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第56話
しおりを挟む黄金の檻の中で、カイルが膝をついたまま、まだ「いい人」の顔を貼り付けている。
でも、その顔の上に、心音字幕が容赦なく走る。
【……ここで情けを見せれば、民は戻る。演出だ。】
私は笑えない。笑ったら死ぬ。
首輪が「ちり…」と喉の内側を撫でて、私に釘を刺す。
だから私は、息だけで配信枠に文字を落とした。
【あなたの“演出”で死んだ人の名前を、言って】
カイルの瞳が一瞬だけ濁る。
そして視点が勝手に寄る。視聴者が「見たい」と思ったから。
彼の喉が鳴るところまで、世界が覗き込んだ。
私は、ふと気づく。
この配信は、私の武器である前に、私の裁判でもあるんだって。
悪役令嬢。誑かした。陥れた。国を混乱させた。
全部、物語。
でも、私の中にも“物語にしたい自分”がいた。
前世でインフルエンサーだった私は、数字の味を知ってる。
伸びる再生数。増えるフォロワー。バズる言葉。
「見られる」ことで、私は存在できた。
だからこの世界に来ても、同じように振る舞った。
冷静で、賢くて、誰よりも正しい顔。
そうしていれば、誰も私を踏みにじれないと信じた。
でも、本当は。
私は権力なんて欲しくなかった。
王太子妃の椅子も、称賛も、復讐の喝采も。
全部、手段だった。
欲しかったのは、たった一つ。
誰かに「そのままでいい」と言われること。
私が強がらなくても、賢くなくても、正しくなくても。
悪役の仮面を外した顔を、見ても逃げない人。
それが、私の必要(Need)だった。
……馬鹿みたい。
処刑台の上で、全国に流しながら思うことじゃない。
でも、今さら誤魔化せない。
精霊契約の記録は消えない。
私がいま息で落とした文字も、私の沈黙も、私の震えも。
全部、デジタルタトゥーみたいに世界に刺さる。
だからこそ、嘘も刺さる。
“多数派”が望めば、私の本心すら物語にされる。
怖い。
首輪が「ちり…」と鳴って、刃の感触が舌裏をなぞる。
恐怖だけで死ねる仕組み。
私は、息を細くして、心拍を平らにする。
泣きたい。でも泣いたら心拍が上がる。死ぬ。
だから泣かない。
泣かない代わりに、思い出す。
私が本当に欲しかった“愛”は、いつも条件つきだった。
「役に立て」
「綺麗でいろ」
「王家のために黙れ」
カイルの婚約も同じだった。
器の固定。魔力移譲。刻印の上書き。
私を“私”として見ていない。
見ていたのは、便利な導管。
それなのに私は、一瞬だけでも期待した。
彼が贈った宝石を、愛の証だと信じたかった。
あのときの自分が、いちばん惨めだ。
視点がまた勝手に動く。
今度は私の首元。首輪の光。喉の震え。
見ている人たちが「そこが真実だ」と思ったから。
……違う。
真実は、首輪のせいだけじゃない。
私が欲しかったのは、助けじゃない。
“救われること”でもない。
ただ、誰かの目に、私が人間として映ること。
悪役でも、聖女でも、王妃でもない。
スカーレットとして。
私は息で、文字を落とす。
【私は、愛されたかった】
コメントが降る。
【泣くな】
【泣かせるな】
【その首輪外せ】
【弟を返せ】
怒りと祈りが混ざって、空気が重くなる。
精霊力が集まる。背中を押す。
それでも、私はまだ救われない。
救いって、もっと残酷だ。
一度でも「そのままでいい」と言われたら、もう戻れないから。
カイルが唇を震わせ、優しい声を作る。
「スカーレット。誤解だ。私は君を——」
心音字幕が、その上を叩き潰す。
【——愛してなどいない。必要なのは器だ。地下の扉が開く前に、処理を急げ。】
私の肺が、ひゅっと縮む。
首輪が「ちり…」と強く鳴った。
投票の表示が、空に焼き付く。
【A:自白(関与者の名前必須)/B:沈黙(有罪確定)】
投票が確定すれば、地下の扉が開く。
開いた瞬間、リオンが消される。
勝っても負けても、弟は消える。
それが、この国の“正しい物語”。
私は、愛されたかった。
でも、愛されるために嘘をついた瞬間から、もう詰んでたのかもしれない。
息だけで、最後の問いを落とす。
【ねえ、世界。私が“真実”を選んだら、誰が死ぬの?】
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