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第17話
しおりを挟む国王の右腕の刻印が、ぴくりと脈打った。
私の配信枠に流れるコメントが、一斉に止まる。
空気が、ひゅっと冷えた。怒りの精霊力が“刃”になる寸前の、あの危険な静けさ。
「……スカーレット」
国王が、私の名を呼ぶ。
優しい声の形をしているのに、喉の奥が粘つく。嘘を飲ませる声だ。
「禁忌に触れた者は魔女だ。魔女は処刑される。これ以上、王命放送を汚すな」
首輪が、ちり、と鳴った。心拍に合わせて光が喉を測る。
走れない。叫べない。
でも――黙る必要はない。
私は口角だけを上げて、国王の右腕を見た。
「王命放送を汚してるのは、私じゃない」
「……何を言う」
「“王家の紋章”って、精霊の加護の証なんでしょ?」
私は視線を、カイル王子へ滑らせる。あの優しい顔。人の命を片付けるときほど、丁寧に微笑む男。
「カイル殿下。あなた、いつも言ってたよね。王家は精霊に選ばれてるって」
カイルは、軽く頷いた。
「当然だ。王家の紋章は、精霊契約の証。王国の秩序そのものだ」
コメントが再び流れ出す。
【紋章ってあの胸のやつ?】
【契約の印と同じ?】
【国王の腕の刻印、紋章の系統に見えない】
私は、禁忌の精霊石を指先で転がす。石じゃない。高密度の精霊体。壊せないし、奪えない。
だからこそ、舞台装置としては完璧。
「じゃあ、見せて。精霊の加護」
国王の眉がぴくりと動く。
「この場で、何を――」
「簡単。紋章が本物なら、精霊力が集まったときに“共鳴”する」
私は首輪の光が喉を裂こうとするのを、いいねの防壁で押し返しながら、ゆっくりと手を上げた。
禁忌の精霊石が、空に浮かぶ巨大モニターの端に、金色の枠を作る。
“精霊の審判”――そんな見出しを、私が勝手に付ける。
【審判きた】
【演出うま】
【本当にできるの?】
「全国のみんな。今から投票して」
私は息を整える。叫べないから、言葉は短く、刺す。
「“王家の紋章は本物だと思う?”」
一拍。
「“いいね”が本物、“だめ”が偽物」
コメント欄が爆発した。
いいねが、光の粒になって降ってくる。だめが、黒い砂みたいに落ちてくる。
精霊力は、感情の形を選ばない。
ただ――集まった場所で、真実みたいに振る舞う。
国王が、低く唸った。
「くだらん民意など――」
「民意が、精霊力の燃料だよ」
私は笑う。冷たい笑いじゃない。計算の笑い。
「王家は民の信仰で立ってる。なら、民の前で証明して」
カイルが一歩前に出た。
「スカーレット。君は混乱を煽っているだけだ」
「混乱?」
私は首輪の“ちり”という音を聞きながら、彼の胸元――王家の紋章が刺繍された徽章を指した。
「じゃあ、その紋章に、精霊力を流し込んでみて」
禁忌の精霊石が、ふわりと回転する。
空から降る光の粒が、一本の川になって、処刑台へ集まった。
支持の防壁が厚くなる。衛兵が動けない。剣が届かない。
そして、その精霊力の川が、二つに分かれる。
一つは、私の首輪を押し返すために。
もう一つは――カイルの紋章へ。
カイルの徽章が、淡く光った。
一瞬だけ。
次の瞬間、光が“裏返った”。
金ではない。赤黒い、粘ついた光。
国王の右腕の刻印と同じ色。
ざわ、と全国が同時に息を呑む音がした。
【え、色が違う】
【紋章って金に光るんじゃないの?】
【国王の腕と同じ反応してる…】
カイルの笑顔が、ほんの少しだけ硬直した。
「……術式の干渉だ」
「違う」
私は即答する。迷いがあると、首輪が喉を測ってくる。
「それ、精霊の光じゃない。契約の光」
国王が、右腕を隠すように袖を引いた。遅い。
精霊力の粒は嘘が嫌いだ。嘘を暴くのが好きなんじゃない。
嘘の形に“別の名前”を付けるだけ。
私は、もう一度手を上げる。
「次。私の番」
禁忌の精霊石が、私の胸元に寄る。
首輪が、ちり、ちり、と警告する。心拍が速くなると危ない。
だから私は、逆に落ち着く。
前世で学んだ。炎上の中心ほど、声は低く。動きはゆっくり。
「精霊さん」
私は、誰にともなく呼びかけた。
「証明して。誰が“選ばれし者”か」
その瞬間。
全国の水晶灯が、一斉に金色に染まった。
王都の空に浮かぶ巨大モニターの枠が、まるで神殿みたいに発光する。
処刑台の木目が、黄金の紋様に変わっていく。
そして――私の首輪の術式が、初めて“怯んだ”。
刃みたいな光が、引っ込む。
喉が、息を許されたみたいに軽くなる。
【首輪が止まった!?】
【精霊がスカーレット側!?】
【王家じゃなくて!?】
私は、笑わない。ここで勝ち誇ると、次の刃が来る。
ただ、淡々と言う。
「見えた?」
「精霊力は、王家の紋章じゃなくて」
「私に“定着”した」
カイルが、反射的に徽章へ手を伸ばす。
その指先に、赤黒い光がまとわりついた。
まるで、逃げない鎖みたいに。
国王の顔色が変わる。
「やめろ! 放送を切れ! 今すぐだ!」
でも、ここは私の枠。
私は精霊石をくるりと回して、最後の仕掛けを落とす。
「“王家の紋章が偽物”なら、次は何が本物?」
「――聖女?」
コメントが、嵐になる。
その嵐の中で、カイルが小さく囁いた。私にだけ聞こえる声で。
「……弟を、今すぐ処理させる」
喉の奥が、凍った。
私が勝てば勝つほど、リオンが死ぬ。
そのジレンマを、全国の空が見ている。
私は笑顔のまま、問いかける。
「みんな」
「次の審判、行くよ」
「地下の旧拘禁区画――扉を開けるのは、どっち?」
そう言った瞬間、モニターの端に、見慣れない“鍵のアイコン”が点灯した。
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