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第44話
しおりを挟む王妃エレーナが一歩進むたび、空気が「跪け」と命令する。
さっきまでなら、広場の膝は勝手に落ちていた。
でも今は違う。
支持率50%を越えた“多数派”が、彼女の圧を押し返している。
私は声が出ない。
喉の首輪が、心拍の波を数えて「ちり…」と鳴る。
笑ったら死ぬ。
怒鳴ったら死ぬ。
泣いたら、もっと死ぬ。
だから、息だけで言う。
精霊石が拾って、空にテロップが落ちる。
【王妃エレーナ。あなたの“浄化”は、吸収の呪い】
一瞬、エレーナの口角が上がった。
勝ち誇る顔。
「証拠は?」と言う代わりに、圧を強める。
その瞬間、彼女の胸元の紋が――白じゃなく、灰に濁った。
黒い糸みたいなものが、皮膚の下を這っている。
コメントが降ってくる。
怒りと嫌悪と、恐怖。
それが精霊力の粒になって、私の背中にどん、と当たる。
そして。
エレーナの“吸い込み”に、逆流が起きた。
「……っ」
彼女が初めて、声にならない息を漏らす。
自分の意志でじゃない。
体のどこかが、勝手に壊れた音。
カメラ――いや、水晶モニターの視点が勝手に寄る。
多数派が「見たい」と思ったから。
配信は残酷に、顔を接写する。
肌が、ひび割れた。
陶器みたいに。
そこから覗いたのは血じゃない。
薄い、濁った液体。人工の血。
エレーナは笑おうとする。
王妃の顔のまま、威厳を保とうとする。
でも頬が、ずるりと落ちた。
「え?」
誰かの声が広場で漏れる。
その「え?」が全国へ伝染する。
彼女の頬の内側には、筋肉じゃなく――編まれた魔術回路みたいな糸束。
黒い契約印が、鼓動みたいに脈打っている。
「浄化」する手。
その指先が、爪ごと剥がれた。
皮膚が裂け、内側の白い骨格が見える。
骨格の継ぎ目に、金具。刻印。
ホムンクルス。
信仰吸収器。
個体E-7。
エレーナは後ずさる。
でも“多数派の壁”が、逃げ道を塞ぐ。
光の檻がカイルだけじゃなく、王妃の周りにも生まれていく。
彼女は膝をつかない。
跪かない。
王妃として、最後まで立っていたい。
だから、圧を出す。
無理やり「跪け」を続ける。
壊れた器で、吸い続ける。
その結果。
彼女の首が、不自然に伸びた。
関節が外れ、皮膚が裂け、内側の管が露出する。
管の先が、喉元の契約印に繋がっている。
吸った信仰を、どこかへ送るための導管。
まるで、カイルが私に贈った“精霊導管石”みたいに。
私は息を整える。
首輪が「ちり…」と鳴る。
心拍を上げるな。
見せ方を間違えたら、私が死ぬ。
だから、冷たく、正確に。
テロップだけを落とす。
【王妃は“人間”ではありません】
【魔教団製 ホムンクルス個体E-7】
【用途:王妃代替/信仰吸収器】
エレーナの目が、私を見る。
その瞳の奥に、王妃の感情はない。
あるのは、装置としての焦り。
吸えない。足りない。壊れる。
そして――顔が割れた。
額から頬にかけて、一本の亀裂。
そこから、別の“顔”が覗く。
作り物の皮膚の内側に、核。
赤黒い契約印が、心臓みたいに脈打つ球体。
精霊が嫌がって逃げる、あの色。
コメントが一斉に止まる。
止まった空白が、次の瞬間、怒号で埋まる。
【うそだろ】
【王妃が人形?】
【じゃあ跪かされてたの何】
【誰が操ってる】
操ってる。
そう。
視聴者は、そこに辿り着く。
エレーナの口が開く。
言葉を吐こうとする。
でも喉の奥から出たのは、音じゃない。
黒い糸。
吐き出すみたいに、絡まって落ちる。
彼女は崩れる。
王妃の形を保てない。
肩が落ち、背中が折れ、皮膚が剥がれ、装置が露出する。
なのに、圧だけはまだ残る。
壊れた器が、最後の最後まで吸おうとする。
民の膝を、もう一度落とそうとする。
その瞬間、配信枠の下に警告が点滅した。
私は見てしまう。
見せられてしまう。
【投票確定まで:残り00:38】
【投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
エレーナの核が、赤黒く脈打った。
まるで、地下と同じリズムで。
まるで、この崩壊そのものが――「扉を開ける鍵」みたいに。
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