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第三章 暴風のコロッセオ
第134話 久々の孤独
しおりを挟む「よーし、じゃあ、今日も始めんぞ!」
A組とのクラス対抗模擬演習を目前に、今日もヴァナベル主導による作戦会議が熱心に行われている。
「そろそろ行こうか、ホム」
「かしこまりました、マスター」
始めのうちは教室に残っていたものの、空気のように扱われることと、それによってアルフェやファラ、リリルルとアイザック、ロメオ、ギードからの不安げな視線を向けられることもあり、僕とホムはこの時間から寮に戻ることにしていた。
「模擬戦まであと三日だ。そこで、今日はそれぞれの持ち込み武器を確認しようじゃないか!」
ヴァナベルの大声が、教室のみならず廊下に出ても聞こえてくる。
実戦形式の模擬戦は、模擬と言いながらも相手側クラスの攻撃でダメージを受けた者は退場し、相手が全滅するか降参宣言を出すかによって勝者が決定されるという仕様だ。
「マスターの真なる叡智の書も、武器に入るのでしょうか?」
「ああ、リリルルは魔力を増幅する魔法の杖を持ち込むそうだし、特に制限はなさそうだね」
ダークエルフの村に代々受け継がれている魔法の杖は、歴史で言えば僕の真なる叡智の書と相違ない。もっと言えば、ヌメリンの戦斧のような殺傷性の高い武器の持ち込みさえ許されているので、制限がないというのは本当だろう。
「とはいえ加減が必要だから、いざという時まで使わないつもりだけれどね」
模擬戦には、マチルダ先生を始めとした医療班が待機しているので、腕や脚の一本や二本が千切れたところで元通りにできることが確約されている。ただ、死者を蘇らせることが出来ないため、頭や心臓などの急所を狙った攻撃を行った者は失格となる。
さすがに入学して初めての模擬戦で相手を深く傷つけるような行動を取るとは思えないが、念のため防御魔法の復習をしておいた方が良いかもしれないな。
「おお、リーフにホムじゃないか。今日も早帰りか?」
模擬戦でどう振る舞うべきか考えながら廊下を歩いていると、タヌタヌ先生に声を掛けられた。
「はい。今のところ僕は人数合わせで充分なようですので」
角が立たないように当たり障りない言葉を選んで返す。僕自身も積極的に働く気はなかったので、ヴァナベルからの扱いはそれほど居心地の悪いものではない。
「持病のおかげで体力に不安はあるだろうが、お前もわしの自慢の生徒だぞ。本番では自信を持って動いてくれると嬉しい」
「アルフェやホムが傷つけられることがないよう、振る舞おうと思います」
「マスターは命に替えてもわたくしがお守り致します」
タヌタヌ先生の発言に僕とホムの声が重なる。
「はっはっは! その意気だ! 何せ時間は充分にあるからな。若者は焦って攻撃に行きがちだが、全体の戦局を見極めてからが本番だ」
快活に笑うタヌタヌ先生は、今かなり大切なことを伝えてくれた気がする。軍人ということもあり、集団での戦い方というものをかなり心得た者の発言だ。しかも、僕は断片的にしか把握していないが、ヴァナベルの先手必勝な作戦を踏まえているようだな。
「そうですね。ヴァナベルは猪突猛進なきらいがあるので、僕は数歩引いて全体を見ようと思います。ありがとうございます」
タヌタヌ先生のおかげで、僕の振るまい方が見えてきた。
「ヴァナベルは、血の気が多い上にせっかちだからな。自信があるように振る舞っているが、これまでにない差別を受けてかなり打ち拉がれているだろう。今回の勝利で、このクラスがひとつになることを、わしは強く望む」
タヌタヌ先生が目を細めて僕を見下ろす。
「孤立を恐れず、常に冷静に振る舞うお前はその鍵となるかもしれないな」
タヌタヌ先生の褐色の瞳に見つめられると、僕の本当の実力を見透かされているような気持ちになる。軍事訓練でも魔法学の授業でも、その成績からごく平凡な生徒であると示されているはずなのに。
それに孤立を恐れないのは、前世の僕が生涯誰も信じず誰からも愛されず孤独を孤独とも思わぬ生き方をしていたからだ。
「……ありがとうございます。僕にはもったいない言葉です」
僕は複雑な気分でタヌタヌ先生に返すと、ホムと共に寮の部屋へと戻った。
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