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第三章 暴風のコロッセオ

第228話 試合後のバックヤード

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 エーテル過剰生成症候群とはいえ、頭部衝撃による怪我が治っても意識がすぐに回復するわけではないようだ。

「アルタード! アルタード!」
「アルタード! アルタード!」

 割れんばかりの拍手とアルタードを讃える声に目を覚ました僕は、見覚えのある天井に目を瞬いた。大闘技場コロッセオのバックヤードと同じ天井ということは、ここは内部にある救護室なのだろう。

 僕のアーケシウスは、ファラのレスヴァールの攻撃で右腕を、ヴァナベルの致命の一刺ヴォーパルピアスで左腕を、それぞれ機体から切り離されてしまっている。

 今頃は回収されているとはいえ、明日の決勝までに修理を間に合わせなければならない。ただでさえ低い機体性能を、これ以上落とすのはホムとアルフェの足手まといになるからだ。

 休んでいる暇はない。一刻も早くアーケシウスを直さないとならない。

「休憩、ありがとうございます。バックヤードに戻ります」
「えっ?」

 ベッドから降り、カーテンで区切られたブースの外へ出る。救護担当の驚く声が聞こえたが、僕は振り返らずに救護室を飛び出した。

 試合はもう終わっているのだろう。アルタードを称賛する歓声は、人々のざわめきに変わっている。

 バックヤードに戻った僕が見たのは、片腕を損傷しながらも立派に戦ったアルタードとほとんど無傷のままのレムレスだった。

「ホム、アルフェ……」

 勝敗の結果は聞くまでもない。機兵から降りてきた二人が、泣き出しそうな笑顔で駆け寄ってきたのだから。

「リーフ!」
「マスター!」

 二人同時に抱きつかれ、強く抱き締められる。

「ありがとう」

 ホムとアルフェの顔を見上げながら二人を抱き締め返しながら言うと、二人の目からたちまち涙が溢れた。

「よくやったね、二人とも」

 宥めるように背を叩き、そっと撫でながら囁く。自分でも驚くくらいの穏やかな声が出た。

 ああ、僕は本当にアルフェとホムが好きなのだ。

 子どものように勝利を喜んではしゃぎ回るよりも、こうして抱き締め合いながらお互いの健闘を讃える方が僕たちには合っている。これもきっと、赤ん坊だった頃からスキンシップが大好きで、なにかあればすぐに僕に抱きついていたアルフェの影響なのだろうな。

「信じてくれてありがとう、大好き」

 アルフェが背を屈め、僕に頬を寄せる。頬を寄せる僕に、ホムも倣った。

 戦いの後の興奮で熱くなった二人の頬が心地良い。

 ホムとアルフェの活躍で、僕たちはヴァナベルたちに勝った。勝って決勝に進むことが確定したのだ。

「……お取り込み中、邪魔するのは忍びないでござるが……」

 アイザックが控えめな声で話しかけてくるのが聞こえてくる。勝利の余韻を楽しむ時間がないことを、アイザックとロメオも承知してくれているのだろう。

「すぐに機体整備に入ろう。アルタードが最優先、アーケシウスはその次だ。レムレスの機体整備を平行して行う」
「了解!」
「拙者徹夜も辞さぬでござるよー!」

 アイザックとロメオの返事が頼もしい限りだ。アルタードについては、念のため予備の換装パーツを準備しておいて正解だった。損傷した箇所を切り離し、肩関節ごと差し替えれば問題ない。時間はかかるが、明日の試合には間に合うはずだ。

 アーケシウスについては、オラムなどの他の従機の部品をかき集めれば、どうにかなるだろう。真なる叡智の書アルス・マグナに対応させるため、エーテライトで腕部装甲を保護する一手間はあるけれど。

「ワタシもなにか手伝うことある?」
「なんなりとお申し付けください」

 アルフェとホムがそれぞれ名乗りを上げてくれたが、僕は首を横に振った。

「それよりも、今日の戦いでかなり魔力を消耗しているはずだ。回復に努めてほしい」
「そうでござる! アルフェ殿は大闘技場コロッセオを水びたしにした上で凍らせるというとんでもない魔法を繰り出したのでござるよ!」
「レスヴァールにとどめを刺した雷魔法ライトニング・ファランクスも凄かったし、絶対今お腹空いてフラフラでしょ!?」

 僕の発言に試合を見ていたアイザックとロメオが声を揃える。ホムンクルスであるホムは、多少の疲労は常人よりも早く回復するし、顔にほとんど疲労が見えないので見過ごされがちだが、かなりしっかりと休んだ方がいいのは僕にはわかる。

「ホムもゆっくりお休み。食堂で温かい食事を摂って、僕を待たずに寝るんだ」
「ですが――」
「僕は君たちとは違って、疲れというものが蓄積しないからね」

 苦笑を浮かべ、アルフェには見えているはずのエーテルを示すように宙を指差す。

「リーフの言葉に甘えよう、ホムちゃん。明日勝つために必要なことだもん」
「……承知しました」

 アルフェに促され、ホムは名残惜しそうにバックヤードを後にする。二人がバックヤードから出ると、急に辺りが静かになった。

「さてと、急ピッチで作業を進めよう」
「……でも、良かったのでござるか?」

 作業の算段をつけている僕に並んで、アイザックがアルタードの損傷箇所を見上げながら問いかける。

「なにが?」

 質問の意図が分からずに問い返すと、アイザックは困ったように尻尾を下げた。

「チームで決勝戦前夜だというのに、リーダーのリーフ殿がここに残って」
「そうだよ。精神的な疲労までは、その……エーテルでどうこうってわけにはいかないんじゃないの? 僕たちが整備するからリーフは――」
「ありがとう。でも、決勝戦前夜だからこそ、機体をこの手で整備したいんだ」

 僕が造り上げた機兵で勝つことがホムの自信に繋がる。だから最後の最後まで、僕が出来る限り手をかけたい。

「それに、こういうことが出来るのは、今のうちだけだからね」

 アイザックとロメオの三人で行う機兵製造も楽しかった。前世の僕グラスならば、他人と作業することを煩わしいと絶対に受け入れなかっただろう。でも、今の僕は違う。

「……来年もあるでござるよ」
「そうだよ。その次もね」

 僕の呟きにアイザックとロメオは顔を見合わせ、揃って微笑んだ。

「……そうだね、それはいい」

 ああ、その手があったな。目先の優勝しか考えていなかったけれど、僕たちはまだこの学園に入学したばかりだ。

「来年は今年の覇者として出るでござる」
「応援してるよ、リーフ!」

 二人の心からの言葉が心に温かなものをもたらしてくれる。

「ありがとう。そのときはまたメカニックを頼むよ」

 僕の申し出に、アイザックとロメオの二人は目を輝かせて大きく頷いた。

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