アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第369話 絶望の宣告

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★リーフ視点

 光魔法結界アムレートの術式が起動し、結界が展開されたことでカナルフォード学園都市が光で満たされていく。街を優しく力強く包むのは、半円状の神聖な光だ。デモンズアイが落とし続けた血涙によって生まれた血溜まりは消え、光に包まれた魔族らもその身体を保てずに崩れていく。

 背に感じるアルフェの重みと温もりが心強い。僕に身体を預けているアルフェの甘い呼気を感じ、安堵の息を吐こうとしたその刹那。

『聖痕も持たない虫ケラが光魔法の真似事をするとはな……。だが、その魔法陣を消せばどうなる!?』

 呪うような声が頭上のデモンズアイから降った。

「今のは……」
「使役者だ」

 アルフェが不安げに身じろぎし、身体を起こす。魔力切れを起こした直後にも拘わらず、今なお僕を護ろうと魔法の杖を握りしめる手に力が隠る気配を感じた。

 それも無理もない。大闘技場コロッセオ上空のデモンズアイの眼球が、血涙で真っ赤に染まったのだ。

「なんだ、……なにが起こる……? まだなにか企んでるっていうのかよ!?」

 ヴァナベルが少しの変化も逃すまいと、兎耳をぴんと立てて叫ぶ。僕も立ち上がり、デモンズアイを注視した。

 ――魔法陣を消す。

 使役者の言葉を頭の中で繰り返す間にも、デモンズアイの赤く染まった目は忙しなくぎょろぎょろと動いている。まるで意に沿わない力で無理矢理動かされているかのような、異常な動きだ。この状況で、魔法陣を消す方法があるとすれば、デモンズアイを使う以外に術はない。

「……手駒のアークドラゴンを失い、血涙による魔族の召喚も出来ない……そうなった時に攻撃手段として残されているのは、デモンズアイそのものの質量による特攻だ」

 考えたくないが、最もあり得る最悪の展開だ。デモンズアイを犠牲にしても、人間界への侵略を続ける理由がこの使役者にはあるのだ。

「嘘だろ!? あの馬鹿デカい化け物を落とされたら、こっちはまた……」
「血涙が広がって、アムレートの魔法陣が消えちゃうよぉ……」

 ヴァナベルの言葉をヌメリンが力なく引き継ぐ。考えたくないが、考えなければならない。脅威はもうこちらに手を伸ばし始めているのだから。

『今度こそ終わりだ』

 怒りと呪いを込めた低く怖気の走るような声が、終わりを宣告する。声と同時に今まで大闘技場コロッセオ上空に留まっていたデモンズアイが動き、降下を始めた。

「結界が……」

 アルフェの声は悲痛だ。僕たちが世界に灯した希望の光、アムレートの結界がデモンズアイを受け止める接触部位で衝突を始めている。光と闇が衝突し合い、煌めく光の破片と全てを呑み込むような闇の靄がせめぎ合っている。

「このままじゃ……ヤバいな……」

 ファラの魔眼にはどちらが優勢か明らかなのだろう。笑う余裕さえなく、引き攣った声を上げたのが妙にはっきりと聞こえて来た。

 アムレートの結界が、デモンズアイの質量に負け、半円状の結界の上部が砕け散る。光が割れたその場所に瞳をねじ込むように、ゆっくりと落ちてくるデモンズアイは、死の宣告そのものだ。

「リーフ、あれ……」

 アルフェが指差す先、デモンズアイの眼球の裏側から、視神経のような無数の糸が伸び、魔界からの邪力を求めるように蜘蛛の巣状に空に張り巡らされていく。

 邪法の源というべきなにかが、赤黒い靄の渦を巻きながらデモンズアイに集中する。じわじわと落下速度が上がり、禍々しく地面に邪気が広がる。血涙があちこちにぼとぼとと落ち、足元が揺らぐ。不気味に響く地響きは、魔族が這い出る予感に満ちている。

「マスター!」
「みんな!」

 異変を察したのか、風魔法ウィンドフローの全速力で駆けてきたホムとエステアが僕たちに合流する。

「どうすれば……」

 ホムの苦々しい呟きに僕はすぐに応えることが出来なかった。言いたいことはたくさんあったのだ。さっきまでの僕なら、アークドラゴンを倒したホムを真っ先に褒めただろう。エステアと力を合わせ、これまでにない強敵を撃破したのは、間違いなく彼女の力だ。ホムの成長とこの勝利を喜び、褒めてやりたかった。だが、今はそんな余裕はない。頭を必死に回転させ、この危機的状況を打破する方法を考えなければならない。

 ――僕に何が出来る……?

 頭をフル回転させたところで、すぐに妙案が思いつくはずもない。前世、グラスであった頃は人魔大戦だった。魔族に対しての知識も、戦いを『見た』という経験もある。けれど、僕自身は戦っては来なかった。だから、戦いの経験そのものが欠如している。想定外の攻撃に臨機応変に対応することが、前世の僕グラスには出来ない。

 でも、今の僕ならば。現代に転生し、大切な人を護る術を学んできた僕ならば、なにか出来るはずだ。術式を再起動し、押し返すだけの力は、アムレートには望めない。あくまで浄化に特化した魔法であり、それは防御ではない。攻撃を押し返すことはできない。

 だとすれば、このデモンズアイを押し退けるためには、デモンズアイが脅威から外れるまで力を削がなければならない。それを理解しているからこそ、使役者はデモンズアイに邪力を注いでいるのだ。

 僕の出す決断を皆が待っている。その重い沈黙を破ったのは、リゼルだった。

「時間稼ぎなら任せろ」
「俺たちも行くぞ、ジョスト!」
「はい!」

 リゼルとグーテンブルク坊や、ジョストが素早く行動を決め、大闘技場コロッセオの瓦礫の上へと駆け上がっていく。

「おい! 無茶だ!」

 大声を上げたのはファラだ。だが、その制止の声が聞こえていないかのように、三体の機兵はデモンズアイを受け止めようと手を伸ばした。

 機体の上にぼたぼたと血涙の塊が降り、機体を赤黒く汚していく。

「無理だ! 押しつぶされるぞ!」
「そう簡単には退きません!」

 ヴァナベルが叫ぶ中、ジョストが土魔法を展開し、機兵を追い越すほどの支えを構築した。

「……と、止まった……」

 ファラが機兵とデモンズアイの動向に目を見開きながら呟く。デモンズアイの降下が止まった。だが、機兵三機と土魔法による急場の支えを借りて、どうにか落下を押し留めているだけに過ぎない。
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