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第67話
しおりを挟む喉の奥を、刃がなぞった。ちり、と首輪が鳴る。
泣くな。笑うな。喜ぶな。怒るな。
……でも今、私の目の前にいるのは“声”だ。父と母の残滓。回線に残ったログ。
抱きしめたくて、指が動きかけて、私は息を殺した。感情が跳ねたら終わり。
空に、字幕が勝手に並ぶ。
【教皇 広域聖務 進行中】
【対象:国民全員/処理名:魂の回収】
回線が、吸っている。全国の水晶灯が、生活の顔をして、魂を導管にしている。
そして、教皇の“声”が、頭蓋の内側に直接刺さる。
『魔女よ。配信という冒涜を、終わらせよ』
終わらせたら、闇になる。闇になったら、向こうの思うまま。
だから私たちは、見続けるしかない。
見続けながら、奪われる。
最悪の仕組み。逃げ場のないジレンマ。
私は浮いたまま、床の血も冷たさも「見てるだけ」で、地下第三層の配管の海を見下ろした。
壁札【E-1】【E-2】……欠番の【E-7】。器の量産。信仰吸収器。
ここが“王命放送の裏側”。
そして、教皇はここを礼拝堂に“見せかけて”くる。映像を上書きして、優しい光を塗る。
けど、契約は偽造できない。精霊は嘘が嫌いだ。
私は、息だけで精霊石に合図する。
言葉は出せない。叫べない。感情を乗せたら死ぬ。
なのに――
頭の中に、父の声が残った。
『……スカーレット。逃げるな。逃げ道は、作るものだ』
母の声が重なる。
『見られているなら、見せなさい。嘘の上書きは、真実の“拡散”で剥がせる』
拡散。
その単語だけで、私の首輪がちりっ、と強く鳴った。胸が熱くなる。危ない。
でも、熱を“感情”にしない。
これは、手順。演出。呼吸法。
私はゆっくり吸って、ゆっくり吐く。心拍を平らにする。
そして、視聴者に向けたテロップを落とした。
【質問】
【いま、あなたは“ログイン”させられています】
【見ているだけで、魂が回収されます】
【それでも、見ますか】
コメントが降る。恐怖。怒り。疑い。
その全部が精霊力になる。空気が重くなる。配管の金具が、きし、と鳴った。
教皇の上書きが、ぴくりと滲む。礼拝堂の壁画が一瞬だけ剥げて、錆びた管が覗いた。
『黙れ』
頭の中で、教皇が低く笑う。
『恐怖を煽るな。恐怖は祈りへ変わり、祈りは回収の燃料になる』
……そう。
恐怖は燃料。
なら、燃料の向きを変える。
私は、もう一段、テロップを落とす。
【教皇の呪いは“回線”で飛びます】
【回線は、拡散できます】
【拡散すれば、向きも増えます】
増えれば、収束できない。
収束できないなら、反射できる。
私は息を吸う。首輪が、ちり……と鳴る。
怖い。
怖いけど、この“怖い”は、私の感情じゃない。
教皇が作った仕組みへの、仕様確認だ。
そして、最後の一行を落とした。
【拡散希望】
その瞬間、空が割れたみたいにコメントが増えた。
【拡散希望】【拡散希望】【拡散希望】
多言語に翻訳され、整列し、全国の水晶灯に貼り付く。
水晶灯が、ただの受信機じゃない。回線だ。導管だ。
なら、導管は“逆流”もする。
教皇の「魂の回収」が、一本の槍みたいにこちらへ伸びる。
でも槍は、一本だけじゃなくなった。
無数の回線が、拡散で枝分かれし、輪になって、教皇の手元へ戻っていく。
教皇の声が、初めて詰まった。
『……何を、した』
私は声を出せない。
だから、息で答える。
【あなたの呪いを、“あなたの回線”に返しただけ】
次の瞬間。
礼拝堂の優しい光が、ばり、と割れた。
地下第三層の現実が、完全に露出する。管、栓、番号札、まだ温かい器。
そして、空の字幕が勝手に更新された。
【処理対象:国民全員 → 処理対象:発動者】
【魂の回収:反射】
教皇が、息を呑んだ気配がした。
頭の中の声が、遠のく。代わりに、回線の奥から、別の“声”が押し寄せる。
回収されかけた国民の、ざわめき。怒り。拒否。
それが一本に束ねられて、教皇へ流れていく。
『やめろ……!』
やめない。
だって、これが“多数派”だ。
真実は常に多数派が作る。なら、呪いも多数派が作り直せる。
私は息を吐きながら、もう一度だけテロップを落とした。
【見て。忘れないで】
【拡散希望】
その一言で、回線がさらに太くなった。
教皇の上書きが追いつかない。
回収の導管が、完全に逆流する。
そして――空の巨大モニターが、勝手に“次の映像”へ切り替わった。
【自動ズーム:地下扉】
【警告:投票確定まで 残り00:00:12】
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