92 / 100
第92話
しおりを挟む配信を切ったはずの夜なのに、空気がまだ“接続”している。
王城の客間。眠るリオンの寝息が、やけに遠い。
禁忌の精霊石が、胸の上で心臓みたいに明滅した。
私が触れていないのに、勝手に。
《……ラスト……イベント……》
耳じゃない。骨の内側に、ノイズが擦れる。
闇の隅で、影が増えた。
黒い糸みたいなものが、床を這う。いや、床じゃない。空間そのものを裂いて、伸びてくる。
憎しみ。
それが匂いになってる。甘くて、腐ってて、喉の奥が昔の首輪を思い出す。
魔神は“姿”じゃなかった。
回線の残滓。誰かが吐いた悪意のログ。積もって、絡まって、勝手に形を作ってるだけ。
そして、こいつは餌を待ってる。
怒り、恨み、ざまあみろ、死ね。そういう言葉の温度。
私は息を吸った。
泣いても死なない。笑っても死なない。
それなのに、怖い。怖さが、まだ身体の癖として残ってる。
精霊石が空中に文字を吐いた。私の意思じゃない。
【支持率:99%】
枠も観客もいないのに。世界が勝手に“私の枠”を開く。
次の文字が、冷たく整列する。
【最終提案:回線残滓(魔神系) 全域焼却】
【条件:契約者の詠唱+多数の同期】
詠唱。
つまり、私が言う。
でも、どう言えばいい? 世界を焼く言葉って、どんな味がする?
影が、部屋の壁に貼りついた。
黒い糸が、リオンの寝台へ伸びる。
“憎しみ”を食うなら、次は“恐怖”を煽って恨みを作る。そういう手口。
私は精霊石を握りしめた。
握りしめて、息で合図する。
空に、テロップ。
【同期をお願いします】
……返事が来た。
声じゃないのに、温度だけが来た。
最初は、ひとつ。
《大丈夫》
次に、ふたつ。
《あなたは悪くない》
《リオンを守って》
そこから一気に、世界が“繋がった”。
王都の外。村。港。隣国の広場。帝都の水晶灯。
見ていないはずの夜に、光が点る。
私は理解した。
回線は切れない。生活だから。
だから、切るんじゃない。上書きする。
魔神が、嬉しそうに膨らんだ。
憎しみのログが集まって、影が濃くなる。
「もっと燃やせ」と言わんばかりに、黒が増える。
でも、その瞬間。
降ってきたのは、怒りじゃなかった。
《おはよう》
《今日も生きて》
《パン焼けたよ》
《子どもが寝た》
《怖かったね》
……温かい。
コメントの内容が、ただの“生活”だ。
戦う言葉じゃない。刺す言葉じゃない。
魔神が、ぎくりと止まった。
餌が違う。
憎しみの燃料が入ってこない。
光が、部屋に満ちる。
精霊力の粒が、冷たい刃じゃなくて、毛布みたいな厚みになる。
黒い糸が、ほどけ始めた。
糸は憎しみの結び目でできてる。
結び目をほどくのに必要なのは、もっと強い憎しみじゃない。
“憎しみの相手を見ない”こと。
“生きる方を選ぶ”こと。
私は息で、詠唱を落とした。
声じゃなくてもいい。もう知ってる。契約は意図を拾う。
【詠唱】
【憎しみのログを、燃やす】
【憎しみの居場所を、なくす】
【回線に残った痛みを、終わらせる】
テロップが震えた。
私の意図に、精霊が触れてくる。
【確認:精霊契約 二要素認証】
【所有者:スカーレット YES】
【精霊同意:YES】
……世界が、息を吸った。
魔神が叫んだ。
音じゃない。
《憎い》《許さない》《殺せ》
過去のログが、最後の抵抗で噴き出す。
でも、その上から。
《もう寝よう》
《明日も畑に行く》
《子どもに絵本読んで》
《あなたのこと、見てる》
《ありがとう》
温かいコメントの光が、黒を包む。
浄化ってこういうことなんだ。
裁くんじゃない。
無理に許すんでもない。
ただ、燃やす価値のないものにしてしまう。
黒い糸が、ぱちん、と切れた。
影が砂みたいに崩れて、光に混ざって消える。
部屋の隅に残っていたノイズが、薄くなる。
《……ラスト……イベント……》が、言葉にならないままほどける。
そして最後に、精霊石が小さく脈打って、表示した。
【回線残滓:魔神系ノイズ 消滅】
静かだ。
本当に、静か。
私は、リオンの額に手を当てた。
熱がある。生きてる熱。
その熱に、胸がきゅっとなる。泣きそうになる。
でも、もう死なない。
私は涙を落とした。
その瞬間、どこか遠くの水晶灯が、ふっと優しく光った。
誰かの夜にも、同じ涙が落ちた気がした。
……なのに。
消えたはずの闇の向こうで、別の“赤い文字”だけが、まだ脳裏に焼き付いている。
【投票連動:地下扉開放→対象:リオン 処理 待機中】
12
あなたにおすすめの小説
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする
藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。
そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。
派手な魔法も、奇跡も起こさない。
彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、
魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。
代わりはいくらでもいる。
そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。
魔法は暴走し、結界は歪み、
国は自分たちが何に守られていたのかを知る。
これは、
魔法を使わなかった魔術師が、
最後まで何もせずに証明した話。
※主人公は一切振り返りません。
獣舎の全魔獣を管理していた私を、無能呼ばわりで解雇ですか?じゃあ好き勝手に旅をします。困っても知りません。
藤 ゆみ子
ファンタジー
光属性の魔力を持つフィーナは聖女の一人として王宮に就職するが、一向に治癒魔法を使うことができなかった。聖女として働けないと解雇されるが、帰る家なんてない。
そんな時、日々の癒しのためにこっそり行っていた獣舎の魔獣たちが騎士団長グランディに頼み、獣舎の掃除婦として働くことに。
実はフィーナの持つ魔力は人ではなく、魔獣や魔物に使えるものだった。
無自覚に使い魔たちを癒していたフィーナだったが、グランディに気に入られていることに不満を持つ王女に解雇されてしまう。
フィーナは王女の命令なら仕方ないと王宮を出る。
今だ見たこともない魔獣と出会うため、かつての親友だった魔獣のキュウと再会するために旅に出ることにするが、思わぬ事件や問題に巻き込まれていく。
一方でグランディや魔獣たちはフィーナを取り戻すため奮闘する。
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる