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第70話
しおりを挟む空が、割れた。
【支持率:89% → 90%】
数字が跳ねた瞬間、王都の石畳の下で眠っていた精霊力が、肺みたいに膨らんだ。
私は床に触れないまま、地下第三層の配管の海に浮いている。
喉の首輪が「ちり…」と鳴った。
――喜ぶな。確信するな。勝ちを噛むな。
勝利の味は、刃の味と似ている。だから私は、息だけで、配信に言葉を落とす。
【フェーズ更新:支持率90%】
【権限:多数派】
【機能提案:裁きの審判】
提案、じゃない。
“見ている人たち”が、もう決めている。
空の巨大モニターが、勝手に四分割になった。
一枚目、黄金の檻の中で膝をつくカイル。優しい顔のまま、目だけが獣。
二枚目、灰色に濁った紋を抱える器――王妃エレーナ(個体E-7)。壊れかけの装置みたいに、呼吸が浅い。
三枚目、国王。右腕の赤黒い刻印が、合図みたいに脈打っている。短剣を隠した王冠が、もう“逃げ”の道具にしか見えない。
四枚目、教皇。姿は映らないのに、映像の縁だけが白く塗り替わる。上書きの手癖。
頭の内側で、声が笑った。
『禁忌に触れた魔女よ。配信という冒涜を――』
首輪が「ちりっ!」と強く鳴り、喉の内側を刃が撫でた。
怖い、と思っただけで死ねる。
だから私は、怖がらないふりをする。
“怖い”を、言葉にしない。
息を落とす。
【宣言】
【裁きの審判を開始します】
コメントが降る。怒りも、疑いも、泣き声も。
その全部が精霊力になって、配管の海の上に道を作った。
道じゃない。処刑台だ。
私は浮いたまま、道の端に立つ。立っていないのに、立っているように見える。
“そう見たい”が、現実を寄せる。
空のモニターに、新しいテロップが勝手に整列した。
【審判対象:4名】
【王太子カイル】
【王妃代替E-7(エレーナ)】
【国王(運用者)】
【教皇(入口管理者)】
カイルが笑った。口だけで。
そして心音字幕が、裏切る。
【……ふざけるな。民が裁き? 次の餌が吠えるな】
【……投票が確定する前に、地下を開け。リオンを処理しろ】
その瞬間、視聴者の“拒否”が壁になって、地下の扉の前に固まった。
私が命じたんじゃない。
“見ている人たち”が、弟を守る形を選んだ。
国王の心音も、勝手に字幕になる。
【……俺は王じゃない。契約の運用者だ】
【……教皇が来る。回収される。死ねない】
刻印が脈打つたび、国王の指が震えて止まる。
鎖で引かれているみたいに。
エレーナは、私を見た。
人間の目じゃない。器のレンズの目。
【……停止。逆流。拒否が、導管を壊す】
壊れた装置みたいに、言葉が欠ける。
その欠けたところに、教皇の声が差し込んだ。
『回収だ。国民全員。魂は回線にログインしている』
空に、白い聖務の字幕が走る。
【教皇 広域聖務:進行中】
【対象:国民全員】
【処理名:魂の回収】
でも、その下に、さらに別の表示が割り込んだ。
【王権契約:再認証】
【所有者照合:王家 不一致/教皇 不一致/契約者スカーレット 一致】
世界が、静かに私へ頭を下げる。
王宮の魔力供給ラインが、私の脈で鳴った。
私は笑えない。
笑ったら死ぬから。
だから、裁きだけを置く。
【裁きの審判:執行形式】
【処刑台:生成】
石畳がきしみ、空気が固まる。
王都の広場の上に、四つの台がせり上がった。
豪奢じゃない。逃げ場のない、ただの“台”。
そして、黄金の檻が形を変えた。
カイルの膝が、台の中央に固定される。立てない。
エレーナの足元から、黒い糸の束が引きずり出され、台に縫い付けられる。器は逃げられない。
国王の右腕の刻印が、台の柱に吸い付く。鎖が“見える”形になった。
教皇は、姿がない。
なのに、四つ目の台だけ、空気が異様に白い。
“上書き”が、そこにいる証拠。
私は息で、最後の文字を落とした。
【審判対象4名、処刑台へ】
【順番は多数派が決める】
空のモニターに、投票が出る。
選択肢は二択じゃない。
四択だ。
【第一処刑者を選べ】
【A:カイル】
【B:エレーナ(E-7)】
【C:国王】
【D:教皇】
首輪が「ちり…」と鳴った。
怖い。
この投票が確定した瞬間、地下の扉が開く仕組みは、まだ生きている。
弟を守る壁は今、視聴者の“拒否”だけで立っている。
もし、教皇が回線を上書きして、拒否の壁を“優しい物語”に溶かしたら。
もし、カイルが黒い杭で投票拘束を上書きして、地下へ指を伸ばしたら。
私は、泣けない。
泣いたら死ぬから。
だから、息だけで祈る。
――お願い。選んで。間違えないで。
その瞬間、投票バーが跳ね上がった。
しかも、私が一番恐れていた文字が、空に浮かんだ。
【D:教皇 急上昇】
私の喉の奥で、刃が笑った。
「ちりっ」
次の瞬間、画面が勝手にズームする。
四つ目の処刑台。
そこに、白い手が――“映像の上から”伸びてきた。
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