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第75話
しおりを挟む教皇の声は、まだ頭蓋骨の内側にいる。
耳じゃない。逃げ場がない。
【教皇 広域聖務 進行中】
【対象:国民全員/処理名:魂の回収】
空に並ぶその文字だけで、喉の首輪が「ちり…」と鳴った。
怖い、って概念を拾う首輪。私が一番嫌うタイプの監視。
私は息を整える。
泣かない。怒らない。勝ちを確信しない。全部、死に直結する。
教皇は“優しい光”を上書きしてきた。
地下第三層の配管は、白い礼拝堂に塗り替えられる。
でも、精霊は嘘が嫌いだ。
白の縁が剥げて、鉄と血が覗く。
私は精霊石に、息で合図した。
「終わらせる」じゃない。「追放する」。
空に、勝手に選択肢が整列する。
私が操作してないのに。見ている人たちが、私の代わりに回す。
【提案:教皇の権限剥奪】
【処理:魔力剥奪/回線遮断/下界追放】
【追加:罪の声 永久再生】
首輪が「ちり…」
怖いのは、提案じゃない。これが“多数派”の現実になる瞬間。
教皇の声が、骨を叩いた。
『愚かな契約者。神の秩序を——』
その瞬間、心音字幕が割り込む。
【……違う。これは“秩序”じゃない。入口の管理だ】
嘘をつけない。
私より先に、配信が教皇の本心を吐かせた。
コメントが降る。怒りじゃない。冷えた拒否。
拒否は刃になる。吸収の呪いに逆流を起こすのと同じ。
【投票開始】
【YES:追放する/NO:続行させる】
数字が跳ねる。
私は見ない。見たら心拍が上がる。死ぬ。
でも空気が変わった。
石畳の下の精霊力が、どくん、と脈を打つ。王都が呼吸している。
【確定:YES】
確定の文字と同時に、教皇の“上書き”が剥がれ落ちた。
白い礼拝堂が、音もなく裂ける。そこにあるのは、配管の海と、黒い回線。
教皇が、初めて黙った。
黙ったまま、右も左もない場所で、足元を失うみたいに揺れた。
空に、もうひとつの確認が出る。
偽造できない領域。私の命綱。
【確認:精霊契約 二要素認証】
【所有者:スカーレット YES】
【精霊同意:YES】
“YES”が揃った瞬間、世界のルールが変わる。
教皇の身体から、光が抜けた。神々しい演出じゃない。皮膚の裏の回路が、ただ冷える。
『待て——!』
今さら肉声。焦りの音。
心音字幕はもっと残酷だった。
【……魔力が剥がれる。入口が閉じる。回収ができない】
私は息だけで答える。
テロップが落ちる。
【あなたは“神”じゃない】
【回線の入口を握ってただけ】
教皇の周りに、何千何万の“声”が渦を巻いた。
回線に残ったログ。回収された残滓。泣き声、祈り、助けて、やめて。
それが全部、教皇へ向く。
返っていく。永久に。
【処理:罪の声 永久再生】
【対象:教皇】
教皇が両耳を塞いだ。意味がない。耳じゃない場所に刺さる。
私が聞かされてきた“骨の内側”の声を、今度はあいつが一生聞く。
『やめろ! 私は——私は——!』
【……黙れ。黙っても聞こえる。俺の中で鳴る】
いい。
その“自分の中で鳴る”が、罰だ。
最後の処理が表示される。
追放。下界。落下。
【処理:下界追放】
【行先:王都外縁/身分:無権限】
【魔力:0(剥奪)】
教皇の足元が割れた。
黒い回線が、ただの穴になる。入口管理者が入口を失った瞬間、回線は“導管”じゃなく、奈落になる。
『やめろ——!』
叫びは、途中で“罪の声”に飲まれた。
落ちていく影が、配管の間を滑って消える。
最後に見えたのは、祈りの衣じゃない。逃げる人間の背中。
空に、静かなテロップが残った。
【教皇:追放 完了】
でも、安心はできない。
喉の首輪が「ちり…」と鳴る。怖いの概念が、また触れてくる。
投票は止まらない。
確定すれば地下の扉が開いて、リオンが消える仕組みが、まだ生きている。
私は息を吸う。
勝っても負けても弟が消える、その地獄を——ここからひっくり返す。
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