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第18話
しおりを挟む「……あ、やっぱり」
カイルの徽章が赤黒く粘ついた瞬間、王子の笑顔が“折れた”。
あれは怒りじゃない。恐怖だ。
国王の右腕の刻印と同じ色。
つまり――王家が掲げてきた“精霊契約の証”が、別の何かに上書きされている。
その事実を、全国が見た。
「お、おかしいな。術式が……不安定だ」
カイルは優しい声を作り直し、広場の空気を撫でるように言った。
でも指先が、微かに震えてる。
私は処刑台の上で、首輪の“ちり”という音を聞きながら笑う。
叫べない。走れない。暴れたら喉が裂ける。
だから私は、動かないまま世界を動かす。
空の巨大モニターには、コメントが雪崩れた。
【赤黒いって何!?】
【王家の紋章が腐ってる】
【国王の腕と同じ色だぞ】
【逃げるな王子】
「皆さま、落ち着いてください」
カイルが両手を広げた。
“正義の顔”のまま、場を終わらせる準備を始める。
このまま押し切れないと悟った人間の、撤退の仕草だ。
国王が低く唸る。
「放送を止めろ。今すぐだ」
右腕の刻印が、ぴくりと脈打つ。
あの反応は、精霊力に“嫌がってる”動きだ。
私は首輪に触れないよう、顎だけ少し上げた。
「止めたいのは、真実が映るからでしょ?」
声は出せない。でも配信は私の枠。
私の“言葉”は、文字と視線と間で届く。
カイルが一瞬、私を見ないふりをした。
そして次の瞬間――踵を返した。
逃げる。
処刑台のすぐ横、近衛が作った通路へ滑り込むように。
王子は“守られる側”の動きに慣れている。
混乱の中で、護衛が道を割れば、あっという間に王城へ戻れる。
「殿下!」
騎士たちが慌てて壁を作る。
群衆が怒号を上げ、石畳がどよめく。
でも私は、そこに混ざらない。
混ざった瞬間、首輪が私の喉を測って、切る。
空が、さらにうるさくなった。
【逃亡www】
【やましいから逃げる】
【止めるな!】
【いいね押せ!!!!】
“いいね”が跳ねた。
数字じゃない。
光の粒が、空気の密度を変える。
祈りと怒りと疑いが、精霊力の形になって落ちてくる。
カイルの背中が、ほんの少しだけ遅くなる。
足首に、見えないものが絡みついたみたいに。
「何だ、これは……!」
王子が苛立ちを隠さず声を荒げた。
外面の皮が剥ける。
その瞬間を、全国が見ている。
次の瞬間。
光が“線”になった。
一本じゃない。何十本も。
地面から立ち上がり、空から降り、交差して――檻の骨格を作る。
カイルの周囲に、眩い格子が組み上がった。
光の檻。
視聴者の意思が、逃げ道を塞ぐ。
「ふざけるな! 私は王太子だぞ!」
カイルが檻に手を伸ばす。
触れた指先が、びり、と弾かれた。
赤黒い徽章が、また粘ついた光を吐く。
その色が、檻の金の光に嫌われているみたいに、火花が散った。
コメントが刺さる。
【王太子でも無理w】
【精霊が拒否してる】
【“本物”じゃないから弾かれてる】
【いいねもっと!!】
檻は強くなるほど、静かだった。
暴力じゃない。
“多数決”の冷たさ。
カイルは檻の中で、初めて周囲を見回した。
民衆。騎士。国王。
そして空のモニター。
逃げても逃げても、視線が追いかけてくる。
国王が顔を歪める。
「……誰がこんな、無礼な術式を」
刻印がまた脈打つ。
焦りが、隠せてない。
私は処刑台の上で、息だけ整える。
首輪がちり、と鳴った。
心拍を読み取ってる。
“落ち着け”と自分に言い聞かせるのも、今は命懸けだ。
カイルは、檻の格子を睨みつけたまま、喉を鳴らした。
「……スカーレット。君が、やったのか」
私は答えない。
答えなくても、もう成立している。
この檻を作ったのは私じゃない。
“見ている人たち”だ。
真実は常に多数派が作る。
そして今、真実の多数派は――王子の逃亡を許さない。
カイルの頬が引きつった。
次に浮かんだのは、いつもの優しい笑顔じゃない。
計算だ。
弟を盾にする時の目。
檻の中で、王子が小さく囁いた。
「……なら、今日中に“処理”を早める」
その言葉が、読唇で私に刺さった。
心臓が跳ねる。
首輪が、ちり、と高く鳴った。
やめて。今、鼓動を上げたら――。
でも同時に、空のコメントが一斉に変わる。
【今“処理”って言った?】
【誰を処理!?】
【地下の少年のことか】
【リオン守れ!!!】
光の檻が、さらに一段階、硬くなる。
まるで逃亡者を閉じ込めるだけじゃない。
“次の罪”を吐かせるための、取り調べの檻。
カイルは気づいた。
口を滑らせた瞬間、全国が切り取って拡散することに。
逃げても、檻。
黙っても、疑い。
喋れば、証拠。
王子は、檻の中で私を見た。
その目が言っていた。
――配信を止めろ。さもないと弟が死ぬ。
私は、笑った。
喉の首輪が光る。
逃げ場のないジレンマが、私の首を締める。
配信を続ければ私は生きる。
でも弟は“今日中に処理”される。
そして、檻の中のカイルが、最後に一手だけ残ってるみたいに口角を上げた。
次の瞬間、国王の右腕の刻印が――今までで一番大きく、脈打った。
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