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第71話
しおりを挟む空が、静かすぎた。
コメントも、罵声も、祈りも。
全部いったん息を止めて、私を見ている。
――支持率90%。
【フェーズ更新:支持率90%】
【権限:多数派】
その文字が浮かんだ瞬間、王都の石畳の下から、脈みたいな精霊力がどくん、と上がってきた。
王宮の魔力供給ラインが、私の呼吸に合わせて鳴る。
「王家」じゃない。
「教皇」でもない。
契約は、私を選んだ。
……怖い。
そう思っただけで、喉の首輪が「ちり…」と鳴った。
舌裏を、刃が撫でる。
笑うな。泣くな。怒るな。
感情は全部、死に直結。
だから私は、息だけで、立っている。
……いや。
床に触れないまま、浮いている。
足元の血のぬめりも、冷たさも、見てるだけ。
それでも、世界は動く。
私の操作じゃない。
見ている人たちの「見たい」が、勝手に道を作る。
処刑台の前に、精霊力の光が敷かれていく。
まるで、舞台の花道みたいに。
そして舞台の中央には、四つ。
逃げ場のない四つの影。
カイルは黄金の檻の中で、膝をついたまま。
立てない。多数派が「立つな」を選んだままだから。
国王は、右腕の刻印が赤黒く脈打ち、短剣を握る手さえ止められている。
王妃代替E-7は、もう「王妃の笑顔」を保てない。
灰色の紋が濁り、黒い糸の束が身体の内側で軋んでいる。
教皇は――姿が見えないのに、圧だけがある。
頭蓋の内側に、声が直接響く。
『秩序を返せ。配信という冒涜を終わらせよ』
その言葉は「優しい」形をしている。
でも私は知ってる。
優しい言葉は、いちばん人を殺す。
だってこの国は、ずっとそうだった。
「禁忌に触れた者は魔女」
「魔女は処刑」
その一言で、私が殺されるはずだった。
弟も、地下で消されるはずだった。
投票が確定した瞬間に、地下の扉が開く。
【投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
あの仕組みは、まだ生きている。
止められない。
だから私は、勝っても負けても詰んでる。
……笑えるよね。
笑ったら死ぬけど。
私は息を整えた。
心拍を平らにする。
喉の刃を、眠らせる。
そして精霊石に、ほんの小さく合図する。
空に、テロップが落ちた。
【審判対象:4名】
【王太子カイル/王妃代替E-7/国王(運用者)/教皇(入口管理者)】
四つの名前が並ぶだけで、広場の空気が重くなる。
全国の水晶灯の向こうでも、同じ沈黙が落ちたのがわかる。
海外の字幕まで、勝手に整列していく。
逃げ道は、もう国境にもない。
カイルが、口だけで笑おうとした。
「スカーレット。君は、勝った気でいるのか」
その瞬間、心音字幕が勝手に走る。
【……ここで終わらせる。投票を確定させて地下を開け。リオンを処理】
最低の本音。
全国が、それを読んだ。
コメントが、降ってくる。
【人の心じゃない】
【弟を殺せって言った】
【王子、終わり】
精霊力が、怒りの粒になって石畳をきしませる。
でも私は、煽らない。
煽ったら、心拍が上がる。死ぬ。
それに――煽ったら、弟が消される。
私は息だけで、次のテロップを落とした。
【王権契約:再認証】
【所有者照合:王家 不一致/教皇 不一致/契約者スカーレット 一致】
「俺は王じゃない」
国王の声が震える。
「契約の……運用者だ」
運用者。
入口管理者。
器。
全部、役割でしかない。
じゃあ誰が「本物」?
――多数派だ。
真実は、いつだって多数派が作る。
私は前世で、それを知っていた。
炎上も、正義も、断罪も。
数字で、人は殺せる。
そして今、この世界は数字が現実になる。
支持率が上がれば、防壁ができる。
投票が確定すれば、扉が開く。
視聴者が「見たい」と思えば、隠し部屋も映る。
……なら。
この国の処刑も、作り直せる。
私は、喉の痛みを無視して息を吸った。
首輪が「ちり…」と鳴る。
刃が近づく感覚。
怖い。
でも怖いまま、やる。
私は、空に向かって――最悪の笑顔を作った。
笑ったら死ぬ?
違う。
「笑った」と思われたら、死ぬ。
だから私は、笑顔に“見える”角度だけを選ぶ。
感情は乗せない。
ただ、形だけ。
視聴者が「悪役令嬢の笑みだ」と思う、その形。
そしてテロップを落とす。
【これから、誰を処刑するか】
【視聴者投票で決めます】
一拍。
世界が、固まった。
次の瞬間、コメントが爆発した。
【え】
【処刑するの誰】
【やめろ】
【やれ】
【誰が選ぶんだよ】
【多数派が選ぶに決まってるだろ】
精霊力が、熱を持って渦を巻く。
王都が“ライブスタジオ”として、さらに改装されていく気配がした。
進行率のテロップが、勝手に増える。
【進行率 46%→52%】
私は息を吐く。
心拍を殺す。
でも胸の奥だけが、冷たく燃える。
だってこれは、私の復讐じゃない。
この国の「断罪システム」そのものを、反転させる儀式だ。
そして空に、新しいUIが勝手に出た。
【投票:処刑対象を選べ】
【A:王太子カイル】
【B:国王(運用者)】
【C:教皇(入口管理者)】
【D:王妃代替E-7(器)】
……選択肢が、揃った。
その瞬間、地下の扉の警告が重なるように点滅する。
【警告:投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
私の背中に、冷たい汗が落ちた。
落ちたはずの汗が、床に届かず空中で止まる。
浮いているから。
逃げられないから。
勝っても、弟が消える。
負けても、弟が消える。
……じゃあ、どうする?
私は、最悪の笑顔のまま、息だけで告げた。
【さあ】
【あなたたちの“正義”で】
【処刑を選んで】
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