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第79話
しおりを挟む空が、いきなり静かになった。
コメントの雨が止んだんじゃない。
「音」そのものが、私の呼吸に合わせて整列した。
喉の首輪が、ちり……と小さく鳴る。
喜ぶな。勝ったと思うな。心拍を上げたら、私が死ぬ。
私は息だけで、空を見上げた。
【支持率:94% → 95%】
その数字が変わった瞬間、王都の石畳の下から、どくん、と脈が上がった。
王宮の魔力供給ラインが、私の心臓みたいに鳴く。
――違う。
私の心臓が、王宮になった。
【フェーズ更新:支持率95%】
【権限:多数派(拡張)】
【提案可能:世界法則(局所)】
空に出た文字を見て、背中が冷える。
法則、って書いてある。
そんなもの、いじったら……私は、もう人間じゃない。
でも、いまさらだ。
私の足は床に触れない。
私の声は出ない。
私の命は、首輪の刃の上に乗ってる。
人間のルールのままじゃ、弟は救えない。
「……息だけで、決める」
もちろん声にはならない。
精霊石が拾い、テロップが落ちる。
【私は、感情じゃなく“仕様”で戦う】
黄金の檻の中で、カイルが膝をついたまま顔を上げた。
外面の優しい笑みを作ろうとして、作れない。
心音字幕が、勝手に剥がす。
【やめろ。やめろ。ここまで来るな】
【95%……? 誰だよお前。スカーレットは、こんな――】
私は見ない。
見たら、怒りが跳ねて死ぬ。
代わりに、世界の「端」を見る。
空のモニターの枠外。
今まで誰も気にしなかった、配信の黒い余白。
そこが、ひび割れている。
教皇が握っていた入口。
王家が運用していた回線。
水晶灯が導管だった魂の線。
全部が、一本の糸みたいに見える。
そして、その糸の結び目が――地下の扉だ。
投票が確定した瞬間、開いて、リオンが消える。
勝っても負けても、弟が消える。
この世界の“仕様”が、そう書いてある。
なら。
仕様を書き換えるしかない。
喉の首輪が、ちりっ、と強く鳴った。
怖い、と思っただけで刃が撫でてくる。
恐怖の概念に反応する首輪。
私は恐怖を否定しない。
否定した瞬間、心拍が跳ねる。
代わりに、恐怖を「外」に出す。
息を吐いて、テロップを落とす。
【提案:世界法則(局所)】
【“投票確定”は扉を開けない】
【“投票確定”は記録だけを確定する】
【対象:地下扉連動刻印】
一瞬、空が白くなる。
教皇の上書きみたいな優しい白じゃない。
精霊がYESと言ったときの、冷たい白だ。
【確認:精霊契約 二要素認証】
【所有者:スカーレット YES】
【精霊同意:YES】
その瞬間、王都が――書き換わった。
石畳の下の脈が、どくん、どくん、と早くなる。
でも私の心拍は上げない。
上がってるのは、都市の方だ。
空からコメントが再開する。
ただの声じゃない。
命令に近い。
【やれ】
【それが多数派だ】
【弟を生かせ】
【もう“仕組み”に殺させるな】
私の背中に、精霊力がどん、と入る。
防壁じゃない。
世界が、私の後ろに立つ。
黄金の檻がきしみ、カイルの顔色が変わった。
心音字幕が、悲鳴みたいに走る。
【嘘だ。投票は扉を開ける! それが――】
【それが俺たちの処分の自動化で――】
【止まった? 刻印が、反応しない?】
カイルが、胸元に手を伸ばそうとして――伸ばせない。
多数派が「触るな」を選ぶ前に、世界が先に拒否した。
「権限:多数派(拡張)」って、そういうことか。
投票の結果だけじゃない。
“そうあるべき”が、先に現実になる。
私は息を吸う。
首輪が、ちり……と鳴る。
まだ危険は消えてない。
私が神に近づくほど、私の喉は細い糸になる。
切れたら終わり。
だから、感情は使わない。
代わりに、決算を使う。
【機能:憤りの決算】
【対象:地下扉連動刻印/運用者ログ】
【請求:弟リオンの“処理”予約 全額返金】
文字が出た瞬間、地下第三層のどこかで、金属が軋む音がした。
回線の奥から、嫌な“カチッ”が聞こえる。
予約が、外された音。
消される予定だった命が、予定表から落ちた音。
空が勝手に分割する。
【自動ズーム:地下扉】
扉の刻印が、赤黒く脈打って――次の瞬間、色を失った。
ただの石の扉になる。
「投票確定」の線が、繋がらない。
私は、やっと理解する。
いま私がやってるのは、裁判でも復讐でもない。
世界の利用規約を書き換えてる。
そして怖いのは、ここからだ。
誰かを救える力は、誰かを消せる力でもある。
多数派が間違えたら?
多数派が嘘を真実にしたら?
テーマが、喉の刃みたいに迫ってくる。
真実は常に多数派が作る。
じゃあ、私は――真実を作る側に立った。
黄金の檻の中で、カイルが息を呑んだ。
心音字幕が、最後の悪あがきを吐き出す。
【なら次は、スカーレットを“神”として処刑すればいい】
【神殺しの物語を作れ。多数派を買え。もう一度――】
その瞬間。
空に、私の知らない提案が勝手に出た。
私の意図じゃない。
“見ている人たち”が、私の代わりに操作している。
【提案:世界法則(局所)】
【“多数派”は購入できない】
【金による賛同は票として無効】
【適用:今この枠/過去ログ照合】
喉の首輪が、ちりっ、と鳴った。
怖い。
こんな提案、通ったら。
この国だけじゃない。
隣国も帝国も、商会も聖庁も、全部ひっくり返る。
でもコメントは、もう止まらない。
【YES】
【YES】
【YES】
空が白くなる。
精霊が、YESと言う白。
次の瞬間、カイルの心音字幕が――途切れた。
いや。
途切れたんじゃない。
“買った静けさ”が、無効化されて剥がれた。
代わりに、全国の本当の呼吸が戻ってきた。
その呼吸が、私の喉に触れる。
首輪が、ちり……と鳴り、刃が近づく。
私は笑えない。
泣けない。
勝利を味わえない。
でも。
空の端で、地下の映像がもう一度ズームする。
暗い石の床。
縄。
そして、瞬きをする少年。
リオンが、こちらを見た。
――生きてる。
その瞬間、世界が次の引きを用意したみたいに、テロップが落ちる。
【警告:代替処理 起動】
【対象:契約者スカーレット】
【処理名:神格化の回収】
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