そんな映像、禁忌の捏造で――」
「捏造?」
私はすぐに返す。
「じゃあ、映ってるその鎧。誰の部隊?」
私は精霊石をひねり、映像の端に術式の解析枠を出した。
王命放送の標準機能。
装備紋章の照合。
本来は軍需監査用の、地味な術式。
でも“全国の目”があれば、勝手に起動する。
モニターに文字が浮かぶ。
【装備紋章照合】
【所属:王太子直轄・近衛第三騎士団】
【一致率:99.2%】
カイルの顔色が、はっきりと変わった。
「……っ」
視聴者はもっと早い。
【直属!?】
【王子の騎士じゃん】
【保護じゃなくて監禁】
【スカーレットの弟を人質にしてたの確定】
部屋の騎士の片方が、リオンの髪を掴んで持ち上げた。
リオンが苦しそうに身をよじる。
私は処刑台の上で、拳を握った。
――今すぐ飛び降りて殴りたい。
でも飛び降りたら、首輪が発動する可能性がある。
ここで死んだら、弟は救えない。
逃げ場のないジレンマ。
だから私は、“私が動く”んじゃない。
“多数派”を動かす。
「みんな。見て」
私は言葉を切った。
「王太子の直属騎士が、王城地下で、未成年を拘束してる」
「これが“国家のため”?」
コメントが怒りで赤く染まる。
空気が重くなる。
精霊力の粒が、処刑台の周囲に集まり始めた。
私の背中を押すように、見えない壁が厚くなる。
そして、使い魔の映像。
部屋の天井の隙間から、別の影が落ちた。
小さな蜘蛛みたいな、銀色の使い魔。
――救出担当。
リオンの縄に噛みつき、一瞬で繊維を裂く。
次に口の布を引きちぎる。
「姉、ちゃん…!」
声が出た瞬間、騎士が剣を抜いた。
でも、遅い。
銀色の使い魔が床に魔法陣を描く。
転移。
私は叫ぶ。
「いま!」
画面が白く弾けた。
次の映像は、雨の路地裏。
フードを被った人物がリオンを抱えて走っている。
追ってくる足音。
だけどその瞬間、路地の壁に――王都治安局の紋章が浮かんだ。
「治安局……?」
カイルが息を呑む。
そう。私は“敵の組織”も利用する。
偽造された保護記録は治安局名義。
なら、治安局の中に“本物の正義”が一人くらい混ざってる可能性がある。
そこに、私は賭けた。
路地裏の奥から、治安局の制服の男が現れた。
顔を隠してる。
でも声ははっきりしていた。
「保護対象を確認。……こちらで引き取る」
フードの人物が、リオンを渡す。
治安局の男は一瞬だけ顔を上げた。
その頬に、近衛騎士団の誓印。
――カイル直属の印。
私は喉の奥が冷えた。
救出に“混ざってきた”。
助けるふりをして、奪い返す気だ。
コメントも同時に凍りつく。
【え、あれ近衛の誓印じゃね?】
【治安局の服なのに?】
【二重スパイ】
私は笑った。
冷たい笑いが、自分でも怖い。
「ほらね」
「“保護”ってこういうこと」
私は精霊石をもう一度ひねり、映像を拡大した。
誓印の紋様。
近衛第三。
王太子直轄。
「カイル王子。あなたの直属騎士が、弟を連れ去って、いま奪い返そうとしてる」
私は処刑台の上で、カイルを見下ろした。
「ねえ」
「これ、まだ“私の罪”?」
カイルの口が動く。
何か言い訳を探してる。
でも全国の空は、もう答えを書いていた。
【逆処刑しろ】
【王太子を拘束しろ】
【弟を返せ】
首輪が「ちり…」と鳴った。
術式が苛立つみたいに火花を散らす。
その音に重なるように、空の支持率表示が跳ねた。
ぐん、と。
そしてモニターの端に、新しい通知が出る。
【フェーズ警告:支持率 49% 到達】
次の瞬間、処刑台の床が――黄金にひび割れた。
私は息を呑む。
49%。
25%で鎖が壊れた。
じゃあ、次は何が壊れる?
カイルが後ずさる。
私は一歩、彼に近づいた。
首輪に触れないように、ゆっくりと。
「弟を返して」
私は囁く。
「返さないなら――次は、あなたの“首輪”を作る」
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