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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第288話 不正選挙の予防線

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 職員室にはいなかったプロフェッサーだが、以前に教えてもらった研究室へ行くと、笑顔で僕たちを迎えてくれた。

「二人揃ってここに来るのは珍しいですね。なんの使用許可を出せば良いですか?」
「うわっ、滅茶苦茶話が早い! マリーの魔導砲なんだけど、誕生日プレゼントにしたくてぱぱぱーっと承認してくれたらすっごく助かります!!」

 話が通じると見てか、メルアが早口で拝み倒す。プロフェッサーは愉快そうに笑って、メルアに近づくと、彼女が抱えている魔導砲に身体を屈めてじっと魅入った。

「……いやあ、実に興味深い。銃弾を使わない魔導砲なんて、初めてですよ。しかも、スパークショットを重ね遣いしようという発想も実に面白い! かと思えば、魔力切れの危険性を極力避けるために、ブラッドグレイルを魔力増幅装置として組み込む徹底ぶり! 最早これは芸術です。ああ、許されるならその威力を確かめたいところですが、そんなことをすればマリアンネさんに罵倒されまくるのが目に見えていますし、起きたことをなかったことにすることができないのはわかりきっていますから、ここは涙を呑んで我慢するとしましょう」

 メルアから魔導砲を受け取ったプロフェッサーが、隅々まで眺めながらほとんど息継ぎをしない早口で感想を述べる。少し観察しただけで、ここまで見抜かれてしまうとは僕としても驚きだ。

「威力は通常の銃弾の五倍ほど。飛距離も同等の性能向上を意図して設計しています」
「そうでしょうね。この細かな錬成陣の描写は流石です」
「あっ、それはうちが描いたやつ~!」
「あなたがですか? こんな細かい仕事を?」

 プロフェッサーが銃口から銃身を覗き込みながら驚いた声を出す。メルアはその反応に誇らしげに胸を張った。

「うちもやるときゃやるってところ、プロフェッサーもわかってくれた?」
「あなたを動かそうと思えば、リーフほどの錬金術の実力者が必要だということがよくわかりました」
「めっちゃいいししょーだよね!」

 今のは多分、褒め言葉じゃないと思うけれど、メルアが嬉しそうなので黙っておこう。

「扱うのがマリアンネさんでしたら、こちらとしても問題ありません。携帯許可と使用許可の二点、期限は卒業までとしましょうか。卒業後に学園で指導に回る場合は、こうした許可も免除になりますから」

 そう言うとプロフェッサーはメルアに魔導砲を戻し、書類に慣れた手つきでサインを書き込んだ。

「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます!」

 許可証を受け取ったメルアが恭しく頭を垂れる。あれこれ質問されるかと思ったが、拍子抜けするほどあっさりと認められたなと胸を撫で下ろしていると、プロフェッサーが笑顔で僕を振り返った。

「それで、このレポートを三学期の仕上げに提出してくれるのですよね? 楽しみにしていますよ、リーフ」

 その言葉で思い出した。工学部の自由課題の時間を使って設計したので、当然レポートもこの魔導砲ということで認識されていたようだ。まあ、レポートで済むのなら口頭で説明して下手に口を滑らせることもないし、僕としても助かるな。

「わかりました。期待に添えるといいのですけれど」
「君が常に期待を大きく越えてくることには、驚かされてばかりですけれどね」

 プロフェッサーが笑みを湛えているところを見るに、どうやら今回もかなり期待されているようだ。まあ、学力テストで加減したつもりが全く役立っていなかったので、ごく普通に書けばプロフェッサーを納得させられるだけの要素は揃うだろうな。

 さて、許可証も得たことだし、あとは盗聴魔法で知ってしまったイグニスの企みのことだが、どうやって切り出したものだろうか。

 そう考えながらメルアの方を見ると、メルアも同じように困ったような顔をしていた。

「……ところで、これで用事は全てですか?」
「えっ?」
「いえ、なにやら困り事があるような様子でしたので」

 僕たちの反応にプロフェッサーが苦笑を浮かべながら椅子に背を凭れて、指先を組み合わせる。

「困り事っちゅーか、こう、結構差し迫った危険みたいなものっちゅーか……。どのみち生徒の手には負えない感じなんだけど、情報源も褒められた感じじゃないしどーしよーって思って……」

 メルアにも一応盗聴魔法の後ろめたさがあるようで安心した。

「他言しませんよ。どうぞ安心して話してください」

 メルアの言葉で全てを察したのか、プロフェッサーは僕たちが話しやすいように続きを促してくれたので、メルアは盗聴魔法で聞いたイグニスと教頭の会話の一部始終をプロフェッサーに伝えた。

「……なるほど、話はわかりました」

 一通りの話を聞き終わった後のプロフェッサーの反応は、驚きというよりは、やはりな、という印象だった。

「え? もしかしてプロフェッサーもこの話、知ってた?」
「いえ、初耳です。ただ、ここだけの話ですが、こちらとしてもイグニスの不正の危険性は把握していて、先手を打って対策済みなんですよ」
「え?」

 そう言うとプロフェッサーは一枚の小さな紙を取り出して、僕たちに示した。

「投票には、この用紙を使います」
「見たところ、フツーの紙みたいだけど?」

 メルアの言うように、僕にも普通の紙にしか見えない。まあ、それが重要なのだろうけれど。

「では、紙にエーテルを流してみてください」
「こう?」

 メルアが紙を受け取り、エーテルを流すと白かった紙が青色に変化した。

「わっ! なにこれ!?」
「エーテルに反応する液、エルナス液に浸した紙です。エーテルを流すと紙の色が変化するんです」

 ああ、なるほど。血液に反応する錬金試薬ルミナス液の応用というわけだ。単にエーテルに反応するという部分だけを抽出するのは、なかなかに骨が折れそうだな。

「これを投票用紙に?」
「そう。私のオリジナルなので、一朝一夕で真似出来るものではありません」

 僕が頭の中で分析していることに気がついたのか、プロフェッサーが唇の端を持ち上げて笑った。これは気づいたところで、かなりの分析力を持った錬金術師でなければ作り出すことさえ難しいな。僕も今から選挙期間に間に合うかと言われれば、不可能だと答えるだろう。一枚二枚は出来ても、生徒全員分の投票用紙なんて到底間に合わない。

「……つまり、すり替えた方の投票用紙はエーテルに反応しない。捨てられた投票用紙はメルアやアルフェに頼めば追えるわけだ」
「なるほど~!」

 メルアが納得したようにポンと手を叩き、嬉しそうに両眼の浄眼を煌めかせた。

「そういう訳ですから、イグニスが最悪の手段を講じたところで身を滅ぼすだけというわけです。真っ当な選挙活動をすることを願っておきましょう」

 そうならないだろう、とは教師でもある立場のプロフェッサーは口にしなかった。僕としてもイグニスの最後の良心が働くことを願うばかりだ。その方がエステアとしても希望が持てるのだから。

「……ところで、選挙活動といえば、エステアは選挙活動の一環でライブをするそうですね」

 その話はまだしていないのだが、どうして知っているのだろう。練習をしているので噂として飛び交っているとしても、確信を持って聞いてくるのが気になった。

「え? どうしてそれを?」
「チラシをもらったんですよ。アルフェくんに」
「いつの間に……」

 そう言いながらプロフェッサーが見せてくれたチラシには、アルフェが描いたらしき僕たちの絵と選挙活動の演説日に合わせて、Re:bertyリバティのファーストライブが行われる旨が書かれていた。

「非常に楽しみにしています。頑張ってください」

 予想外のところから期待を掛けられたことに驚いた。プロフェッサーのようなタイプなら、もっと真面目ないわゆる演説のようなものを好みそうなのだが。

「プロフェッサーって音楽好き? 意外なんだけど~」

 メルアも同じ印象だったらしく、驚いた様子で訊ねた。

「好きかどうか言うより、希望を見出しているんですよ。音楽というのは、いつの時代も平和を代弁するもの。エステアがこの学園をどうしたいかが誰の目にもわかりそうです」

 丁寧に話してくれた言葉で、その意図やエステアの想いが改めて理解できたような気がした。エステアはイグニスと違って生徒会長として学園を支配したいとは思っていない。生徒のための自由で公平で楽しい学園をただただ取り戻したいだけなのだ。

「……プロフェッサーもそう思いますか?」
「もちろん。誰の目にも、と言ったでしょう?」

 僕の問いかけにプロフェッサーが穏やかな表情で頷いた。


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