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21 再会の夜

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 アーカンシェルに本社を置くクーロン貿易は、衣服、調度品、絵画などを近隣都市へと輸出販売する貿易会社だ。

 エドガーは、その跡継ぎに相応しい教育を受けるため、七歳の頃に生まれ故郷であるアーカンシェルを離れ、中央都市アマルーナに留学に出ていた。彼の十三年振りの帰還にリーリエは大いに喜び、同じ幼なじみのアスカに声をかけ、再会を祝うささやかな宴が催された。

 バンクシー・ペイントサービスの向かいにある酒場は、今宵も多くの人たちで賑わっている。リーリエとエドガーが到着すると、店主は二人を奥の席へと案内した。
 店の奥の壁には、街の北にあるリゾートエリアの風景をイメージした絵が一面に描かれている。
 五年前、酒場の内装が変えられた際に、描いたその絵に、リーリエは懐かしく目を細めた。エドガーも席に着こうとはせず、絵の全貌が見える位置で立ち止まって、熱心に眺めている。

「どうぞごゆっくり」

 女主人は絵が見えやすい方の席に案内を変え、水の入ったグラスを三つ置いて立ち去っていった。リーリエは目礼し、真剣な表情で絵を眺めているエドガーの横顔を仰いだ。

「壁に直接描いた一点物か……。まさにこの店のための絵って感じだな」

 ニュアンスの異なる青色の塗料をふんだんに使って、爽やかな空と湖が表現されている。エドガーは、そこに描かれている湖の光を受けた白いさざ波の波頭をなぞるように手を動かし、水遊びでもしているかのような無邪気な笑顔を浮かべた。

「この街の絵は、みんなそうだ。外に持っていくって前提で描かれてない」

 クーロン貿易の取り扱う仕事のことを思い返したリーリエは、エドガーの呟きを耳に、過去の自分の仕事を振り返った。

 この街のための絵を描く――。
 それが、亡き父の口癖であり、リーリエがバンクシー・ペイントサービスを引き継ぐ時に決めたことでもあった。この街を彩る全ての絵は、リーリエ親子が街のために描き続けてきた絵の積み重ねなのだ。

「もし商売にしようって思うなら、単に絵を売るだけじゃだめってことだな。……なぁ、リーリエ、これは凄いことだぞ」

 くるりと振り返ったエドガーが、興奮した様子でリーリエの肩に手を乗せる。リーリエが、エドガーが考えていることがすぐには思いつかず、目を瞬いた。

「やっぱり戻って来て良かった。想像以上なんだよ、リーリエ!」

「はぁ~! これが、あたしより小さかったエドガー!?」

 目を真っ直ぐに見つめてエドガーが声を上げるのと、背後からアスカの声がするのはほぼ同時のことだった。

「ちょっとぉ、聞いてないんですけど~」

 遅れて店に入ってきたアスカが、成長したエドガーの容貌をしげしげと眺めながら感嘆の溜息を吐いている。

「もう。あたしの方が大きかったなんて信じてもらえないなぁ」

「さー、ここまで来たら追い抜けねぇよなぁ?」

 エドガーがからかうように頭部に手を当てて身長差を主張する。アスカがよくエドガーに対して行っていた仕草だ。

「はいはい。そうですよっと」

 アスカは苦笑を浮かべて、彼の手を追い払った。

「ふふふっ」

 リーリエの口からも笑みが零れる。小さく肩を震わせて笑いを堪えるリーリエにつられて、エドガーも笑った。

「もうっ、二人して笑わないっ。あと、いつまでもぼんやり立ってないの」

 アスカが頬を膨らませながら、グラスが置かれている席に座し、二人を促した。エドガーはリーリエと目を合わせて苦笑し、アスカの向かいの席に並んで座った。

「……それにしたって、なんで急に戻ってきたの?」

 喉が渇いていたのか、アスカがグラスの水を飲みながら待ちきれなさそうに口を開いた。

「いつか必ず戻ってくるって言っただろ? 覚えてないのか?」

 片目を瞑って答えながら、エドガーが左手を軽く挙げ、注文を促す。

「それは覚えてるけど、十三年も何してたのさっ! ……って、勉強してたのはわかってるけどね」

 注文を取りにきた女主人にアスカとエドガーは麦酒を、リーリエはオレンジジュースに赤いシロップを加えたものを注文した。

「……ずっと勉強漬けだったの?」

「勉強漬けどころか、十二歳からは学業と実務を兼ねろってデルフィン商会に下積みに入ってさ。今じゃ、その道十年のベテランだぜ」

「十年って、計算合わなくない?」

 水を飲み終えたアスカが、小さくなった氷を口の中でからころと遊ばせている。

「十歳から手伝いはやってたの」

 同じく水を飲み終えたエドガーが氷を噛み砕きながら、少し得意気に説明した。

「そういうこと~……。あっ、きたきた!」

 麦酒のジョッキと、オレンジジュースのグラスがテーブルの上に並べられる。アスカは手際良く三人の手許にそれぞれの飲み物を配り、ジョッキを高く掲げた。

「とりあえず乾杯しよ、乾杯!」

「そうだな。十三年ぶりの再会を祝して――」

「かんぱぁい!」

 明るい声とジョッキとグラスが触れ合う音が重なる。麦酒の泡を鼻先につけて喉越しを楽しむ二人を、リーリエはストローでオレンジジュースの底に溜まった赤いシロップをかき混ぜながら目を細めて眺めた。

 十三年ぶりの再会であり、その容貌は大きく変わっているにもかかわらず、小さな頃の毎日一緒に遊んでいた頃の感覚が蘇っている。二人の屈託のない笑顔や、じゃれ合うような会話の全てが、リーリエには懐かしかった。

 自分が描いたリゾートエリアをイメージした絵を前にしているせいもあり、湖の砂浜で遊んだ時のような高揚した感覚が、アルコールを飲んでいないにもかかわらずリーリエを包んでいた。

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