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第58話
しおりを挟むカイルは、跪いたまま笑っていた。
顔だけは、いつもの“優しい王子”のまま。
でも、心音字幕は嘘をつけない。
【……この女のせいで。全部、壊れた】
【……多数派? 笑わせる。民なんて、次の餌だ】
私は息だけで、テロップを落とす。
『カイル。弟には触れるな』
首輪が、ちり……と鳴った。
怒りは心拍を跳ね上げる。だから、怒れない。
代わりに、見せる。
精霊王(仮称)が、檻を“固定”したまま、カイルの背後へ気配だけを落とす。
王宮の魔力供給ラインが、私の背中を静かに支えた。
――王宮が、私に従っている。
その瞬間、カイルの目が変わった。
“人の目”じゃない。自分が王だと信じ切った、飢えた目。
【……殺せ。あのガキを。今すぐ】
私は喉の奥の刃を思い出して、呼吸を薄くする。
感情を殺して、配信の視点を動かす。
『視聴者のみんな。地下の扉、見張って』
空の巨大モニターが、勝手に分割された。
【自動ズーム:王城地下/旧拘禁区画】
【焦点補正:扉の刻印】
扉の前に、黒い影が一つ。
近衛第三騎士団の鎧じゃない。魔教団の煤けた灰紋。
そして、その影の指が――扉の“投票連動刻印”に触れた。
ぞわり、と精霊が嫌がる。
ここは、正しい儀式の場所じゃない。処分の自動化装置。
次の瞬間。
影の胸元から、黒い釘みたいな杭が滑り出た。
あれは……投票拘束を上書きした、あの呪具。
コメントが、空から降る。
【またかよ】
【リオン狙い】
【やめろ!】
【扉に触るな!!】
私は息で、もう一段テロップを落とす。
『触れた瞬間、処理が走る。止めて』
――止めて、って。
私が言うのは簡単だ。
でも私は、投票を止められない。
生命体は転送できない。自分は床にも触れない。
私ができるのは、見せて、選ばせることだけ。
影が杭を、刻印の溝にねじ込もうとした。
その手が震えている。怖いんじゃない。焦ってる。
“監視されてる”焦りだ。
配信の視点が、さらに寄った。
視聴者が、見たいと思ったから。
【自動識別:発信経路一致 92.4%/王城地下第三層経由】
【所属推定:魔教団】
【目的推定:対象処理(リオン)】
影が顔を上げた。
フードの隙間から覗いた目が、こちらを睨む。
そして――空の上。
壇上で跪くカイルが、同じタイミングで笑った。
【……やれ。俺の名前は出すな。王妃の命令で通せ】
その心音字幕が出た瞬間。
全国の空気が、ひっくり返った。
【指示してる】
【王子、今“やれ”って】
【弟を殺して証拠消す気だ】
【外面だけのクズ】
影の手が止まる。
いや、止まったんじゃない。
止められた。
見えない壁が、扉の前に生まれていた。
コメントの怒りが、精霊力になって固まった壁。
影が壁を殴る。
拳が弾かれて、骨の音がした。
それでも杭を投げつける。
杭は壁に刺さらず、空中で“抜け落ちる”みたいに消えた。
多数派の拒否。
「それは見たくない」「それは許さない」。
現実が、そう答えた。
扉の向こうで、かすかな物音。
リオンが、生きている証拠の音。
私は息を吸い、吐く。
泣きそうになるのを、殺す。
そのとき、精霊王が“形”を変えた。
檻が、カイルの足元だけじゃなく――喉元まで、細い光の輪になって絡む。
喋るな、じゃない。
“命令するな”。
カイルの笑顔が初めて割れた。
優しさの仮面の下から、腐った本音が漏れる。
【……民が、俺に逆らう?】
【……ただの虫が。潰せ。潰せ。潰せ】
空が、怒りで黒くなる。
コメントが、炎みたいに降り注ぐ。
【逆恨みの化け物】
【弟まで殺すとか終わってる】
【王家ごと裁け】
【支持率上げろ。拘束を強く】
【100%にしろ】
支持率の数字が、跳ね上がった。
私の背中に、どん、と精霊力が流れ込む。
王宮の魔力供給ラインが、完全に“こちら側”の脈で鳴った。
カイルの膝が、さらに石畳へ沈む。
立てない。動けない。命令できない。
それでも、目だけで私を刺した。
【……お前が、奪った】
【……俺の国を】
【……なら、次は。お前の弟を――】
その瞬間。
空に、新しいテロップが勝手に出た。
【多数派権限:監視強化】
【対象:王城地下/旧拘禁区画 常時中継】
国民の怒りが、頂点を超えて“機能”になった。
逃げ場は、もうない。
カイルが次に何かを企んだ瞬間――世界が先に見つける。
そして私は、喉の刃を抱えたまま、息で告げる。
『次は、あなたの番。逆恨みの“理由”ごと、晒す』
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