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第80話
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カイルの指が、ゆっくりと自分の腰へ滑った。
黄金の檻の中。跪かされたままの王太子が、ようやく見せた“人間の動き”。
私は息を整える。
笑えない。泣けない。勝ちを確信しただけで、首輪が私を裂く。
だから、ただ見る。
空の巨大モニターが勝手に寄った。
【自動ズーム:対象A(王太子)】
【焦点補正:右手/腰部】
カイルの表情は優しい。いつも通りだ。
でも、心音字幕は優しくない。
【……今なら届く。あの女は声も出せない。足も床に触れない。逃げ場はない】
観客に向けた笑顔のまま、指が布の隙間に入り込む。
金具が、かすかに鳴った。
私は、喉の奥で“刃”の気配を感じた。
怖い、と思っただけで首輪が鳴る。
だから怖がらない。怖がれない。
カイルの手が抜いたのは――細く、黒い鞘。
刃物。
暗殺用のナイフ。
彼は、跪いたままでも刺せる角度を選んでいた。
私の胸じゃない。
喉。首輪のすぐ下。
そこに当てれば、首輪の術式が“暴走”したように見える。
処刑の誤作動。事故。悲劇。
彼はそういう物語を、何度も作ってきた。
空にコメントが降り出した。
【うわ、ナイフ!?】
【やめろ!】
【ダメ!!!!】
【それ刺したら終わりだろ!】
【王太子、何してんの】
私の背中に、精霊力が集まる。熱でも光でもない。
“多数派の拒否”という圧。
けれど、カイルは止まらない。
むしろ、微笑みが深くなる。
【……いい。怯えろ。心拍を上げろ。首輪が勝手に殺す】
そうだ。
彼は私を刺して殺すんじゃない。
刺して“怖がらせて”、首輪に殺させる。
殺意すら自分の手を汚さない。
最適化された優しさ。クズの完成形。
私は息だけで、テロップを落とす。
(落とせ。落ちろ。落ち着け)
【私は、怖がらない】
文字が空に浮かんだ瞬間、首輪が「ちり…」と鳴った。
“怖がらない”と宣言したこと自体が、怖さの証明みたいで。
喉の内側で刃が、舌裏を撫でた。
痛い。
でも、声は出ない。
カイルのナイフが、私の喉へ向く。
黄金の檻は彼を逃がさない。
けれど腕一本、前へ伸ばす程度なら許してしまう。
その“穴”を、彼はずっと待っていた。
空がざわめいた。
コメントが、ひとつだけ異様に太く光った。
【ダメ!】
たった二文字。
でも、その二文字が落ちた瞬間――世界が、ため息をついた。
【権限:多数派(拡張)】
【提案:武器の持ち込み禁止(局所)】
【確認:精霊契約 二要素認証】
【所有者:スカーレット YES】
【精霊同意:YES】
私は操作していない。
“見ている人たち”が、私の代わりに押した。
多数派が、現実に命令した。
刃が、止まった。
正確には――刃だったものが、ほどけた。
黒い鞘が裂け、金属の冷たさが消え、代わりに花の匂いがした。
カイルの手の中で、ナイフは花束になった。
白い花。
王宮の祝宴でよく飾られる、無害で、清潔で、笑顔のための花。
花弁が一枚、ひらりと落ちて、檻の床で回った。
カイルの顔から、初めて“作り物じゃない色”が抜けた。
【……は? なんで……】
心音字幕が震える。
彼は言葉で取り繕おうとした。
「はは。皆、誤解だ。私はただ――」
けれど、心音は嘘を許さない。
【刺すつもりだった。喉を。首輪を暴走させて、事故にするつもりだった】
コメントが爆発した。
【言ってることと心音が違う!】
【こわ】
【花束で草じゃない、笑えない】
【ダメって言ったら武器が花になる世界、最高に狂ってる】
【でも助かった】
私は笑えない。
笑ったら死ぬ。
だから、笑わずに勝つ。
息だけで、もう一度テロップを落とす。
【“正義の顔”で刺すのは、もう無理】
カイルは花束を握り潰そうとした。
しかし花は潰れない。
潰そうとする力が、そのまま“無害”へ変換されるみたいに、花はふわりと形を戻す。
彼の手が、滑稽なほど空回りする。
【……こんな、馬鹿な……多数派が、現実を……】
そう。
真実は、常に多数派が作る。
だから私は今、真実を“守って”いるんじゃない。
真実を“編んで”いる。
その瞬間、空の投票欄が勝手に点滅した。
まだ終わっていない。
投票が確定すれば、地下の扉が開く。
弟リオンが消える。
勝っても負けても、消える。
この仕様だけは、まだ壊れていない。
花束に変わったナイフより、ずっと鋭い刃が、私の胸に刺さる。
首輪が「ちり…」と鳴った。
感情が跳ねた。
危ない。
私は息を殺す。
そして、テロップを落とす。
【次は“武器”じゃない。地下の仕様そのものを、止める】
空の巨大モニターが、勝手に分割した。
【自動分割:地下扉/処理手順】
画面の端に、冷たい警告が点る。
【投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
カイルが花束を握ったまま、初めて本気で私を見た。
そして、心音字幕が、最悪の一文を落とした。
【……なら、投票を“今”確定させる】
黄金の檻の中。跪かされたままの王太子が、ようやく見せた“人間の動き”。
私は息を整える。
笑えない。泣けない。勝ちを確信しただけで、首輪が私を裂く。
だから、ただ見る。
空の巨大モニターが勝手に寄った。
【自動ズーム:対象A(王太子)】
【焦点補正:右手/腰部】
カイルの表情は優しい。いつも通りだ。
でも、心音字幕は優しくない。
【……今なら届く。あの女は声も出せない。足も床に触れない。逃げ場はない】
観客に向けた笑顔のまま、指が布の隙間に入り込む。
金具が、かすかに鳴った。
私は、喉の奥で“刃”の気配を感じた。
怖い、と思っただけで首輪が鳴る。
だから怖がらない。怖がれない。
カイルの手が抜いたのは――細く、黒い鞘。
刃物。
暗殺用のナイフ。
彼は、跪いたままでも刺せる角度を選んでいた。
私の胸じゃない。
喉。首輪のすぐ下。
そこに当てれば、首輪の術式が“暴走”したように見える。
処刑の誤作動。事故。悲劇。
彼はそういう物語を、何度も作ってきた。
空にコメントが降り出した。
【うわ、ナイフ!?】
【やめろ!】
【ダメ!!!!】
【それ刺したら終わりだろ!】
【王太子、何してんの】
私の背中に、精霊力が集まる。熱でも光でもない。
“多数派の拒否”という圧。
けれど、カイルは止まらない。
むしろ、微笑みが深くなる。
【……いい。怯えろ。心拍を上げろ。首輪が勝手に殺す】
そうだ。
彼は私を刺して殺すんじゃない。
刺して“怖がらせて”、首輪に殺させる。
殺意すら自分の手を汚さない。
最適化された優しさ。クズの完成形。
私は息だけで、テロップを落とす。
(落とせ。落ちろ。落ち着け)
【私は、怖がらない】
文字が空に浮かんだ瞬間、首輪が「ちり…」と鳴った。
“怖がらない”と宣言したこと自体が、怖さの証明みたいで。
喉の内側で刃が、舌裏を撫でた。
痛い。
でも、声は出ない。
カイルのナイフが、私の喉へ向く。
黄金の檻は彼を逃がさない。
けれど腕一本、前へ伸ばす程度なら許してしまう。
その“穴”を、彼はずっと待っていた。
空がざわめいた。
コメントが、ひとつだけ異様に太く光った。
【ダメ!】
たった二文字。
でも、その二文字が落ちた瞬間――世界が、ため息をついた。
【権限:多数派(拡張)】
【提案:武器の持ち込み禁止(局所)】
【確認:精霊契約 二要素認証】
【所有者:スカーレット YES】
【精霊同意:YES】
私は操作していない。
“見ている人たち”が、私の代わりに押した。
多数派が、現実に命令した。
刃が、止まった。
正確には――刃だったものが、ほどけた。
黒い鞘が裂け、金属の冷たさが消え、代わりに花の匂いがした。
カイルの手の中で、ナイフは花束になった。
白い花。
王宮の祝宴でよく飾られる、無害で、清潔で、笑顔のための花。
花弁が一枚、ひらりと落ちて、檻の床で回った。
カイルの顔から、初めて“作り物じゃない色”が抜けた。
【……は? なんで……】
心音字幕が震える。
彼は言葉で取り繕おうとした。
「はは。皆、誤解だ。私はただ――」
けれど、心音は嘘を許さない。
【刺すつもりだった。喉を。首輪を暴走させて、事故にするつもりだった】
コメントが爆発した。
【言ってることと心音が違う!】
【こわ】
【花束で草じゃない、笑えない】
【ダメって言ったら武器が花になる世界、最高に狂ってる】
【でも助かった】
私は笑えない。
笑ったら死ぬ。
だから、笑わずに勝つ。
息だけで、もう一度テロップを落とす。
【“正義の顔”で刺すのは、もう無理】
カイルは花束を握り潰そうとした。
しかし花は潰れない。
潰そうとする力が、そのまま“無害”へ変換されるみたいに、花はふわりと形を戻す。
彼の手が、滑稽なほど空回りする。
【……こんな、馬鹿な……多数派が、現実を……】
そう。
真実は、常に多数派が作る。
だから私は今、真実を“守って”いるんじゃない。
真実を“編んで”いる。
その瞬間、空の投票欄が勝手に点滅した。
まだ終わっていない。
投票が確定すれば、地下の扉が開く。
弟リオンが消える。
勝っても負けても、消える。
この仕様だけは、まだ壊れていない。
花束に変わったナイフより、ずっと鋭い刃が、私の胸に刺さる。
首輪が「ちり…」と鳴った。
感情が跳ねた。
危ない。
私は息を殺す。
そして、テロップを落とす。
【次は“武器”じゃない。地下の仕様そのものを、止める】
空の巨大モニターが、勝手に分割した。
【自動分割:地下扉/処理手順】
画面の端に、冷たい警告が点る。
【投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
カイルが花束を握ったまま、初めて本気で私を見た。
そして、心音字幕が、最悪の一文を落とした。
【……なら、投票を“今”確定させる】
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