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第一章 輪廻のアルケミスト
第46話 ダークライト錬成
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良い機会なので、現代におけるダークライトのことを旧図書館で調べてみたが、僕がグラスだった頃とは随分と取扱いが変わっていることがわかった。
三百年前では、ダークライトは今ほど厳重に管理されておらず、グラスだった頃の僕は、冒険者に依頼して天然のダークライトの結晶を採取させていた。だが、この三百年の間にダークライトの危険性――黒石病をはじめ様々な奇病の原因になることが判明したり、軍用の徴収が行われたりしたこともあり、民間人が天然のダークライトの結晶を採取することができなくなっているようだ。
とはいえ、ダークライトの錬成自体が禁止されているわけではなく、最近でもその研究は続けられているようだ。
思いがけずカイタバ製の簡易錬金釜にカルマートのメッキを施すことができて、ダークライトの錬成に必要な道具がひとつ手に入ったのは、もしかすると運命なのかもしれない。
ダークライトの元になるのは反物質という物質で、魔素と同じくこの世界の大気に含まれる元素の一つだ。厄介なことに通常の人間の目には映らないが、その採取を専門としている組織が軍部に編成されており、定期的な採取がこの国の全土で行われているようだ。
この国――アルカディア帝国は、土地の関係で反物質の吹き溜まりができやすく、また、反物質の健康への有害性を考えると、目に見えないという特徴もあってその方が管理しやすいのだろう。
現代におけるダークライトと反物質の扱いはわかったけれど、どうも子供が手を出せるものでもなさそうだな。さて、どうするか……。
眉間に寄ったシワを指で押さえていると、アルフェがつと僕の顔を覗き込んだ。
「リーフ、錬金術のこと、考えてる?」
「あ……、ええと……」
アルフェに言ってもわからないだろうな。でも秘密にしていると嫌がるのもわかるしどうしたものか。逡巡しているうちに、僕が難しい顔をしている原因をアルフェが別のところに見出し始めた。
「珍しいね、リーフが課題で困るなんて」
アルフェの視線は、ダミーで広げていた課題の用紙に向けられている。すぐに解けるものなのであとでやるつもりが、アルフェには僕が難航しているように思えたらしい。それはそれで誤解だし、解いておいた方がいいな。
「……いや、別のことを考えていたんだよ。真理の世界ってどんなのかなって」
課題を解き始めながら、言葉を選んで話し始める。子供が話していても違和感がないように、それでいて、アルフェに嘘を教えることがないように正直に話すようにできるだけ努めた。どうしてかは説明できないけれど、その方がいいと思ったのだ。
「真理の世界?」
僕の目を見つめながら、アルフェがこぼれた髪を掻き上げる。最近のアルフェは、髪をおろしていることが多い。思えば随分と伸びたな。
「そう。教科書に載ってたのが気になってさ」
そう言いながら、さっきまで読んでいた文献を捲り、真理の世界の逸話を示す。錬金術師や賢者たちの逸話として、ほんのさわりの部分が錬金術の選択授業の導入で紹介されていたので、アルフェは納得した様子で頷いた。
「不思議な場所だよね」
「うん……」
アルフェも含め、現代ではほとんどの人にとっては御伽噺のような場所だ。
「リーフは行ってみたいの?」
「……そういう機会があればね。でも、子供には無理かな」
過去に真理の世界を訪れた人物は既に故人となっているし、現代の錬金術師たちは真理の探究に興味がない。自嘲を込めて返した僕に、アルフェは意外な反応を見せた。
「試す前に諦めちゃうのはもったいないよ、リーフ。ワタシ、応援する!」
「気持ちは嬉しいけど……。でも、結構大変だよ。準備もたくさんあるからね」
アルフェがこんなに食いついてくるとは思わなかった。適当に濁しておいた方が良いのかもしれない。
「少しずつやろうよ。やってみて、それから決めたらいいんじゃないかな」
「アルフェ……」
アルフェが僕の目を見て真っ直ぐに訴えてくる。その熱意がどこからくるのかわからないが、適当に濁そうとした自分が急に恥ずかしくなった。アルフェはもう、アルフェなりに考えて行動して、僕にこうして意見するようになっていたんだな。やれやれ。これでは、どちらが大人かわかったものじゃないな。
アルフェに励まされたような気がして、秘密裏に進めることにしていた儀式のほんの一部を話してみる気になった。
「……実はね、反物質を手に入れたいんだ」
「反物質? それならこの前見たけど……」
「えっ、どこで? ……ああ、そうか、浄眼か!」
問いかけてから、アルフェの浄眼のことを不意に思い出した。
「うん。見たのは、隣町のポルポースの街の近くだよ。ほら、ママと冬物の敷物を見に行ったって話したでしょ?」
織物が盛んなポルポースの街では、季節ごとに最新の衣服や敷物が出回っている。クリフォートさんと共に冬物の敷物を調達しにいったアルフェは、『夢の中でも一緒に居られるように』と、僕にお揃いのベッドカバーをお土産にプレゼントしてくれたのだ。
「その買い物の帰りに通りかかった森の奥にね、見えたの」
アルフェが右目を示しながら、得意気に話してくれる。角膜接触レンズで隠れて見えないけれど、その奥には金色に輝く浄眼があるのだ。
「どんなふうに見えたんだい、アルフェ?」
「黒いもやもやした煙みたいな感じ!」
「ああ、なるほど。吹きだまりが起きてたってことなのかな」
都市間連絡船の甲板から見えたからには、それなりの量なのだろう。
「うん。あれって、きっと反物質だと思う……ほら、これとおんなじだから」
アルフェがそう言いながら教科書の先のページを開いて見せてくれる。そこには、浄眼の持ち主が描いたというイメージ図が載っていた。なるほど。アルフェがこれと同じに見えたんだったら、確からしい情報だ。
「僕には『見えない』からわからないけど、雰囲気と場所の特徴から考えたらそれっぽいね」
そうか。アルフェに頼めばすぐに見つけることができるな。装備を調えて、アーケシウスを出せば採取は叶いそうだ。あとは、反物質の採取に関する制限を調べておいた方がいいな。知らずに罪を犯す怖さは、前世で身を以て知らされたわけだし。
三百年前では、ダークライトは今ほど厳重に管理されておらず、グラスだった頃の僕は、冒険者に依頼して天然のダークライトの結晶を採取させていた。だが、この三百年の間にダークライトの危険性――黒石病をはじめ様々な奇病の原因になることが判明したり、軍用の徴収が行われたりしたこともあり、民間人が天然のダークライトの結晶を採取することができなくなっているようだ。
とはいえ、ダークライトの錬成自体が禁止されているわけではなく、最近でもその研究は続けられているようだ。
思いがけずカイタバ製の簡易錬金釜にカルマートのメッキを施すことができて、ダークライトの錬成に必要な道具がひとつ手に入ったのは、もしかすると運命なのかもしれない。
ダークライトの元になるのは反物質という物質で、魔素と同じくこの世界の大気に含まれる元素の一つだ。厄介なことに通常の人間の目には映らないが、その採取を専門としている組織が軍部に編成されており、定期的な採取がこの国の全土で行われているようだ。
この国――アルカディア帝国は、土地の関係で反物質の吹き溜まりができやすく、また、反物質の健康への有害性を考えると、目に見えないという特徴もあってその方が管理しやすいのだろう。
現代におけるダークライトと反物質の扱いはわかったけれど、どうも子供が手を出せるものでもなさそうだな。さて、どうするか……。
眉間に寄ったシワを指で押さえていると、アルフェがつと僕の顔を覗き込んだ。
「リーフ、錬金術のこと、考えてる?」
「あ……、ええと……」
アルフェに言ってもわからないだろうな。でも秘密にしていると嫌がるのもわかるしどうしたものか。逡巡しているうちに、僕が難しい顔をしている原因をアルフェが別のところに見出し始めた。
「珍しいね、リーフが課題で困るなんて」
アルフェの視線は、ダミーで広げていた課題の用紙に向けられている。すぐに解けるものなのであとでやるつもりが、アルフェには僕が難航しているように思えたらしい。それはそれで誤解だし、解いておいた方がいいな。
「……いや、別のことを考えていたんだよ。真理の世界ってどんなのかなって」
課題を解き始めながら、言葉を選んで話し始める。子供が話していても違和感がないように、それでいて、アルフェに嘘を教えることがないように正直に話すようにできるだけ努めた。どうしてかは説明できないけれど、その方がいいと思ったのだ。
「真理の世界?」
僕の目を見つめながら、アルフェがこぼれた髪を掻き上げる。最近のアルフェは、髪をおろしていることが多い。思えば随分と伸びたな。
「そう。教科書に載ってたのが気になってさ」
そう言いながら、さっきまで読んでいた文献を捲り、真理の世界の逸話を示す。錬金術師や賢者たちの逸話として、ほんのさわりの部分が錬金術の選択授業の導入で紹介されていたので、アルフェは納得した様子で頷いた。
「不思議な場所だよね」
「うん……」
アルフェも含め、現代ではほとんどの人にとっては御伽噺のような場所だ。
「リーフは行ってみたいの?」
「……そういう機会があればね。でも、子供には無理かな」
過去に真理の世界を訪れた人物は既に故人となっているし、現代の錬金術師たちは真理の探究に興味がない。自嘲を込めて返した僕に、アルフェは意外な反応を見せた。
「試す前に諦めちゃうのはもったいないよ、リーフ。ワタシ、応援する!」
「気持ちは嬉しいけど……。でも、結構大変だよ。準備もたくさんあるからね」
アルフェがこんなに食いついてくるとは思わなかった。適当に濁しておいた方が良いのかもしれない。
「少しずつやろうよ。やってみて、それから決めたらいいんじゃないかな」
「アルフェ……」
アルフェが僕の目を見て真っ直ぐに訴えてくる。その熱意がどこからくるのかわからないが、適当に濁そうとした自分が急に恥ずかしくなった。アルフェはもう、アルフェなりに考えて行動して、僕にこうして意見するようになっていたんだな。やれやれ。これでは、どちらが大人かわかったものじゃないな。
アルフェに励まされたような気がして、秘密裏に進めることにしていた儀式のほんの一部を話してみる気になった。
「……実はね、反物質を手に入れたいんだ」
「反物質? それならこの前見たけど……」
「えっ、どこで? ……ああ、そうか、浄眼か!」
問いかけてから、アルフェの浄眼のことを不意に思い出した。
「うん。見たのは、隣町のポルポースの街の近くだよ。ほら、ママと冬物の敷物を見に行ったって話したでしょ?」
織物が盛んなポルポースの街では、季節ごとに最新の衣服や敷物が出回っている。クリフォートさんと共に冬物の敷物を調達しにいったアルフェは、『夢の中でも一緒に居られるように』と、僕にお揃いのベッドカバーをお土産にプレゼントしてくれたのだ。
「その買い物の帰りに通りかかった森の奥にね、見えたの」
アルフェが右目を示しながら、得意気に話してくれる。角膜接触レンズで隠れて見えないけれど、その奥には金色に輝く浄眼があるのだ。
「どんなふうに見えたんだい、アルフェ?」
「黒いもやもやした煙みたいな感じ!」
「ああ、なるほど。吹きだまりが起きてたってことなのかな」
都市間連絡船の甲板から見えたからには、それなりの量なのだろう。
「うん。あれって、きっと反物質だと思う……ほら、これとおんなじだから」
アルフェがそう言いながら教科書の先のページを開いて見せてくれる。そこには、浄眼の持ち主が描いたというイメージ図が載っていた。なるほど。アルフェがこれと同じに見えたんだったら、確からしい情報だ。
「僕には『見えない』からわからないけど、雰囲気と場所の特徴から考えたらそれっぽいね」
そうか。アルフェに頼めばすぐに見つけることができるな。装備を調えて、アーケシウスを出せば採取は叶いそうだ。あとは、反物質の採取に関する制限を調べておいた方がいいな。知らずに罪を犯す怖さは、前世で身を以て知らされたわけだし。
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