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第57話
しおりを挟む支持率が、じわりと跳ねた。
【支持率:79% → 80%】
空が、音を失う。
水晶灯の光が一斉に白くなり、コメント欄が一瞬だけ“真っ白”に塗り潰された。
喉の首輪が「ちり…」と鳴る。
怖い、じゃない。
“来る”という確信だけで、刃の感触が舌裏を撫でた。
私は笑えない。
歓声に乗れない。
息だけで、心拍を平らにして、ただ見せる。
――背中が、熱い。
誰かが立っている。
私の背後に。
配信の視点が勝手に引いた。
「見たい」が一致した瞬間の、あの強制ズームじゃない。
今度は、世界のほうが“退いた”。
処刑台の上に、影が落ちる。
影は私じゃない。
王宮の塔より高い何かの、輪郭だった。
【解析:精霊反応 最大級】
【警告:精霊契約の位階が上限を超過】
空気が、膝を折る。
王妃の“圧”とは逆だ。
命令じゃない。
ただ、そこにいるだけで「逆らう理由が消える」。
私の背後で、巨大な王が息をした。
息、というより、季節が入れ替わる音。
春も冬も、全部まとめて吸い込んで、吐き出したみたいな。
精霊王。
名前なんて、いらない。
見た瞬間に“王”だと分かる存在。
王は、私の影を踏まない。
処刑台の板を踏まない。
なのに、板がきしむ。
王宮の石が、遠くで鳴った。
王宮が――屈服してる。
私は息で、テロップを落とした。
それしかできない。
それが、今の私の武器。
【支持率80%】
【フェーズ更新】
【権限:多数派】
【召喚:精霊王(仮称) 許可】
許可?
違う。
これは“許された”んじゃない。
視聴者が、現実に命令したんだ。
「この子を殺すな」じゃない。
「この世界の頂点を、ここに立たせろ」って。
カイルが、黄金の檻の中で息を呑んだ。
優しい顔のまま。
でも、心音字幕は優しくない。
【やめろ。こんな段階は想定してない】
【教皇は何をしている。上書きしろ。消せ】
【違う、違う、違う。器が王に選ばれるな】
“器”。
その単語が出た瞬間、首輪がまた「ちり…」と鳴った。
怒りで死ぬわけにはいかない。
私は、息を浅くする。
精霊王が、ゆっくりと顔を下げた。
私の背中越しに、カイルを見る。
国王を見る。
王宮を、見る。
次の瞬間。
王宮の大扉が、ひとりでに開いた。
誰も触れていない。
衛兵も、騎士も、命令もない。
なのに扉は開き、左右の柱の紋章が“金”に戻っていく。
赤黒い粘つきが、剥がされるみたいに。
石畳の下を流れていた魔力が、方向を変えた。
私のほうへ、来る。
吸われるんじゃない。
“返されている”。
【王宮設備:魔力供給ライン】
【供給先:王家 → 変更】
【供給先:契約者スカーレット】
喉の首輪が、悲鳴みたいに鳴った。
「ちり、ちり、ちり…」
刃が喉を測って、殺せる角度を探す。
でも、探せない。
私の周りに、見えない多数の手が重なる。
コメントが粒になって、光の膜になって、喉の内側にまで届く。
“殺すな”が、肉体の内側で結界になる。
私は、息だけで言った。
テロップが落ちる。
【王宮は、誰のもの?】
返事は、王宮そのものがした。
床が、沈む。
柱が、わずかに傾く。
玉座の間の天井画が、ぱき、と割れて、粉が舞う。
王宮が、ひざまずいた。
建物が、権力が、歴史が。
“王家”じゃなくて、“契約者”に。
カイルの心音字幕が、壊れたみたいに連打される。
【嘘だ】
【嘘だ】
【嘘だ】
【王宮が、俺じゃなくて、あいつに――】
精霊王が、指を一本だけ動かした。
それだけで、黄金の檻が“形”を変えた。
檻はカイルを締め付けない。
ただ、跪かせる。
永遠に「立つな」を選ばれ続ける姿勢に固定する。
私は息で、もう一つだけ落とした。
笑わない。
勝ち誇らない。
泣かない。
【カイル。あなたが欲しかった“器”は、もう王宮ごと私を選んだ】
精霊王の背後で、空の巨大モニターが勝手に分割された。
王都。
地方。
港。
そして――王城地下。
【地下扉:連動待機】
【投票確定まで:残り――】
時間が、まだ動いている。
弟の命のタイマーだけが、止まらない。
王宮が私に屈服したのに。
精霊王が背後にいるのに。
私の勝利は、弟の死と直結している。
喉の首輪が「ちり…」と、優しくない音で鳴った。
怖い、と思っただけで。
私は息を吸う。
心拍を落とす。
そして、次の地獄を選ぶためのテロップを準備した。
――この投票が確定した瞬間、地下の扉が開く。
開いた瞬間、リオンが消される。
だから私は、勝つためじゃなく――“確定させない”ために動く。
精霊王が、私の背後で微笑んだ気がした。
王宮が、さらに深く頭を垂れた。
そして空に、次の選択肢が勝手に立ち上がる。
【新規投票項目 提案:多数派】
【地下第三層 回線遮断 今すぐ?】
【YES/NO】
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